お嬢様は今日も想い人のことで頭がいっぱい


 都内高級住宅街にある膨大な土地にそびえ立つ名家「八条家」の大きなお屋敷の中。そこにあるお嬢様の私室にて、八条ノアは頭を冷やすべく枕に頭を埋め込んでいた。

 

 「ノアお嬢様、枕に頭を埋め込んで何をしているんすか。髪の手入れがめんどいことになるんでやめてください」


 「……ああ、ヒカルね。そうよね、もう純はここには来ないものね、結ばれるまで。……はあ」


 「へいへいすみませんね大大大好きな純じゃなくて」


 タイミングがいいのか悪いのか、彼女の専属メイドである佐野ヒカルがいつも通りめんどくさそうな表情とオーラを纏ってノアから枕を取り上げる。ノアが唯一素の自分をさらけ出せる相手ではあるものの、空気を読もうとしない性格であるため時折変なこともする。


 「なんスカそんなに落ち込んで。我々が(わざわざ)色々と工作をしておいて純と同じクラスになれて、さらに二人っきりの部活動ができるようにしておいたじゃないスカ。これ以上ない幸せっすよ? 私の給料もっと上げてもいいぐらいですよ?」


 「そうね、それは感謝するべきところだわ。でもね……純と二人っきりで帰れなかったのがすごくショックなの!!! ど、どうして一緒に帰ってくれなかったのかしら!?」


 「あー……なるほど……ぷっ、ぷぷ」


 それを聞いて、思わずヒカルは吹き出しそうになるのを必死にこらえた。なにせ彼女を含めた専属メイド、執事は学校内に飛ばしていた高性能ドローンにてリアルタイムでその様子を見ていたからだ。つまり、どうして純がノアと一緒に帰宅しなかったのか、その理由を知っている。


 (滝のように鼻血ブーしてたからなあ……ありゃ一緒に帰れんだろ。純の名誉のために黙っとこ。このままの方がおもろいし)


 「絶対純は私のことが大好きなはずよ! 今日だってあんなにかっこよく私のことを守ってくれて……はあ、純、なんて素敵なのかしら! か、かっこよすぎよ!」


 「でも本当に大好きなら一緒に帰るじゃないすか」


 「そ、それは……」


 「やっぱ友人としての、likeとしての好きなんじゃないすかねえ」


 「そ、そんな……そんなことは……」


 (や、やべ!)


 思うように言われてしまったノアは、思わずじわじわと涙が出てきてしまう。その涙は宝石のような美しささえも感じられるほどだが……当の泣かせた本人はあたふたと弁解を始める。


 「いや照れ隠しだと思いますよええなにせ純のやろう昔から素直に行動するのが苦手みたいですしねうんそうだきっとそうすよ!」


 一切途切れることなく弁解の限りをヒカルは尽くす。するとノアは……


 「……本当に? 嘘じゃない?」


 純粋無垢の子供のように、ピュアな瞳でヒカルの目に訴える。慣れていない人間であれば躊躇してしまうのだろうが……ヒカルはこれを何度も受けている。故に


 「はい、大マジです」


 ヒカルは目を合わせてニコニコとセールスマンのように笑う。


 「なら良かったわ! そうよね、純には私しかいないものね! 純のかっこよさ、純の優しさ、純の温もり……それを完璧に理解しているのは私だけだもの!」


 「あーそうすね。でもお嬢様、一つでも他の女に知られたら純に好意を寄せて取られるなんてこともあり得るんじゃないスカ?」


 「…………まさかヒカル、純を……」


 性懲りも無くヒカルが意地悪をしていると、今度はノアが殺意すら感じる瞳をヒカルに向ける。


 「いやいやなんなガキ臭いの興味ないすわ(てか狙えば私ソッコークビ切られる)でも他の女が狙わないとも限らんわけで」


 「それもそうね。ならヒカル、純に好意を寄せそうな女性をピックアップしておいてほしいわ」


 「何をする気でスカ。それにめんどいから嫌です。そもそもお嬢様がさっさと純に告白すれば済む話では?」


 「そ、それができないからこうなってるんじゃない!」


 ノアはぼっと赤面してはベットの上でゴロゴロと転がり始めてしまう。よほど精神的に告白するということはパニックになることらしい。


 「なんでなんスカ?」


 「ま、万が一よ。天文学的な確率でありえないとは思うけど……純に断られたら……怖いじゃない」


 「あー」


 100%大丈夫ですよ、とヒカルは思った。なにせ純もノアに対してそんなことを思っていることを知っているからだ。とは言えこれを赤の他人である自分がどうにかしていいものかとも思うし、それに……


 (今告白されると執事達との賭けに負けちまうからなあ……)


 ヒカルはあろうことか主人とかつての同僚がいつ告白して付き合うか賭けをしていた。ヒカルは一年以上かかるというものにかなりの額をかけている。なので自堕落メイドである彼女はここで助言をするのではなく……。


 「でも普通告白って男からするもんじゃないすか」


 「……そ、そうなの?」


 「そうです。世の中のラブコメ漫画では男の主人公がヒロインに告白するんですよ。リアルでも同じに決まってるじゃないですか!」


 もちろんそんなことはない。だがこの場でヒカルはそういうことだと持ち込むことにした。理由はもちろん、金のために。


 「だから純が告白するのを待つべきっすよ! よほど危機的状況じゃない限り!」


 一応保険をかけておき、ヒカルはノアに対してセールスマンのごとく訴える。


 「そ、そうなのね……わかったわヒカル。ということはこのまま現状維持ということでいいかしら?」


 「もちのろんすよ!」


 見事ノアを丸め込み、ヒカルは自らの思惑通りに動かすことができた。どうせ純もしばらくは告白してこないし、これで一年以上告白するには時間がかかるだろうと心の中でほくそ笑んでいた。


 もちろん二人の恋路を応援してはいる。ただ佐野ヒカルという人間はそういう金に目ざとい人だ。それにどうせ二人は付き合うだろうと確信もしている上での行動だ。


 「さてお嬢様、もうそろそろ髪のお手入れしてもいいスカ?」


 「そうね、それじゃあ今日もお願い、ヒカル」


 「ヘーイ頑張りまーす」


 こうして、二人が結ばれる期間が長引いてしまった……。


   ――――――――――――

読者さまへお願い


第六回カクヨムコンに参加中です。


読者選考を通過するためにも、ページの↓のほうの『★で称える』やフォローで応援頂けますと、とてもありがたいです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る