ep6 修理魔法
「お茶が入ったけれど……」
ルーサーが二人分の紅茶を持ってリビングに戻ると、エリューは屋根に開いた穴の下に羊皮紙を何枚も並べて広げていた。
「お構いなく! 大丈夫ですので」
エリューは作業に集中しているらしく、ルーサーの方を見ない。
「何をするの?」
「修理魔法です」
エリューは小さく分厚い教本を開き、それを何度も見比べながら羽ペンを使って魔法陣を描いていく。
魔法は杖や魔法陣、石や植物などの物質に魔力を伝達させ発動させる。
修理魔法はそのうちの一つ。壊れた物を元に戻す魔法である。
羊皮紙や地面に描いた魔法陣の中心に、壊れた物質——この場合は屋根に使われていた木片や瓦を置き、魔法使いの魔力を込め修理する。
カラムもこうして割ってしまった皿や、ほつれた服などを修理していた。ルーサーもできた試しはないが、やり方だけは知っている……が、ここまで大掛かりな修理魔法は初めて見る。
魔法学校を卒業してきたばかりの子に、いきなりこんなに難しい修理ができるのかとルーサーは不安げに天井を見上げた。
「よしっ、できた!」
それから半刻。エリューは一休みもせず、自分の体以上に大きな魔法陣を描き終えた。
拾い集めた屋根板や木片、瓦を魔法陣の中心に起き、エリューは魔法陣の端に両手を置いた。
「……うまく、いきますように」
エリューは深呼吸すると、目を閉じて魔力を魔法陣に込める。
「——
」
エリューが呪文を呟くと同時に魔法陣が淡い光を放ち始めた。
すると魔法陣の中心に置かれた木片が重力に逆らうようにふわりと宙へと浮かんでいく。
「……すごい」
さすがは見習い魔法使い。
ソファに座って本を読みながら見守っていたルーサーも思わず身を乗り出し、その光景を見つめる。
魔法を見るのはカラムが亡くなって以来——約二年ぶりだ。
ふわふわと不安定ながらも木片が浮き、屋根に向かっていこうとした時。魔法陣がフラッシュを焚いたかのように眩い光を発した。
「きゃあっ!」
その瞬間、木片が弾き飛ばされたように四方八方へ広がっていく。
その反動でエリューもごろんごろんと後ろに転がった。
折角綺麗に片付いたリビングの荒れように、ルーサーは呆然と瞬きを繰り返す。
「す、すっ、すみません! 魔法陣が間違っていたかもしれないです……! すぐにやり直します!」
エリューは汗をぬぐい、帽子をかぶりなおして己が書いた魔法陣と本とを必死に見比べる。
魔法陣は複雑な記号、模様、文字、一つでもずれていたら正しく発動しない。
「……一休み、したら? アップルパイもあるけれど」
「いいえ! そんな勿体無い! お構いなく。ルーサー様はのんびりしていてください! あたしが責任を持って直しますからっ!」
エリューのために用意した紅茶と温め直したアップルパイはすでに冷めていた。
彼女はこちらに見向きもせず、己の仕事に打ち込んでいる。
真面目な子なんだなと感心しながら、もういいから出て行けという考えも思い浮かばない自分が不思議なものだ。
ルーサーは冷めた紅茶を己のカップに注ぎながら、冷めても美味しいパイをエリューの代わりに口に運んだ。
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