もう専属執事ではないけれど


 「おいてめえら、入学式早々よろしくやってるじゃねえの」


 先ほどの誠実さは何処へやら。先輩方は悪意しか感じられない表情を浮かべては俺たちを囲んで声を荒げている。やはりこういうことになってしまうのか、そりゃお嬢様はめちゃくちゃ可愛いから気持ちはすごくわかるが……。


 「俺たちを差し置いて二人でイチャイチャしやがって……てめえら、恋人なのか!? ああん!?」

 「一年が調子乗ってるんじゃねえぞ!!!」

 「いますぐこの場で別れたら許してやる!!!」


 さらにさらに、先輩方は妬みしかない言葉をカラスのようにガーガーと吠えては今にも襲われかねない状況になって行く。


 だがそれよりも……


 「ここここここ恋人って……お、俺とお嬢様はそんな関係じゃ……」


 「ここここここ恋人って……わ、私と純はまだそんな関係じゃ……」


 俺とお嬢様、お互い恋人だと言われたことの方がある意味衝撃的だった。た、確かにお嬢様がやけにグイグイと来ることもあって異様な距離感(物理的に)ではあったものの、そう見られているとは思っていなかったため俺とお嬢様は動揺せざるを得ない。


 てか今お嬢様が「まだ」と言っていた気がするが……きっと俺の都合のいい空耳だろう。こんな時にも何をしているんだ俺は!


 「クッソ余裕を見せやがって……」

 「俺らは何としても彼女を作らないといけないんだ!」

 「3年間彼女なしで部活動を終えるだなんて耐えられるわけがない!!!」


 ああ、てっきりこの先輩たちはすでに色々と経験豊富なのかと思えば何もできずに3年間を過ごしてしまった哀れな方達だったのか。そりゃ躍起になるわけだ。


 「そもそもそこの女子、めちゃくちゃ金持ちの子なんだろ? だったら下手なことをしないほうがいいと思うぜ。ほら、早くうちの部のマネージャーになると言え!」


 こんな短時間にその情報を手に入れるって……どれだけ本気なんだよ。そりゃお嬢様の溢れ出る特別なオーラは高貴さを隠せてないけれど。


 「いやよ」


 だが、お嬢様は先ほど恋人と言われて動揺していた面影を一切見せずにきっぱりと真顔で断りを入れた。それもそうだ、何せお嬢様は日本が誇る名家「八条家」の跡取り。そこらのチンピラの要求なんて耳を貸す必要などないのだから!


 「な、なんでだ!? そんなに俺たちに興味がないのか!?」


 「それもあるけど、一番の理由は貴方達の部活に入ったら純と文芸部で活動できなくなるじゃない」


 ……え、一番の理由ってそれ? いやいや、んなわけあるかい! きっと俺を立て変な男を近づけさせないように仕向けているだけに違いない! きっとそうだ!


 「こんのおおおおおおお!!!」

 「許すまじそこのやろう!」

 「タダで済むと思うなよ!」


 あーついに暴力に行動を移してしまった。きっとこういうところがこの先輩方に彼女ができない原因なんだと俺でもわかる。こういうとき、テキトーにあしらって済ませることが一番楽なんだが……この場にお嬢様がすぐ近くにいるとなれば話が違う。


 大切な人が万が一傷でもおったらたまったものじゃないからな。


 「ぐはっ!!!」


 まずは一人、軽く男の急所を蹴り上げる。だいたいこうすれば男ってのはすぐに倒れ込むので、奇襲の際には実にもってこいだ。


 「な……ぎゃあああ!」

 「なんでこんな……グフっ」


 そして奇襲に動揺した他の先輩達には軽い拳をお腹にパンっと入れる。てっきり運動部だから多少はこらえてくるかと思えば……大して鍛えていなかったんだろう、すぐに地面に膝をつけた。


 「や、やべえ!」

 「に、逃げろ!!!」


 最後に残りの先輩達を片付けようとしたが、逃げ足だけは早いようでビュンとその場から立ち去ってしまった。うーん、所々才能の使いどころが間違っているなあ。


 「さすがね純。幼い頃からうちの執事達に鍛えられただけあるわ」


 「……そう、ですね」


 八条家に勤め始めてから、主人を守るために日々訓練を課せられていた。そのためこんなハプニングが起きても難なく対処できたわけだが……そもそもこれ、お嬢様を守る執事の役目として持っている力である。だから……。


 「お嬢様、もう俺は専属執事ではありません。今回は俺がいましたけど……今後このようなことがあったら旦那様もご心配なさります、だから行動は謹んでください」


 そう、もう俺は専属執事ではない。以前までは常にお嬢様を守ることができたが、執事でない以上常に一緒にいるわけにはいかない。だから俺はこういうしかなかった。


 「心配ないわ。純はこれからも私と一緒にいるもの」


 「……はい?」


 だがどこまでもお嬢様は俺の予想を裏切る。


 「だって純はこの学校で唯一の私の友達よ。ずっと一緒にいるに決まってるじゃない」


 俺のおでこをつんっと人差し指でつついて、お嬢様はとても素敵な笑顔を浮かべた。本当に可愛かった、美しかった。今までも何度かお嬢様の笑顔は見てきた。だけどこれは……どこか今までとは違う感情が含まれているかのようだ。


 だけど友達かあ……そうだよなあ、俺なんかがお嬢様にLOVEの意味で好かれているなんてありえないもんなあ。そんな残念な感情も、少しだけあるけれど。


 「で、ですがお嬢様! そもそもこの学校にどうして通われているのですか? 中学からそのまま上がればこのようなことも起こりえませんし」


 「それは絶対に答えないといけないことかしら?」


 「う……そ、それは……」


 お嬢様がこういう時は、ちゃんとした答えが返ってくることはない。つまりは答えたくない理由であることがほとんど。


 ……もしかして、旦那様が可愛い子には旅をさせろ理論でお嬢様に世間を見せるべくこの学校に送り込んだというわけか!? それに中学では他にも護衛をつけていたはずなのにそれも見当たらない。


 つまり俺がさりげなくお嬢様をお守りするしかないということなのか!


 「わかりましたお嬢様、俺が命をかけてお守りします」


 「純が何を納得したのかはわからないけれど、まあいいわ。それと純、ずっと気になっていたのだけど、どうしてまだお嬢様と私のことを呼ぶの? もう貴方と私は主従関係ではないのよ」


 「い、いやそれは癖というかなんというか……」


 「次から私のことはノアと呼びなさい」


 「え……」


 真面目な表情でお嬢様は俺に無理難題を言ってきた。いや、無理難題に思えないかもしれないが、俺はずっと一貫してお嬢様のことをお嬢様と呼んできたため今更名前呼びをするだなんて……めちゃくちゃ恥ずかしい!!!


 「せ、せめて八条さん……じゃダメですか?」


 「だめ。それと敬語も禁止よ」


 「そ、そんな……」


 なんかさらに要求が増しているんですけど! うう……でもそもそももう俺はお嬢様と主従関係じゃないのだからこの要求を無視したって……。


 あああそんなことをしたらお嬢様に嫌われてしまう!!! それだけは避けないと、断固として!!!


 「……わ、わかりま……わ、わかった……の、ノア……」


 「よくできたわね純。よしよし」


 「お、お嬢さ……の、ノア!?」


 お嬢様はポンポンと俺の頭を優しく撫でて、天使のような笑みを俺に向けてくれた。ああ、ヤバイ……や、やば……。


 「す、すみません!!! きょ、今日は失礼します!!!」


 本当はもっと味わっていたかった。だが、今日は今までにないほどお嬢様がグイグイときたせいなのか、興奮が抑えられずに……鼻血が出てくる感覚がズルッと感じられた。お嬢様に鼻血をかけるわけにもいかないため、だからその場を即座に立ち去る必要があったわけだ。


 く、クッソ!!! かっこ悪いところを見せてしまったあ!!!


   ――――――――――――

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