ep18 魔法使いと人間
「……………………魔女」
男の声で部屋の空気が凍りついた。
ルーサーは一瞬悲しげに眉を潜めたが、次の瞬間には何事もなかったかの様に平然とベッドに近づいていく。
空気の変化を察したエリューは不安げに二人の様子を見守った。
男は最大の警戒をしながら、ルーサーの一挙一動を睨みつける。サイドボードに瓶に入った薬と包帯、そして湯を張った桶を起き、男に手を伸ばす。
「高熱で汗をかいていますから……汗を拭いて包帯を取り替えさせてくださ——」
「触るな! 汚らわしい魔女め!」
男は声を荒げルーサーの手を思い切り叩いた。
ぱちんと乾いた音が室内に響き、ルーサーは手を抑えながら数歩後ずさる。
それを見たエリューははっとして、とっさにルーサーを守るように両手を広げて二人の間に立ち塞がった。
「なにするんですか! 師匠がお兄さんを助けたんですよ! 師匠がお兄さんを見つけてなかったら……」
「助けてほしいといった覚えはない!」
「…………なっ」
男の剣幕にエリューは言葉を失った。何か反論したいが言葉が出てこないようで、口をぱくぱくと開閉している。
そんな様子を見ながらルーサーは小さくため息をついて、エリューの肩に手を乗せゆっくりと後ろに下がらせた。
村の人間をこの家に入れた時点でこうなることは予想していたが、まさかここまで自分が嫌われているとは思いもしなかった。
「拒まれるのは構いませんが、そのままでは傷は悪化していく一方ですよ」
「村に帰って医者に診てもらう!」
「その体では歩いて村に帰るのは無理です。それに、村医者の薬では効き目が悪く、傷が化膿して壊死してしまう。せめて薬だけでも……」
「魔女が作った薬なんか必要ない! 婆さんみたいに喜ぶと思ったら大間違いだ!」
男はサイドボードに乗せてあった薬の瓶を鷲掴みにすると思い切り床に叩きつけた。
保護魔法がかかっていない瓶は意図もたやすく割れ、床に中身が無残に散らばる。
男の態度にエリューは驚き震え上がり、ルーサーは怒りに眉を潜めた。
「…………っ」
何故ここまで全身全霊で拒否されなければならない。思わずルーサーは怒りの眼差しを男に向けた。
「……怒ったか? お得意の魔法とやらで俺を殺すか?」
男の煽りにルーサーは唇を噛み締め、拳を震わせる。
彼は怪我人だ。怒りの感情を向けるだけ無駄だ。罵詈雑言を浴びせられるのは慣れているじゃないか——落ち着け。落ち着け。
ルーサーは深呼吸を繰り返しながら必死に己の怒りを宥めようとする。だが、頭に昇った真っ赤な怒りは中々治ってはくれない。
「…………どうして」
弱々しい震えた声に、ルーサーははっと我に返った。
「どうして。なんで……こんなことするんですか。師匠はお兄さんを助けようとしただけなのに。薬草を摘んで、長い時間をかけて……一生懸命作った貴重なお薬なのに……っ」
エリューが今にも泣きそうになりながら、床に跪き震えた手で瓶の破片を拾っていた。
幼い少女が肩を震わせ、無残に散らかった薬を片付ける姿を見た男は罪悪感にかられたのか瞬時に顔を背けた。
ルーサーは瞬時に怒りを忘れ、膝をついてエリューの肩を掴んで止める。
「……エリュー怪我をしてしまうわ。後は私がやるから、あなたは向こうへ行ってなさい」
「でも……」
ルーサーを見上げたエリューの瞳は大粒の涙で濡れていた。
「その気持ちだけで十分」
ルーサーは服の裾でエリューの涙を拭い、微笑みかけた。
苦手ながらも、エリューは自分にできることを一生懸命してくれた。こんな自分のために泣いてくれた。彼女の存在は本当に救いになる。
「エリューも疲れてるでしょう? 薬湯を入れておいたから、ゆっくり浸かって今日はもう休みなさい」
ルーサーは沈んだエリューの肩を支えながら、ゆっくりと部屋の外に導く。
魔法使いと人間の関係は、エリューも学校で習って知っているだろう。だが、それを目の当たりにするのは初めてのはず。
エリューには傷ついて欲しくなかった。だから彼の治療は自分がするといったのだが、エリューはそれを良しとするはずがなかったのだ。
背中を丸めて落ち込んだ様に廊下を歩いていくエリューを、ルーサーは複雑そうな表情で見送った。
そして深呼吸して、再び男に視線を向けた。
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