ep14 動物の領域


 深い霧が周囲を囲む。朝日の光は生い茂る木々に阻まれ、不気味に薄暗く視界は悪かった。


「なんだか……急に雰囲気が変わりましたね」

「……そうね」


 先程木苺を摘んでいた場所とは明らかに違う。まるで異界の領域に足を踏み入れたような、自分たちは余所者なのだと思い知らされる雰囲気。

 気を張っていないと自分の居場所が分からなくなり、このまま山に飲み込まれてしまいそうな恐怖を覚えた。

 エリューは不安げにルーサーのローブを掴み、またルーサーはエリューの肩を抱きながら、二人寄り添って慎重に進んでいく。

 銃声の位置はそう遠くないと思ったはずだが、幾ら進んでも気配一つ感じない。

 大きな獣だけではなく、小動物の気配もだ。それが一層ルーサーに不安と恐怖を募らせていた。今日の山は何かがおかしい。


「———っ」


 ふと、朝露でぬかるんだ地面に足を取られ足元に目を落としたルーサーは息を飲んだ。


「師匠……大丈夫、ですか?」

「………………近くにクマが、いる」


 絞り出された声は僅かに震えていた。

 自身の足跡のすぐ横に残されていたのは獣の足跡。ルーサーの手のひらがすっぽりと覆われてしまう程の大きな獣。

 この山の主といっても過言ではない、あまりにも巨大すぎる熊がこの辺りに潜んでいるのだ。

 何かあると思い立って足を踏み込んだが、これ以上深追いしてはいけないとルーサーの本能が警鐘を鳴らす。このまま捜索を続け、もしこの足跡の主に遭遇してしまったら——。

 動物は火を恐れるというが、エリューの魔法は不安定な状態。ルーサーも武器になるものを何も持ち合わせていない。仮に木苺を囮にしたとしても逃げ切れる保証はない。


「……エリュー、今すぐ家に戻りましょう。なるべく静かに。足音を立てないで」


 エリューを危険な目に合わせるわけにはいかない。

 ルーサーは銃声を出所を探ることを断念し、家に引き返すことを決意した。


「あの、師匠……」

「どうしたの? なにかいた?」


 エリューが一点を見つめたままかたまっている。


「なにか、います」

「……っ! 私の後ろに隠れて」


 まさか熊かと慌ててルーサーは視線を動かし、エリューを己の背に隠す。

 ルーサーは目を凝らし、少女が見ていた場所を凝視する。霧の中に僅かに蠢く黒い影。獣ほど大きな物ではないし、攻撃的な気配を感じない。


「エリュー。私の傍から絶対に離れないで」

「……はいっ」


 ルーサーはエリューの手をしっかりと握り、気配の側ににじり寄る。

 野生の動物は気配に敏感だ。普通なら人間がここまで近寄れば相手の方から逃げていくはず。

 ならば相手は子供か、もしくは弱って動けないモノか——。


「………………え」


 徐々に距離を詰め影の正体が判明し、ルーサーは目を見開いた。

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