ep24 それはまるで魔法のようで


 長年忘れていたはずの記憶を、一人辿った。


 自分の責任で起こしてしまった事実を記憶の奥にしまい込み、全て祖母とルーサーのせいにしていた。

 祖母が陰口を叩かれるようになったのは、ルーサーが無遠慮に村に通っていたからではない。

 何も知らない自分が、師の言いつけを守っていた幼い少女を村に無理やり連れ出したから。そして、少女に絶対的な恐怖を植え付けてしまった。


 自分の責任を、ルーサーへの恨みへとすり替えてしまった。

 都合よく己のことを忘れていたルーサーに怒りを覚えた。だが、都合が良いのはどちらだ。

 ルーサーがあのことを、自分のことを忘れていても至極当然だろう。あんな恐怖、できることならすぐに忘れてしまいたい。

 いや、わからない。彼女なら、きっと、自分に責任を感じさせないために忘れているフリをしていただけなのかもしれない。


 ルーサーは本当に優しいから。


「……っ、くそ」


 テオは悪態をつき、スプーンを手に取った。

 考え事をしている間に少し冷めかけたスープをひとすくい口に運ぶ。


 一日ぶりに取った食事。

 ルーサーが自分のために作ってくれたというスープはとても美味しかった。

 全てを包み込んでくれる母のような。体の芯から温まる、本当に優しく、なんて暖かい味だろう。

 

 今も昔も、ルーサーは誰も責めなかった。

 自分の責だと己を責め、いつだって悲しそうに悪言を一心にその身に受ける。

 どれだけ辛かっただろう。どれだけ心をすり減らしていただろう。そしてどんな思いで村に訪れていたのだろう。

 それを自分は一方的に責め立てた。全部がお前のせいだと彼女に罵詈雑言を浴びせてしまった。

 子供の頃から彼女は昔から変わっていない。

 変わってしまったのは、自分自身だ。


 自信なく、魔法使いの後ろに隠れていた彼女を自分が守りたい——子供ながらにそう、思っていたのに。

 今の自分がしていることはその真逆だ。


「………………っ」


 スープを一口食べるたび、何故だが涙がこみ上げそうになる。


 自分勝手な行動で、大切な人間にどれほどの迷惑をかけたのだろう。

 自分の言葉で、大切な人間をどれほど傷つけて来たのだろう。


 愛しい祖母も、大切な友人であったルーサーも、悲しませてばかりだ。

 自分を責めるのが怖かったから、責任転嫁をしただけなのに。

 そんなつもりはなかったのに。

 そんなこと、本当は思ってもいなかったのに。


「…………っ、ごめん」


 誰が聞いているわけでもないというのに、謝罪の言葉があふれ出した。


「……ごめん。ごめんなさい」


 

 一口、スープを啜るたび、体内に溜まりに溜まった毒が溢れ出していくかのような。

 自分から無数に生えた、鋭いトゲが一つ一つぽろぽろと落ちていくかのような。



 もういいよ。無理をしなくていいんだよ。貴方は貴方のままでいいんだよ。

 一口、スープを啜るたび、作り手の優しい想いが伝わってくる。

 


 まるで魔法にかかったかのように、苛立ちが収まり、心がすうっと晴れやかになっていくのを感じる。


 ルーサーが作った野菜スープは、まるで魔法でもかかっているかのように、本当に本当に優しい味がした。

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