ep19 思わぬ再会と、予期していた事実
エリューが出ていったことで部屋の空気は再び張り詰めた。
「なんで俺を助けた。恩を売って村に取り入ろうとしたのか」
「……そんなつもりはない」
扉を閉め、ルーサーは男に歩み寄る。
「死にかけている人を見捨てるほど、私は非道な魔法使いではないわ」
先ほど男が割った薬と、散らばった瓶を片付けていく。
一度床に落としてしまった薬は使い物にならない。勿体ないがこれは捨てるしかなく、袋に一纏めにし薬を雑巾で拭う。
「貴方が魔法使いを嫌っていることも、私なんかに触れられたくないことも分かってる。でも、最低限の治療はさせて。せめて、貴方が自分の足で村に戻れるようになるまでは」
「……………っ」
今度は男の口から拒絶の言葉は吐かれなかった。
男は眉を顰めながらも、薬を片付けるルーサーの手元を見ている。先ほどの少女の顔が頭によぎり、罪悪感がこみ上げる。
「薬……悪かった」
「……いえ。薬はまた作ればいいだけだから」
突然の謝罪の言葉にルーサーは驚いて顔を上げる。
一瞬男と目があったが、どちらからともなく目を逸らした。
「別に……魔法使いに恨みがあるわけじゃない。ただ、俺は個人的にお前が嫌いだ」
「会ったこと、あるかしら」
目を合わせないように、ルーサーは男を見る。
つんつんと跳ねた赤毛。綺麗なトパーズ色の瞳。少しだけ近寄りがたい印象を覚える顔つき。どこかで見た覚えがある。
ルーサーはあまり村人に会った記憶がない。その少ない記憶を現在から過去へと遡っていく。
『……ルーサー。私の孫の——』
『…………よろしく』
遠い昔。子供の頃の記憶が朧げに蘇る。
幼いルーサー。カラムが存命で元気だった頃。まだ元気に歩いていたシリーが同い年くらいの少年を連れて、この家に来たことがあった。
はた、とルーサーは手を止めてまっすぐ男の顔を見つめた。
「…………もしかして。貴方、テオ?」
「ようやく思い出したか」
思い当たる名を零せば、男——テオは顔を逸らして小さく頷いた。
彼はあのシリーの孫。幼い頃、シリーがよく彼を連れてこの家に遊びに来ていた。魔法使いと人間の関係など、まだよく分かっていなかった二人はよく遊んでいたものだが、いつからかぱったりと姿を見なくなった。
カラムに何故かと尋ねると、彼は寂しそうにルーサーの頭を撫でて笑みを浮かべるだけだった。
「……ごめんなさい。すっかり忘れていて」
「都合のいい頭だ。俺だって忘れられるなら忘れたかったさ」
自分が彼のことを忘れていたから怒っているのだろうか。
いや、そんなはずはない。彼からは確かに恨みと怒りを感じる。それは魔法使いというものよりは、ルーサー個人に対する私怨のような感情。
「お前、なんで婆さんの家に行くんだ」
「……シリーに薬を頼まれているから。彼女はここに来られないから、代わりに私が」
そう答えた途端、テオは力強く拳を握りしめた。
「お前がづけづけと村に踏み込んで、婆さんに会うせいで。婆さんは村から除け者にされてるんだぞ」
テオに睨まれたルーサーは言葉を失った。
「……っ、でも。毎週、食材を分けてくれて」
「足の悪い婆さんの代わりに俺や師匠が食料を届けてるんだよ。婆さんは極力俺と関わらないようにしているし、街に出ても皆婆さんを空気みたいに扱う! それなのにお前は素知らぬ顔で婆さんの家に行って、食料分けて帰っていってのうのうと生きてるなんて……随分厚顔な魔女だよな!」
「………………っ」
吐きだされた言葉にルーサーは狼狽えた。
「俺だって師匠の元で暮らすようになって、師匠が色々周りに手を尽くしてくれたから村に溶け込めるようになったんだ。お前ら、魔法使いがこんなところに住んでるせいで……俺たちがどんな扱いを受けてきたか!」
隠れて村に行ったとて、四方八方から村人の視線を感じていた。
魔女と通じている村人がいたらどうなるか——それを心の奥底で理解していながらも、ルーサーはシリーに会いにいくことをやめなかった。
彼女の笑顔が好きだったから。彼女と一緒にいる時間が好きだったから。彼女が生きる支えになっていたから。シリーの優しさに、甘えていたのだ。
「ごめんなさい」
ルーサーの口から震えた謝罪の言葉が漏れる。
「ごめんなさい。本当に……シリーは悪くない。彼女の優しさに甘えていたのは、私、だから」
申し訳ない。自分のせいで、シリーが。その周囲の人間が、辛い目にあっていただなんて。
自分だけならまだしも、自分のせいで周囲の人間が悲しい思いをするなんて耐えられない。
思わず瓶の破片を握ってしまい、鋭い痛みとともに手から血が流れた。
「……お前、血が」
「……………今、新しい薬を取ってくる」
ルーサーは立ち上がって部屋を出た。
俯き、肩を落として歩く。頭の中が真っ白で、足元が覚束ない。
「……っ、くそ!」
そんな悲しそうな彼女の姿を見て、テオは忌々しそうに顔を背け布団に潜り込んだ。
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