ep5 赤毛の見習い魔法使い・エリュー


「私をルーサー様の弟子にしてください!」


 エリューの大きな声がこだますと、室内は静寂が流れた。

 魔法使い学校ウィッチスクール——立派な魔法使いになるために魔法使いの卵たちが通う学校である。

 そこを巣立った子供たちは魔法使い見習いアプレンティス・ウィッチとして世界各地の魔法使いの元に弟子入りを志願しにいく。

 ルーサーはカラムから「あんなところに行くより、私の元で学んだ方が何百倍もマシだ」といわれ魔法使い学校には通っていなかった。そもそもルーサー自身に学校入学の許可が降りたかどうかもわからないけれど。

 グレーの帽子とローブは魔法使い見習いの証。

 話には聞いていたが、ルーサーはこうして魔法使い見習いと対面するのは初めてだった。


「卒業って……」


 ふと、ルーサーは素朴な疑問を口にする。

 今の季節は初春。学校の卒業シーズンは確か秋ではなかっただろうか。少しタイミングが噛み合わないのでは。

 そこを指摘されたエリューは、僅かに顔を赤らめ言いづらそうに答える。


「それが……その。お恥ずかしい話。卒業試験に一度で受からず……半年、先延ばしになってしまいまして」

「…………あ、あらら」


 ちらりと見えたエリューのローブの裏地。表地と同じねずみ色。

 魔法界では“色なし”と呼ばれる落ちこぼれに与えられる階級である。

 それでも最下層の白から比べれば、天と地の差であることに違いないのだけれど。


「エリュー、だったよね」

「……はい!」


 ルーサーに声をかけられると、エリューは勢い良く顔を上げる。

 答えを期待する眩い眼差し。その輝きに当てられそうで、ルーサーはフードを深くかぶり目元を隠す。


「エリュー。あなたは私が何者か分かっているのよね?」

「もちろんです! かの有名な、魔法界最高位の黒の魔法使いブラック・ウィッチカラム様の唯一のお弟子様で白のホワイト——」

「そこまで知っていて何故私のところにきたの?」


 ルーサーは嬉々として答えるエリューの言葉を遮った。

 これは魔法界から自分に対するなにかの当て付けなのだろうかとルーサーは不快感を示すように眉を顰める。


「私は弟子を取っていない……ううん。取る資格なんてない。私は魔法の一つも使えやしない落ちこぼれだもの。あなたの住む魔法界で私がなんて揶揄われているか……きっと一度くらい耳にしたことはあるでしょう」


 そこではじめてエリューは言葉を詰まらせた。どうやら図星のようだ。

 魔法界で唯一。魔法が使えない魔法使い。落ちこぼれの最下位級の白。史上最強、最高位の魔法使いが育てたのは出来損ないの落ちこぼれ。“負け犬ルーザーのルーサー”——魔法界の中で、その名を知らぬ者はいないだろう。


「師匠……カラムのような立派な魔法使いになりたいなら、他の魔法使いの元にお行き。私があなたに教えられることなんてなに一つとしてないから」


 ルーサーは冷たい言葉を突きつける。

 師匠と比べられようとも思ってはいないが、改めて師と自身の力量差を見せつけられたような気がした。

 帰りなさい、と言葉をかけルーサーは踵を返す。


「いいえ……。いいえ! あたしはルーサー様の弟子になりたいんです!」


 ところが赤毛の少女は声を張り上げ、純白の背中に言葉をぶつけた。


「身の回りのお世話でも、掃除でも、道具のお手入れでもなんでもします! だからどうか、お側においてください!」


 後ろを振り返ると、エリューは先程のように深く頭を下げていた。


「……他の魔法使いのところに行ったほうがあなたのためよ。エリュー。私は本当に魔法の一つも使えない。取ってつけた階級はあるけど、実力でいったらあなたよりずっとずっとずーっと下なの」

「でも、あたしは……どうしてもルーサー様の弟子になりたいんです。ルーサー様がいいんです」


 何故そこまで固執するのか、ルーサーは理解ができず困ったようにため息をついた。

 ここまで必死にされると、無下に追い出すこちらが悪者に思えて胸が痛くなってくる。けれどそんな同情は彼女のきっと彼女のためにならない。

 ルーサーはフードを脱ぎ、エリューの元に歩み寄ると目を合わせるために身を屈めた。


「エリュー、ごめんなさい。そんなに一生懸命になってくれる気持ちは嬉しいけれど……私があなたに教えられることは、本当になにもないの」


 正直なところ、自分の元に訪ねて来てくれる魔法使いが現れる日がくるなんて思ってもみなかった。

 だから驚いた半分、少し嬉しくなったのも本心だ。けれど、ルーサーはエリューに何も教えることができない。魔法の使えない魔法使いは、長すぎる余生を一人静かに山奥で過ごしていくと、そう決めていたのだから。


「……っ」


 エリューは悔しそうに唇を噛み締める。

 どんな思いで。どれだけ緊張して。十五歳にも満たない幼い少女は一人でここまで来たのだろう。

 悲しそうな表情にルーサーの心は締め付けられた。もし自分が師匠のようにきちんと魔法をつかえていたのなら——。


「期待に添えなくてごめんなさい。あなたならきっと立派な魔法使いになれるわ」


 ルーサーの声にぽろりとエリューは一粒涙をこぼした。


「ここまでくるのに疲れたでしょう。せめてお茶の一杯でも飲んで行って」 


 客人を無下に追い返すのも申し訳ない。ルーサーはキッチンに行こうと背を向けた。

 それを再び呼び止めたのは涙声のエリュー。


「あのっ! ルーサー様!」

「なぁに?」

「せめて、せめて。あたしが壊してしまった屋根だけでも直させていただけませんでしょうか!」


 エリューは天高く真上を指差した。 

 それにつられるようにルーサーはゆっくりと視線を上に上げていく。




「………………………あ」


 そこには天井にぽっかりと空いた大きな穴。

 ガラスのない天窓になってしまった屋根。地面に散らばる木屑。

 さすがのルーサーも一人でこれを直すのには骨が折れそうだ。

 ——結論、ルーサーはぽかんと口を開けたまま、頷くことしかできなかったわけである。

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