ep4 空からの来訪者
行きよりも重くなったバスケットを手に、ルーサーは家までの道を戻っていた。
人里の気配がなくなり、自然が深くなってくる。山へと続く道を脇に逸れ、川の方へと少し下ると自宅の赤い屋根が見えてきた。
シリーのところでゆっくりしすぎたのでかまどの火が心配だったが、煙突から煙が上がっているのが見えてほっと息をつく。
「…………は」
早く戻って薪を焚べなければ。
少し早足になりかけたルーサーの足は止まった。ぽかんと口を開け、空を見上げる。
「なに……あれ」
自宅の真上。黒い物体が円を描くように空を飛んでいる。
鳥のように美しい飛び方ではなく、ふらふらとしたぎこちない動き。トンビのような大きさではない——あれは、人だ。
「……え。ちょっと……え?」
自分は幻でも見ているのだろうか。
ルーサーは目を擦りながら恐る恐る家に近づいていく。
痛いほど首を上向きにして目を凝らす。
グレーのとんがり帽子にローブ。帽子から僅かに覗く赤毛のおさげ。箒に乗った少女が空を不安定に漂っているではないか。
「……あの。そこで、なにをしているの?」
上に向かってルーサーは声を張り上げた。少女は驚いたように肩を震わせ下を見る。
「えっ! わっ! ちょっと……まっ……!」
少女は突然現れたルーサーに驚き、慌てふためいてぎりぎりで保っていたバランスを崩してしまった。
「えっ、ちょっと………」
ルーサーは思わず息を飲む。
「わっ、わあああああああああああっ!」
少女は何とか体勢を立て直そうとしたが、努力虚しく、ルーサーの家に向かって真っ逆さまに落ちていった。
どかんと、大きな衝撃音。どれだけ待っても屋根から少女が滑り落ちてくることはない。となると、結論は一つ。
「ちょっと!!!! 大変!!!!!」
ルーサーは珍しく声を荒げ、大慌てで家へと駆け出した。
手をもたつかせながら何とか鍵をあけ、扉を開けた。玄関先にバスケットを投げるように置き、フードを脱ぐのも忘れ、奥へと急ぐ。
リビングに向かうとそこには目を覆いたくなる光景が広がっていた。
屋根はぽっかりとした大きな穴が空き、床には瓦やら木やらが散乱し、埃が舞い視界が霞んでいる。
「……だ、大丈夫?」
埃を手で払いながら、ルーサーは奥の方へ向かって声をかける。
暖炉のちょうど前、師がよく座っていた一人がけのソファの上に小さな人影が見えた。
「いっ……てて……」
掠れた声と咳が聞こえる。とりあえずのところは大丈夫そうだ。
この視界の霞が取れなければ話にならない。ルーサーは家中の窓を開け、キッチンの小窓を開けるついでに弱まっていたかまどの火に薪をくべた。
「うう……失敗しちゃった。ちょっとは箒飛行にも慣れたと思ったのに……」
リビングに戻ると、部屋の霞は大分晴れていた。
そこにいたのは三つ編みおさげの赤毛の少女。落ち込んだように肩を丸め、足元に落ちているとんがり帽を拾い埃をはらっている。
真新しいグレーのローブは落ちた衝撃で木くずで汚れ、所々切れてしまっている。
「あの……あなたは……」
ルーサーは戸惑いがちに声をかけた。
その瞬間、少女は驚いたリスのようにぴくりと顔を上げた。鼻の頭にはそばかす。ルビー色の大きく綺麗な瞳が印象的で可愛らしい。
少女はとんがり帽子を胸に抱き、背筋をぴっと正してルーサーをまっすぐ見つめた。
「はっ、初めまして!
「……そう、ですが」
ルーサーが纏っている純白のローブを見て、少女は大きい目をさらに見開きキラキラと目を輝かせた。
対してルーサーの返事は複雑そうだ。
「私、魔法使い
エリューと名乗る少女は、そこで言葉を切った。
緊張した面持ちで、帽子が小さくなるほど握りしめ、覚悟を決めるように何度も深呼吸をする。
「あのっ! 私を……私をルーサー様の弟子にしてください!」
地面に頭がつきそうなほど、深々と頭をさげる少女のつむじをルーサーは呆然と見つめた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます