ep23 本当に悪いのは誰なのか
『魔法使いが捨てたはずの子を拾って育てているらしい』
『魔法使いなら殺してくれると思って捨てやったのに』
『恐ろしい。育てて食うのか、魔法使いの眷属を増やすのか』
『だが、あの赤子を贄に捧げたおかげで飢饉は治った』
『あの魔法使いは気候をも操るのか。逆らったら殺される』
『恐ろしい。ああ、恐ろしい』
外に出るとたまに、井戸端会議をしている大人たちがそんな話をしているのを耳にしていた。
テオが生まれた年、ルズベリー村は原因不明の飢饉に見舞われた。
作物は枯れ果て、僅かに取れた収穫物はどれも痩せ細り。免疫を無くした村人は流行り病に倒れ、ロクな医者がいないルズベリーはバタバタと人が死んでいった。
猟師だったテオの父は少しでも食料を求め山に入り、そのまま帰らぬ人となり。またテオの母も、テオを生んで弱っていたところを流行り病に倒れそのまま回復せず息を引き取った。
そうして幼くして両親を亡くしたテオは、丘の上で一人暮らしている祖母シリーの元に引き取られることとなったのだ。
祖母は何故か村の外れに住む魔法使いの男と親交が深かった。
魔法使いが何故か捨て子の少女を育てていた。祖母はそんな少女に、友達をとテオを連れて魔法使いの家に遊びにいった。
その頃自分は魔法使いと人間の隔たりなどなにも知らない純粋な子供だった。
魔法使いというものに憧れていたし、見慣れない物がずらりと並ぶ研究所のような家は正直いって目を惹かれた。
そうして出会った、魔法使いの足元に隠れている同い年の少女。
騒がしい村の子供達とは全く違う、大人しく、気弱で、自身がなさそうな、とても可愛らしい女の子。
村人たちの都合で捨てられ、尚且つ今でも陰口を叩かれていることは彼女も知っているのだろう。とても悲しそうな目をしている子だと思った。
『おれ、テオっていうんだ。きみは?』
少女の元に歩み寄ると、彼女はシリーと魔法使いを交互に見やる。
『大丈夫よ、ルーサー。この子は私の可愛い孫、テオっていうの』
『同い年の子と関わる機会がなかっただろう。友人を作る良い機会だと思うぞ』
さぁ、と魔法使いに背中を押され、少女はテオの前に出てきた。
スカートの裾にシワが寄るほど強く握りしめ、モジモジと俯いている。
『…………ルーサー』
聞き取れるギリギリの音量で呟かれた少女の名前。
そしてテオはその手を取り、硬い握手をした。
『ルーサー。よろしくな! 魔法使いの弟子なんてすげぇよ!』
純粋に魔法というものに憧れていた。その弟子なんてもっと凄いと思った。
テオに笑顔を向けられた彼女は、はっと目を見開いた。そんなことを言われたのは初めてだったのだろう。
『…………よろしく、ね』
か弱い力で手を握りかえされた。
その手の温かさ。そして悲しそうな微笑み。
この子を自分が守ってやりたいと、子供ながらにテオは思ったのだった。
そうして、テオはシリーに連れられて。時々一人で、魔法使いの家に赴きルーサーと遊ぶようになった。
最初は心を閉ざしていたルーサーも、少しずつ心を開きテオに笑いかけてくれるようになった。
そんな自分たちの間に溝ができたのはいつだろう。
そうだ。あの日だ。
『なぁ、ルーサー! 留守番しているのも暇だろ? 一緒に村に行ってみようぜ』
そんなある日、魔法使いは留守にしていた。
一人留守番しているルーサーにテオは村に遊びに行こうと誘ったのだ。
『ダメだよ。私はまだ村に行っちゃいけないって……師匠が』
『ばあちゃんチで待ってれば大丈夫だよ。それに、村のやつらと遊んだらもっと楽しいぞ』
『…………でも』
『いいから! オレがちゃんと皆にルーサーを紹介するからさ!』
不安がるルーサーを家から連れ出したのはテオだった。
そして村に彼女を連れて行き、いつも沢山の子供達が遊んでいる広場に連れていった。
『テオー、その子だぁれ?』
見知らぬ少女の登場に、子供達は興味津々に近づいてきた。
こんなに沢山の人々に初めて会うルーサーはテオの背中に隠れて俯いていた。
『この子はルーサーっていうんだ。村の麓の魔法使いの家に住んでる、魔法使いの弟子なんだ!』
その瞬間、場の空気が凍りついた。
その場にいた子供達は顔を見合わせる。異様な空気に気づいた大人たちがぞろぞろと広場に集まってきてしまった。
『捨て子だ……』
『魔法使いの子だ。忌々しい』
『何故、村の子が、魔法使いの子と……』
『子供を隠せ! 魔法使いに呪われるぞ!』
沢山いた子供達は大人に連れられ家に入って行ってしまった。
テオとルーサーは大人の男達に囲まれる。異様な空気が広場に流れる。
『ルーサー、逃げるぞ!』
そうしてテオはルーサーの手を取り、家に向かって駆け出した。
どうして。優しかった大人達が急にあんな恐ろしいことに。幼いテオには訳がわからなかった。
『ばあちゃん、助けて!』
丘の上まで一気に駆け上がり、息も絶え絶えに祖母の家を開けた。
『テオどうしたんだい、そんなに急いで−−ルーサー?』
孫がルーサーを連れていることにシリーは大層驚いたようだった。
そうしてテオは泣きながら事の顛末を話し、シリーは急いで魔法使いと連絡をとった。
『ルーサー……大丈夫か』
夕刻、魔法使いがシリーの家に来た。
その間、ルーサーはずっと泣きじゃくり、何度も何度も謝るものだからそれをシリーがずっと慰めていたのだ。
泣き止まないルーサーをテオは複雑な表情で見ていることしかできなかった。
『師匠……ごめんなさい。私……言いつけを破ったから……』
座っていたルーサーは立ち上がり、魔法使いに駆け寄った。
決してテオの名は出さず、彼を責めることはなかった。
『違うんだ。オレが無理矢理ルーサーを連れ出したから……』
どうしてあんなことになったのかわからなかった。
だが、シリーも魔法使いも、子供達を一切責めることはなかった。
『…………誰も悪くない。誰も、悪くないんだよ。怖い思いをさせて悪かったな』
そうやって魔法使いは子供達に謝りながら、ルーサーを連れて帰って行った。
それが、テオが直接ルーサーに会った最後だった。
『あれはシリーの孫だ』
『あのシリーは時折隠れて村の外に行っていた』
『まさか、魔法使いと通じていたのか?』
『呪われた村人だ。恐ろしい。恐ろしい』
その後、シリーは村人から陰口を叩かれるようになった。
今までテオと一緒に遊んでいた子供達は、彼を避けるようになり、少年は一人になった。
魔法使いも、ルーサーも村に一切顔を出さなくなった。
そうして少しずつ少しずつ時は流れ、子供だったテオも成長した。
幼い頃の記憶が薄れ、陰口を叩かれながらも時折魔法使いの家に足を運ぶ祖母に嫌気がさした。
テオは恩義も全て忘れ祖母の家を出、かつて父の猟師仲間だった男の元に弟子入りして住み込むようになったのだ。
かつての飢饉で一人息子を亡くしていた師は、テオを快く迎え入れ我が子のように接してくれた。
時が流れれば記憶は薄れる。村人達も、全ての責任をシリー一人に押し付け、テオを再び村人の仲間として迎え入れてくれた。
そう。
これが、事の顛末。
魔法使いも、祖母も、誰も悪くはない。
全ては、己の責任だったのだ。
どうしてこんな大切なこと。
今まで忘れていたのだろう。
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