ep26 弟子に背中を押されて向かうのは


「ただいま」

「あっ、師匠! おかえりなさい!」


 ルーサーが家に戻ると、掃除をしていたエリューが笑顔で出迎えてくれた。

 いいことでもあったのだろうか、その表情はどことなく嬉しげだ。

 朝ルーサーが家を出るときはあんなに不貞腐れていたというのに。


「なにかいいことでもあったの?」


 ローブを脱ぎながら尋ねると、エリューはよくぞ聞いてくれましたと師を見上げた。


「あの人、食べてくれたんですよ! 師匠が作ってくれたスープ!」

「……………まさか」

「一滴残さず、キレイに完食です!」

「…………嘘でしょう?」

「美味しかったっていってましたよ!」


 弟子の言葉にルーサーは信じられないと眉を顰めた。

 あり得ない。テオはあれだけの敵意を自分に向けていたというのに。

 エリューが作ったならまだしも、自分が作った料理を食べるなんて信じられない。良くて手をつけないか、最悪叩き捨てると思っていた。残さず食べた挙句に美味しいなんて感想がかえってくるなんて、人が変わったとしか思えない。


「エリュー、彼になにかしたの?」

「その……ちょっとだけ怒りました。師匠に対する態度がとても無礼だったので、つい……」


 怪我人に向かってすみません、とエリューは反省気味に肩を竦める。

 きっとエリューのおかげだろう。自分より一回り以上も年下の少女に窘められれば、彼だって多少思うところはあったのかもしれない。


「私に彼を怒る資格なんてないから……代わりにいってくれてありがとう」


 ルーサーはエリューの頭を優しく撫でた。

 すると彼女は首を横に振って、師を見上げる。


「違います。あの人は変わりました。あたしが朝食を持っていって、取りに行く間に……なんらかの心境の変化があったんだと思います。多分、それは師匠のスープを飲んだからです」

「ただの野菜スープよ?」

「違います。師匠が作る料理には魔法がかかってるんです! 人の気持ちを変える魔法が!」


 エリューは力強くルーサーの手を握る。

 そんなことをいわれても、事実ルーサーは魔法なんて使えない。いつも料理を作るときに美味しくなれと気持ちを込めながら作っているだけだ。

 それがたとえ自分を嫌っている人間でも構わない。どうせ食べるのであれば、美味しく食べてほしい。そう思っているだだけ。

 だからこんなに弟子に輝いた瞳で見つめられても、困惑してしまうのだ。


「とにかく! 一度あのお兄さんに会ってみてください! あたしのいったことがわかりますからっ!」

「……わかった。わかったから、そんなに押さないで」


 ぐいぐいとシリーはルーサーの背中を押す。

 どのみちシリーに会って来たことは告げなければならいないのだ。ルーサーは重い腰を上げて、テオが休んでいる部屋に向かうことにしたのであった。

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