ep2 白の魔法使い


 山道を歩くこと半刻。木々が開けようやく村が見えてきた。

 ルズベリーは人口千に満たない小さな山村だ。

 農業が盛んで様々な野菜が採れる。小麦畑が一面黄金に染まる秋は本当に美しいものだ。

 山ではヤギや羊を放牧し、時々猪や鹿を狩り、川ではほんの少し魚が釣れる。

 村民は皆顔見知りで、皆が力を合わせて生活しているのどかで平和な村である。

 

 そんな村の空気はルーサーの来訪により一変した。

 賑わう市場の中を歩く純白のローブ。嫌でも目立つその姿に村民の視線が突き刺さる。村人の目には極力触れたくないが、目的地に向かうためにはどうしてもここを通らなければならない。


「魔女だ。白の魔女だ」

「子供を隠せ。子供を攫いに来たのかもしれん」

「ああ、恐ろしい。なんで村の傍に魔女なんて……」


 懐にカゴを隠し、視線から逃げるようにローブを目深にかぶり早足で歩く。

 人間が魔法使いの階級をしる筈もなく、最下級のルーサーであっても恐ろしく忌むべき存在なのだ。

 村民に心ない言葉を浴びせられるたびに、ルーサーの心はきりきりと悲鳴を上げる。何度聞いてもやはり慣れるものではない。けれどルーサーはどれだけ暴言を吐かれようと村に降りなければならない理由があり、頑なに純白のローブを纏い続ける理由があった。





 元々ルーサーは捨て子だった。寒い冬の早朝に、魔法使いの家の前に捨てられていたらしい。

 それが魔法界を離れ、一人人里近くに住む最高位の黒の魔法使いブラック・ウィザードカラム=クロムウェル。弟子を取らないと有名であった彼は気まぐれでその赤子を拾い、ルーサーと名付け育ててくれた。

 人間界に生まれた物でもごく稀に魔力を秘めた子はいる。けれどルーサーにその奇跡は起きなかった。

 魔法の才がないルーサーに、カラムは諦めることなく様々なことを教え込んだ。

 魔法界のこと。魔法のこと。薬の調合の仕方。

 人間界での生き方を知らないカラムは、自分の死後もルーサーが一人で行けるように様々な術を教えた。

 そうして師の元で修行を続けること二十年。ルーサーに魔法界で唯一となるホワイトの階級が与えられたのはカラムの死の間際であった。

 

『師匠。私は、魔法を使えない。貴方に何年教わっても基礎魔法一つ使えない私が魔法使いになる資格はありません。人に恐れられ、魔法使いには……馬鹿にされる』

『胸を張りなさい。お前は立派な魔法使いウィザードだ』

『でも、最高位の魔法使いである師匠の弟子が……最下位の白だなんて。私のせいで師匠も笑い者にされる』


 病床に臥していたカラムは弟子の弱音を笑い飛ばした。


『笑いごとでは……!』

『いいたい者にはいわせておけ。心の狭い者がいるのは魔法界も人間界も変わらないよ。いつか……お前も、魔法使いになった意味が分かる時がくる』

『……でも』


 ルーサーの言葉を遮るように、カラムはすっかりやせ細り骨ばった手でルーサーの頬を撫でた。


『白と黒。対極で丁度いいじゃないか。案ずるな。階級なんて関係ない。ルーサー……お前は私にとって誇らしい弟子で、何よりも大切な愛おしい娘だよ』


 その手の温かさに涙が滲む。師の手を強く握りしめた。


『そのローブ。本当によく、似合っているよ。最後にお前の立派な姿を見られて安心した』


 真新しい純白のローブに身を包む愛弟子の姿を見たカラムは心底安心したように微笑んで逝った。



 カラムの死後から二年経った今でも、何故自分に魔法使いの資格が与えられたのか分からない。

 人間界には戻れず、魔法界の仲間入りもできない。どちらにも属せない中途半端な存在。

 けれど。魔法一つ使えず、身の回りの世話しかできない不出来な弟子を、カラムは最後まで信じ、大切な家族だといってくれた。 

 父として、師として注がれた愛情を、その恩を決して忘れることはないだろう。

 例え落ちこぼれだと笑われようとも、魔女だと忌み嫌われても、この純白のローブは師との絆。

 いつか。いつかきっと自分が魔法使いになった理由が分かる時が来る。師の言葉を信じルーサーは今日もローブを羽織る。


 市場を抜け、畑道を通り、小高い丘の上にぽつんと建っている赤い屋根の小さな家を目指す。

 小さいながら自家菜園はよく手入れされ、庭の鉢植えの花は綺麗に咲き誇っている。


「こんにちは。ルーサーです」


 周囲に村人がいないことを確認し、扉をノックしてしばらく待つとゆっくりと扉が開く。


「おはよう、ルーサー。いつもわざわざありがとうねぇ」


 中から腰が曲がった可愛らしい老婆がルーサーを暖かく出迎えてくれた。

 彼女の名前はシリー。ルズベリーの中で唯一ルーサーを差別することなく接してくれる女性である。


「これ、いつもの塗り薬と飲み薬。なくなる頃にまた持ってくるから。それと……これ、よかったら卵。今朝生んだばかりだから」

「あらあら、ありがとう」


 ローブに隠していたカゴの中から薬瓶と卵を渡すと、シリーは嬉しそうに微笑んだ。


「じゃあ、私はこれで」


 もし魔法使いと話しているところを他の村民に見られたらシリーに害が及んでしまう。心優しい彼女が中傷されるのは自分がいわれるよりももっと嫌だった。

 そのためルーサーは要件を済ませるとすぐにシリーに別れを告げる。


「ルーサー。遠いところ大変だったでしょう。お茶でも飲んで一休みしていきなさい」


 そんなルーサーをシリーは決まって引き止める。

 ルーサーは困惑しながら、人がいないか逐次確認するように周囲に視線を彷徨わせる。


「本当にいいの。私のことは気にしないで。ただ薬を届けにきただけだから」

「いいから、お上りなさい」


 帰ろうと扉を閉めようとするが、見切ったようにシリーはその間に体を入れる。

 そして皺くちゃの暖かい手に引き止められてしまえば、ルーサーはそれを振りほどくことなどできなかった。


「さ。ほぉら、はやく。美味しいパンを焼いて待っていたのよ」

「…………………っ」


 有無をいわせぬ頑固で優しい笑顔。押しに弱いルーサーは断ることができず、結局いつものようにシリーの家に招かれてしまうのであった。

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