専属執事をやめたら幼馴染のお嬢様がやけにグイグイくるのだが

倉敷紺

専属執事をやめました


 「今日をもちまして、八条家の専属執事をやめさせていただきます。皆さんには幼い頃から大変お世話になりました。感謝してもしきれません! どうも、ありがとうございました!!!」


 都内高級住宅街にある膨大な土地にそびえ立つ名家「八条家」の大きなお屋敷の中。そこの大広間にて俺……「野原純」の退職会が行われた。幼い頃……両親に捨てられた俺を旦那様が助けてくださった頃からずっと働いていたため、他のスタッフとも親交が深いこともあってこんな盛大に送り出してもらえる。


 なんて幸せなことだろうか。それだけに少しだけ、やめるのが惜しくなる気持ちすらある。


 「いやーまさか本当にやめるだなんて。なんで辞めんの? 衣食住支給で金もいいこの仕事、やめるのなんて勿体無くね?」


 歳が三つ上で、お姉さん的な存在である先輩メイドの「佐野ヒカル」さんがジュースを俺に渡してくれて、女子力を一切感じさせない飲みっぷりを見せながら問いかけてきた。


 「俺ももう高校生になりますし、学費も正直今までの稼ぎで払えます。今までは仕事優先で学生らしいことができませんでしたけど、せっかくの高校生活ですから思いっきり堪能しようかと思いまして」


 「えーそんないいものかねえ。私は今年で卒業したけど、ドラマみたいな展開にはならなかったよ。ささ、今からでも遅くないよ、やめるの取り消しな。あんたがいないと執事がジジイばかりで男の花がなさすぎるからさ」


 「佐野さんは女子高に通ってたからドラマみたいな展開にはならないでしょうが!!!」


 「ひひひ、まあそれもあるわな。でもさ、あんただって多少は残りたいとも思ってるんじゃない? ほら、今日もお美しいあの方がいらっしゃるよ」


 「う……」


 佐野さんのいう通り、確かに俺には大きな心残りがある。この八条家唯一の跡取りであり、そしてスーパー美少女。可愛いという言葉も、美しいという言葉も、彼女のためにあると言っても過言ではない存在……「八条ノア」お嬢様だ。


 歳も同じということで、幼い頃からずっと側近として主従関係を結び、どんな時も一緒だった。恋心を抱いてたのはいつだったのか、もしかしたら出会った頃から好きだったのかもしれない。それぐらい、俺には特別な存在だ。


 だけど俺とお嬢様は主従関係にすぎなかった。だから俺は恋愛感情を持つべき存在ではないし、持たれる存在でもない。……つまり、諦めざるを得ないわけだ。


 「ほら、はよ喋ってこい!」


 「う、うわあ!」


 目線でだけお嬢様を見ていたら、佐野さんが豪快に俺を引っ張ってお嬢様の前まで連れてきた。この人、本当に女性なのかと疑いたくなる男勝りな性格だよな。……ってやばい、お、お嬢様との距離が……。


 「あら純。わざわざ私にも会いにきてくれたの?」


 アメリカ人の奥様の遺伝子を色濃く受け継いだお嬢様のお美しい金色の髪がさらりと俺の目の前で揺れ、精巧に整えられた可愛らしい顔からの笑顔が、俺の視界に入る。


 「い、いや会うべくしてあったというか、なんというか……」


 「チキってたくせに会うべくしてとかよく言えるね」


 「さ、佐野さん!!!」


 余計なことを言いやがって! お、お嬢様の前では最後くらいカッコつけたいのに!


 「ふふっ、本当に最後まで純らしいわ」


 「そ、それほどでも……」


 「褒められてないから」


 「佐野さん黙っててください! しっし!」


 「へいへい……」


 先輩とはいえお嬢様との会話を妨げるとなれば致し方ない。佐野さんも物分かり良くその場を立ち去ってくれて、俺とお嬢様、二人きりで会話をすることに取り付けた。


 どうする俺、この場で……告白をするか? もう他人になるんだ、主従関係じゃなくなるんだ? 気持ちだけでも……伝えて損はないはず。


 「? どうしたの純?」


 「…………」


 だけどお嬢様の顔を見れば見るほど、自分にはふさわしくない存在だと痛感する。この人は日本有数の名家の跡取りで、俺は親なしの学生。不釣り合いすぎるんだ。俺じゃだめだ、お嬢様にはもっといい人がきっといるはず。


 「……いえ、なんでもありません。今まで大変お世話になりました」


 「こちらこそ、純には色々助けられたわ。会えなくなると考えると、寂しいものね。……ねえ純、本当にやめちゃうの?」


 「……」


 なんだかお嬢様の目が涙目にも見えた。……でも、みんなそう言ってる。お嬢様も友情関係の中で少しだけ寂しさを感じているだけだろう。だがもう決めたことだ、いつまでも甘えているわけにもいかない。


 「ええ、もう決めましたから。ご心配なさらず、きっといい高校生活を送りますよ」


 「…………そうね、きっと純なら送れるわ」


 「高校生活が落ち着いたらお屋敷にはお邪魔しますので、その時にまた会いましょう」


 「ええ。楽しみにしているわ、四月を」


 「? 四月?」


 はて、いま来る時期を伝えたか? だけどお嬢様から訂正はないし……四月に来いってことかな? まあお嬢様がそうご希望されるのなら頑張ってくるか。


 「おい純! 今からビンゴ大会するからはよ来い!」


 「は、はいはい! そ、それじゃあお嬢様、元気でいてくださいね!」


 「……え、ええ。」


 少しだけ、お嬢様の顔が真っ赤になっていた気もした。だけどまさかあのお嬢様が顔を赤く染めるなんてことはないだろう。きっと俺の見間違いだ。


 「……ぷっ、プププ……」


 「佐野さんなんで笑ってるんですか。そんなに俺が面白かったですか?」


 そしてなぜか、佐野さんが必死に口を押さえて笑いをこらえていた。そこまで俺はドジを踏んでいなかったとは思うのだが……そんなにツボにはまることがあったか?


 「い、いやーホント二人の関係って面白いなあって……い、いひひひ」


 「変な笑い声出さないでください。それに、俺が情けないだけでお嬢様は関係ありません」


 「ひひひ……あーもうホントおもろい! そうだね、お嬢様はまともだよね! ……ひひっ、ウンウン」


 「……は、はあ」


 女子高のノリというものなのか? だがまあこの人はよく笑うから今に始まったことじゃないよな。さてと、最後ぐらいビンゴでいいものあてよう!


 こうして俺はお屋敷で過ごす最後の日、見事ビンゴではテレビを当てることができて家具も手に入れることができ、最高に楽しく終わりを迎えることができた。


 このまま高校生活も楽しく過ごそう、そう心がウキウキとしながらあっという間に四月、入学式を迎えた。……のだが。


 「……………………え?」


 「あら純。奇遇ね、同じ高校だなんて」


 どういうわけか、なんというわけか。一番乗りで来たつもりだったクラスの教室に入ると、そこには美しくて可愛い制服姿をした……ノアお嬢様が俺の座席の隣に座っていた。


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