偶然……???


 ノアお嬢様は中高一貫の名門校に通われている。俺も中学の頃は護衛を兼ねてその学校に通わせてもらったのだが、なんというか別次元の世界で……俺が一切馴染むことができなかったのはいうまでもない。


 だからお嬢様はその名門校に通われているはずなのだ。つまりここにいるわけがない。きっとこれは俺がお嬢様のことをお慕いすぎて夢を見てしまっているのだろう。よし、一発頰を殴るぞ!


 「痛ってえ!!!」


 どうやら夢ではないらしい。めちゃくちゃ痛いよ。


 「純、いきなり頰を殴ってどうしたの? ほら、赤くなってしまってるわ」


 「!!?」


 お嬢様が心配そうな表情を浮かべつつ、俺の頰にそっと手のひらを置いて優しく摩ってくださった。こ、これはやはり現実なのか? でもそんなわけはないんだ、きっとこれは俺がお嬢様のことを頭に考えすぎて幻覚が見えてしまっただけなんだろう、うん。


 「もう純、どうして何も言葉を返してくれないの? 久しぶりの再会なのよ、もっと感動してくれないと少し悲しくなるわ」


 だが俺の考えとは裏腹に、お嬢様は両手で俺の頰を触り唇が当たりそうなぐらい顔を近づけて妖艶な笑みを浮かべてらっしゃる。


 「おおおお嬢様!!! か、顔がち、近いです!」


 このような表情は見たこともない。ましてやこれほどまで物理的に距離が近くなることなんてもってのほかだ。さらにお嬢様の心地よい香りも漂ってくるため、夢ではなさそうなのが……俺の頭を困惑させる。


 「あら純。これぐらいいいじゃない、一ヶ月ぶりの再会なのよ。その期間の虚無を埋めるには必要な距離感よ」


 「い、いやそれは……い、一ヶ月ですし……」


 「純は私に一ヶ月会えなくても平気だったの?」


 全然平気ではありませんでした。お嬢様への気持ちを絶つべくやめたということもあるのに、俺としたら毎晩お嬢様のことをふとした時に考えてしまって……。だ、だからこうして会えたことはすごく嬉しい。


 「……は、はい。平気……でしたよ」


 だが素直にそういうわけにもいかない。俺は執事をやめた身である。いつまでも前職に未練を抱えているだなんて情けないこと、お嬢様に対して言えるわけがない。だから俺は……お嬢様に対して嘘をついた。


 「…………………………ふぇ?」


 「……お、お嬢様?」


 その返答に対して、お嬢様はあまりに想定外のことだったのか見たことのないアホ面……お、おほん、お間抜けなお顔をされて明らかに動揺していた。


 「そ、そう。わ、私はてっきり純が私を恋しく思っていたと予想していたのだけれど……そう、そうなのね、へ、へえ……」


 そんなに俺が平気でいたことが驚きだったのか……。な、なんか悪いことをした気がしてすごく罪悪感が出てきた。


 「た、多少は思っていましたよ! 長らくご一緒にいましたから、急に離れると寂しくなりました!」


 なので俺は多少ちょーっとだけニュアンスを変えてお嬢様に多少本当の気持ちを伝える。


 「ほ、本当に!? そ、それは良かったわ……本当に良かった」


 どうやら俺がなんとも思っていないことに対してよほどショックだったようだ。確かに主人として、長らく一緒にいた従者がなんともおもわずにのほほんと生活していたら多少思うところがあるのかもしれない。


 「なら純、その寂しさを埋めるためにもっと近くにいらっしゃい」


 「い、いやそれは……。そ、そもそも先ほど至近距離にいたじゃないですか。もうそれで十分……」


 「私は足りないのよ」


 お嬢様は少しだけ顔を赤く染めて、恥ずかしそうな表情をしながらそういった。これも見たことのない表情だ。ずっと一緒にいたのに、一度も見たことがない、いつも凛としていたお嬢様がこのようにされるなんて……。も、もしやお嬢様も寂しがっていたということか? ……だ、だとすれば原因は……。


 「も、申し訳ございません! た、確かに俺がやめたことでお嬢様毎晩恒例の子守唄がジジイばかりになってしまいましたし、お嬢様毎週日曜恒例のプリキュア鑑賞会もジジイばかりになってしまいました! 佐野さんはいい加減ですし、それですと寂しくなりますよね!」


 「………………い、いやそういうわけでは……いや、確かにそれもあるのだけど」


 「で、ですがきっとそれは次第になれると思いますので!」


 「い、いやだから違うのよ純。私は……」


 何かお嬢様が言いそうになる時、ぞろぞろと他のクラスメイトたちが教室の中に入ってくる。教室は新クラスということで騒がしくはならなかったが、それでも人の圧が俺たちの会話を止めるには十分だった。


 「か、可愛い!!!」

 「す、すげえ美人!!!」

 「な、名前は!?」


 さらに、お嬢様の超越した美貌はクラスの中でどうしても目立ってしまう。だから次々とクラスメイトから声をかけられ、お嬢様もそれの対応に追われることになる。


 でもこの光景自体は中学時代からあったものだ。今更驚くことはない。だけど以前と違って……俺はお嬢様の執事ではない。関わる理由が、特にないのだ。


 どうしてお嬢様がこの学校に入ったのか理由は知らないが……きっとそのうち元の高校にお戻りになられるだろう。それに俺たちの関係を知られればそれはそれで面倒だ。だから……あまり関わらないでおこう。


 と思っていたけど。お嬢様はそうさせる気がなかったようだ。


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