ep15 銃声の正体
「……………っ」
そこには青年が一人木に凭れかかり座り込んでいた。
「ひ、人ですっ!」
「エリュー、静かに」
驚き声を上げるエリューの口をルーサーは素早く塞いだ。
足跡があるということは、まだこの近くに熊が潜んでいる可能性が高い。なるべく気配を殺し、そっと青年に近づく。
「あの……大丈夫、ですか」
男の返答はない。恐らく意識を失っているようだ。
ルーサーは男の側に膝をつき、容態を確認する。額から滲む脂汗、荒く上下する肩。呼吸はしているのでどうやら生きてはいるようだ。
「酷い怪我ね」
右肩から手先にかけて鋭い鉤爪のようなもので切り裂かれた深い傷。
地面には血だまりが広がり、傷口からはまだ血が滲んでいた。
彼の足元には折れ曲がり壊れた猟銃が転がっている。ほんのりとする火薬の香り。先程の銃声は彼が撃ったもので間違いないだろう。
「師匠、どうしましょう。このままじゃこの人……」
ルーサーは木苺の上にかけていた布を男の腕に結ぶ。気休めだが止血にはなるだろう。
「ここじゃ満足に手当もできないから……どうにかして家に連れていかないと」
どうしたものかとルーサーは考えを巡らせる。
こんな山奥だ、早々人は来るはずがない。周囲に他の猟師の気配はない。恐らく今日山に入ったのは彼一人。
この青年が村の猟師であれば、帰りが遅ければ誰かが探しにくるはずだ。だがルーサーがそれを知らせに言ったとて信じてくれる者は一人もいないだろうし、それまで彼の命は持たないだろう。
一刻も早く治療をしなければ、失血死をしてしまう。その前にあの熊がここに戻ってきたら、三人とも喰われてしまう。
熊は自身の獲物に対する執着が強いというが、恐らく彼は襲われて負傷しただけだろう。熊が追って来ることはきっとない。
だが、大の男を一人抱えて山を降りるほどの力はルーサーにあるはずもなかった。
「ねぇ、エリュー。力を貸して欲しいのだけど」
「は、はいっ。あたしにできることならっ!」
ルーサーの背後からちらちらと様子を伺っていたエリューは待ってましたといわんばかりに返事をする。
「エリュー、確かここに来たときホウキで空を飛んでいたわよね?」
「はい。飛行魔法は魔法学校の必須科目ですから」
「それなら浮遊魔法は使える?」
魔法使いは重い物を運ぶ際、わざわざ手で持つことなく浮遊魔法で物を浮かせて自由自在に動かす。
実際、ルーサーの師カラムも茶を淹れるのが面倒なとき、ティーセットをふわふわと器用に動かし紅茶を入れていた。
その魔法を使えば人間も運べるかもしれない。
「安定はしませんけど。使えない、ことは……」
エリューの声は尻すぼみになり、目は泳ぐ。
目の前には魔法が使える立派な魔法使いがいる。上手とはいえないとしても、今はエリューの力だけが頼りなのだ。
「……エリュー。貴女の力が必要なの」
ルーサーはそういいながら、己のローブを脱ぎ地面に広げた。
純白のローブが泥に汚れるが、それを気にしている場合ではない。汚れは洗えば落とせる。だが、人の命は消えてしまったら例え魔法でも戻すことはできない。
「少し動かしますね」
一声かけてからルーサーは青年の体をゆっくりとローブの上に寝転ばせた。
痛みを感じるのか、僅かな動きでも苦悶の表情を浮かべ、青年の眉に深い皺が刻まれる。
「……師匠。あたし、上手にできるか」
「大丈夫。火の魔法も、修理魔法も少しずつ上達してる。落ち着いて、自信を持って。エリューなら大丈夫」
不安げなエリューの両肩をルーサーは掴み優しく諭す。
この一週間、エリューは努力を怠らなかった。まだ完璧にとはいえないけれど、彼女には魔法の才能がある。自分なんかとは比べものにならない立派な魔法使いの才が。
「……この人を救うにはエリューの力が必要なの。だから、お願い」
足元で苦しんでいる青年と、自分を真っ直ぐ見つめるルーサーをエリューは交互に見つめた。
どうしよう、自分にできるのか。だって自分は、魔法学校の落ちこぼれ。エリューは俯きがちに己のローブを握りしめた。
「…………あたし」
学校では失敗ばかりでいつも笑われてきた。
何度やっても、人一倍努力しても人並み以下の実力しかなくて。教師たちも頭を悩ませていた。
だが、今目の前にいるルーサーは一度もエリューを笑わなかった。
魔法ができるだけ素晴らしい。何度失敗しても諦めずに上達方法を教えてくれた。こんな自分にずっとずっと付き合ってくれた。
そんな尊敬する師匠が自分を頼っている。自分にしかできないことだと、確証もないのに自分を信じてくれている。
やるしかない。自分の努力一つで、一人の人の命を救えるのなら——。
「…………頑張って、みます!」
深呼吸を繰り返し、エリューは覚悟を決め顔を上げると大きく頷いた。
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