ep12 ルーサーの決意


「エリューはどんな魔法が得意なの?」


 その質問にエリューは戸惑いがちにルーサーから目を逸らした。


「……これといって秀でたものは。でも、その……火属性の魔法なら……一応」


 誤魔化すようにホットチョコレートを飲むエリュー。

 彼女の階級クラス。そして先ほどの修理魔法の有様からあまり魔法が得意ではないことは推測される。

 だが、全く魔法が使えないルーサーにとっては魔法が発動できるというだけで尊敬に値することだった。


「見せてもらえるかしら?」

「……は、はいっ!」


 エリューは驚きながらも元気よく返事をし、暖炉の側に置かれていた鞄の中から指先ほどの小石を取り出した。

 着火石と呼ばれる小石は、火属性魔法の媒介として使われる。

 薪に使う小さな火種にはこの着火石が重宝されるのだ。

 エリューは着火石を握りしめた手を前方に掲げ、深呼吸すると呪文を発す。


「——着火Igni!」


 その瞬間、目の前がぼおっと明るくなった。

 火種程度の小さな着火石。

 しかしそれに反してエリューの手から飛び上がったのは天井まで届かんばかりの火柱だった。


「……すごい、威力ね」


 天井を黒く焦がした火柱に、ルーサーは苦笑を浮かべるしかなかった。


「……ごめんなさい。火力の調整が下手くそで」


「気にしないで。見せてといったのは私だから」 

 申し訳なさそうに肩をすくめるエリューの背中を慰めるように摩るルーサー。


「……でも、この着火石でここまで大きな火柱を上げられるなんてある意味凄いわね」

「先生には魔力が暴発していて魔法をコントロールできてないと赤点つきつけられましたけどね」


 エリューは肩をすくめる。

 だが、今のような大きさの火柱を発動させるには他の素材や杖などの媒介が不可欠だ。

 もしかしたらエリューは魔力のコントロールができていないだけで、物凄い力を秘めているのかもしれない。

 これまでの魔法と、今の火柱を見てルーサーは少し考え込む。


「……ねぇ、エリュー。少し練習してみない?」

「練習……ですか?」

「ええ。デザートを食べましょう」


 脈絡のないルーサーの言葉に、エリューは不思議そうに首を傾げた。



「これを、焼いてみましょう」


 ルーサーが戸棚から取り出したのはマシュマロだった。


「これは?」

「マシュマロというお菓子。そのまま食べても美味しいよ」


 初めてみる弾力のある真っ白な食べ物を、エリューは摘んで遊ぶ。

 そのまま口に運ぶと、もしゃりと音がなった。


「なんだか不思議な食感です。これを焼くんですか?」

「そう。なるべく小さい火を出すように、イメージしてもう一度やってみてくれる?」

「小さい……火」


 ルーサーが頷くと、エリューは意を決して着火石を握りなおした。


「……着火Igni


 再び唱えられた呪文。

 やはり天井まで伸びる大きな火柱が上がる。


「や、やっぱり無理です! 小さな火なんて……」


 慌てて火を消そうとするエリュー。

 だが、そんな少女の肩をルーサーは優しく支えた。


「エリュー。落ち着いて、深呼吸」

「……は、はいっ」


 ルーサーにいわれた通りに深呼吸を繰り返すエリュー。

 徐々に火力は弱まり、ろうそく程の小ささになった。


「や、やりました……!」


 感動でルーサーを振り返るエリュー。しかしその瞬間に火は大きくなっていく。


「こら。気を抜かない。ここからが本番なんだから」


 ルーサーはエリューを嗜めると、竹串に刺したマシュマロをそっと火に近づけた。

 白いマシュマロにじんわりときつね色の焼き目がついていく。


「……わぁ」


 それを間近で見るエリューは感激の声をあげる。


「さっき貴女が魔法だっていってくれた料理だけど。料理は火加減が大事なの。強すぎると焦げてしまうし、弱すぎたら時間がかかりすぎてしまう」


 エリューが出した魔法の火の上で、ルーサーはくるくると竹串を回し全体に焼き色をつけていく。

 そしてマシュマロがとろりと溶け、竹串から溶け落ちそうになったタイミングでビスケットに乗せてはさんだ。


「……はい。どうぞ。エリューが初めて作った料理ね」


 ルーサーに差し出されたそれを、エリューは受け取り恐る恐る口に運ぶ。

 さくりとしたビスケットの食感と、とろりとした焼いたマシュマロの熱さと甘さ。

 味わったことのない甘さにエリューの瞳が幸せに輝く。


「……おいしい、です!」

「エリューも一つ魔法が使えるようになったわね」


 ルーサーが微笑むと、エリューは嬉しそうにはにかんだ。


「ルーサー様は教えるのがとてもお上手です。魔法学校の先生より分かりやすくて……怒らないし」

「ふふ……私も怒られるのは嫌いだから」


 師はルーサーが何度失敗しても決して怒ることはなかった。

 魔力がない人間でもいつか魔法を……なんて夢を見ながら二人三脚で頑張ってきた。

 怒る教えは悲しくなるだけだ。いつか師がそういったように、自分もそうしただけにすぎない。


「……あの、ルーサー様っ。やはりあたしを弟子にしていただけませんでしょうか」


 再びエリューは深々とルーサーに頭を下げた。

 最初は無理だと即答していたルーサーの中に、迷いができた。というよりも、この一日で完全に考えが傾いてしまった。

 ルーサーはエリューが使っていた着火石を握りしめ、魔力を込める。

 そしてなにも起こらなかったそれをエリューに手渡した。


「……あったかい」

「私は初歩的な魔法もつかえない。私の魔力ではせいぜいその石を温めることくらい。火柱も上げられないし、水も操れない。ましてや人を癒す力もなければ、物も直せない。あるのは師匠から教わった魔法の知識と、知り合いから教わった料理の知識だけ。こんなことしかできない魔法使いだけれど、それでもいいの?」


 ルーサーは真剣にエリューを見つめた。

 きっと自分の元にいても彼女のためにならない。飲み込みが早いエリューなら、もっと良い魔法使いの元に行くべきだろう。だが、エリューは決してルーサーから目を離さなかった。


「料理も立派な魔法です。魔法界の中でこんなに美味しい魔法を使えるのは、ルーサー様しかいません!」


 彼女の真っ直ぐさには呆れてしまう。

 ルーサーの暗い心を照らすほど、エリューの言葉は微笑みは、こんなにも暖かい。


「貴女の勝ちよエリュー。師匠なんて立派なものになれるかどうかわからないけれど、好きなだけここにいるといいわ。嫌になったら他の魔法使いのところにいってよね」

「………はい! ありがとうございます!」


 ルーサーの答えに、エリューは嬉しそうに微笑んだ。



 こうしてルーサーとエリューは師弟関係となったのだ。

 同居人が一人増えた。

 もともと二人で暮らしていた家だ。空き部屋はある。明日は彼女が住む場所をつくらないと。それに、屋根の修理も。


 そんなことを考えながら、二人で飲むホットチョコレートは甘くなんとも暖かかった。

 そして何よりも、ぽっかり空いた天井から見上げる月は今までで一番美しく、眩しく輝いていた。

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