4-2.

 戦場は今日も晴れ。

 遠くに見える煙は、昨日の爆撃の残り火だろうか。

 思うことはいつも同じだ。


 ――ああ、今日は燃えるのがこっちじゃなくて良かった。


 反攻作戦の目標は千葉。証安党の策源地を叩くのが目的だった。

 実際のところ、戦闘らしい戦闘はなかった。せーのでミサイルのボタンを押しあって、たくさん殴った方が勝つというだけで。日本国政府が補償金を決めてからは、武装解除で手こずることもなくなった。


 たまに、詩布は馬鹿らしくなる。

 あれだけ苦労して維持していた国境が、役人のハンコひとつで呆気なく前後してしまう。

 戦場に英雄なんてもう要らない。カネと頭の数をそろえれば、あとは勝手に回っていく。


 荒野のオアシスにしては無骨な場所だった。

 港湾に造られた街で、半月状のデルタには中規模の工場が並んでいた。

 半分は接収したもので、残りは新造したらしい。MLFV関連の技術でソ連から資金をもらったのだろう。見ているあいだもトラックがこそこそと動いている。

 第一次攻撃で対空火力のほとんどを破壊されて、今じゃ敵の要塞は丸裸だった。よしんば火砲が残っていたとしても、発射されるころには海に展開した巡洋艦から5倍の数の砲弾が飛んでいく。

 ラジオからは嗄れた声でプロパガンダ放送が流れていた。

 向こうの指導者らしい。起死回生の兵器があるだの、勝利は近いだのと、2日前と変わらない調子で言い続けている。こちらが攻め立てるほど放送は長くなった。今じゃほぼ24時間ずっと流れている。

 信じる兵士はいないだろう。昨日だけで3個の歩兵小隊が投降してきた。


「シノちゃん、大隊長からお達しだ」

 ガレアスのハッチが開き、RAMの男が顔を見せた。

 国軍の連中と昼飯を食っていたらしく、彼の手からはけんちん汁の匂いがした。

 新鮮な豚肉を使って料理できるなんて、真紀が見たら卒倒しそうだなと思う。

「うん……次はいつだって?」

 男はにやりと笑った。

0445マルヨンヨンゴオ。AAどもの砲撃に合わせるってよ」

「意外だね。観測くらいやらされるかと思ってた」

「ヘリが来たからな。あいつら、やっぱりブルジョアだわ」

「ま、血税を自慢したいんでしょ……」


 詩布はラジオのボリュームを絞った。トイレの水に流したようにしわがれ声が消えていく。

 そんな詩布の手元を、男が不思議そうに見つめてくる。

「それ、さっきから何を読んでるんだ?」

「トモダチのお手紙」

 詩布はコピー用紙をひらひらさせた。

「女か?」

「こないだ撃ち殺したけどね」

「骨のある奴だったんだな」

「どうだろう。アタマは良かったけど、真っ直ぐすぎたんだと思う」

 男は鼻を鳴らして、次のドライヴァに命令を伝えに向かった。

 吹っ切れた兵士らしく、彼は何でも冗談にしてくれる。長生きできるタイプだ。


 ガレアスのハッチが閉まると、詩布はコピーを脇に置き、室内灯の光量を上げた。

 腿に挟んだファイルを手に取って、ブルーの無骨な表紙を見つめる。

 作成者は『水巳みずみ 千歳ちとせ』。

 初めから他人に見せるつもりだったのか、回収した時点で丁寧に章分けされていた。

 このあいだの調査で千歳の部屋に行ったら、机に金庫が置いてあった。暗証番号は一緒に飲んだときに教えてもらったものと同じだった。中身はこのファイルと、「ごめんなさい」というメモがひとつだけ。


 百科事典みたいな分厚さだったファイルも、ちまちま読んでようやく半分を消化できた。貼った付箋ですっかりハリネズミみたいになったページをめくり、調査資料のスクラップを指でなぞる。

 次世代MLFV開発計画。

 資料は回収された敵車輛の調査から始まっていた。

 まず、目立つのはフレームの重量データだ。

 コンピュータに通電するたび乾燥重量が変わっている。初めはランダムだった振り幅が、やがて法則性を持って、最後は予測値と実測値がぴたりと一致していた。

 魔法マジックが検証と試行によって技術テックになる過程のすべてが、ここにある。


「力の本質は重さなのよ」

 と、千歳はよく言っていた。

 どんな化学変化も質量だけはほとんど変わらない。言い換えれば、重さそれ自体が安定したエネルギー源となる。

 人類は核分裂で、欠損した質量をエネルギーに変換することに成功した。

 しかし制御は不完全だ。ひとたび臨界を迎えれば、エネルギーを放出し尽くすまで反応は止まらない。

 だが、もし『物質に貯蔵される重さの媒体グラヴィトンそのもの』を操作できるとしたら――。


 コピー用紙に交じって、ファイルには1枚だけ手書きのスケッチが入っていた。

 体毛の無い、外皮をむき出しにした二足歩行の霊長類。

 背中には皮膜状の翼があり、頭部にも爬虫類の特徴が色濃く残っている。

 ドレッド・ノートと呼ばれるMLFVにはいくつもの未知の装置が搭載されていた。それらを生物の器官に見立てて描いた想像図らしい。

巨大人類ネピリムね……」

 肥大した胸部と長大なかぎ爪を持つその巨人には、第3の目があった。

 液状の脂肪が詰まった皮下組織というのはイルカのメロン体と同じだ。ただし、こちらは重力波で反響定位エコロケーションを行い、クリック音の代わりに小規模な質量欠損によって狩りを行う。

 千歳が作った斥力シールドの正体は、悪魔の精巧な義眼だった、ということだ。


 ガレアスから降りると、ここまで昼飯の匂いが漂ってきていた。

 くう、と鳴った腹を栄養ゼリーで黙らせて、詩布は仮眠用テントに向かった。

 証安党も千歳も、悪魔を複製しようとしていた。しかし、あのスケッチは三八式の擬人化のようにも見えた。もしかするとMLFV自体が悪魔のコピーなのかもしれない。

 千歳の恐怖は理解できたつもりだった。

 いつから、人類は彼らと接触していたのだろう。あるいは自分も何かに設計されたのかもしれない。だから、彼らとこんなにも似ている。

 

 詩布はガレアスに振り向いた。

 真っ赤な練習車両。かつての戦友が遺した鋼鉄の巨人。こいつのことは頭のてっぺんからつま先の端まで、自分の身体以上に知っているつもりだ。

 空っぽになったゼリーのパックをポケットに入れる。ファイルから抜き出したメモが潰れて、くしゃくしゃと音がした。

 これだけ知っても、動揺は感じなかった。

 敵は強いが、それだけだ。個人で戦争は変わらない。

 千歳にはそれを理解できるだけの経験がなかった。だから、たかがひとつの機械に幻想を求めすぎてしまった。

 詩布はかぶりを振る。

 また、彼女を憐れみそうになっている。お互いに良い友人にはなれなかったのに。


◇◆◇


 砲撃は時刻通りに始まった。

「5、4、3……弾着、今」

 通信手の号令に合わせて、要塞が地面ごと引っぺがされる。

 コンクリートの壁が内側から崩れ、ミニチュアみたいな土嚢が空にぶち上がり、衝撃波でばらばらになった港のドックが土煙に消える。朝焼けで爆風がオレンジの光を帯びていて、遠くから見ると巨大な火災旋風のようだった。


「5秒後に第3射、始まります」

「了解。車輌隊は前進せよ」

 国軍の七一式と主力戦車が動き出した。

 敵も迫撃砲を撃ってきたが、ほとんどかすりもしなかった。逆にこちらの弾はヘリからの観測で面白いくらいに命中していく。


「シノちゃん、こっちにも前進の指示が来た」

 隣から、四脚のハルクが通信を入れてきた。昨日の男だ。

 その足元でジープと装甲車が車載物資の最終チェックをしていた。この男の部下だろう。

「もう少しね。アタシたち、連中と比べると装甲とかペラペラだから」

「盾にしちゃって大丈夫か?」

「向こうもどうせ、オンボロに乗ったRAMに期待なんてしちゃいないよ……」

 巡洋艦の射撃が始まったらしく、工場の方からひと際大きな火柱が上がった。

 地上部隊の当てずっぽうとは違って、あれはセンチメートル単位で狙えるミサイルだ。一発ごとに敵の弾薬庫や物資集積所が吹き飛んでいく。


「OK。少尉どの、これまで敵のAFVは?」

 ギアをドライヴに叩き込む。静かにアクセルを踏み込むと、ガレアスの躯体が持ち上がった。

「MBTとMLFVなら8輌確認されてる。2輌は昨日撃破した……ぞ、伍長」

「作戦の変更を具申します」

 ハルクの頭部がこちらを向いた。

「は?」

「ずっと部品を運んでた。連中、中で戦車を組み立ててる」

「何輌くらいだ?」

「これで4日っしょ……3輌くらいだと思う」


 調整もせずに急ごしらえで新造した虎の子だから、きっと温存するはずだ。

 街の中で戦車とぶつかるのを考えると、なかなかぞっとしない。

 地形図を呼び出して、ハルクとのネットワークに流す。

 軍用道路はどれも破壊せずに残してある。攻め込みやすいが、それは向こうも同じだ。

「街中に展開してる連中をA群、南部で閉塞に当たってるのをB群。ついでに未確認の予備戦力をC群と呼ぶことにするね」

「いま撃ってきてるのは?」

「うん、B群」

 目の前の地面に砲弾が刺さり、ハルクは鬱陶しそうに腕でセンサを守った。


「B群は撤退前提のハリボテ。本隊のA群で足止めして、C群で横から叩くのが敵の作戦だと思う」

「たった3輌だが……」

「もし全部がウォーラスだったら?」

 男が息をのんだ。

 ドレッド・ノートの調査中に、RAMの部隊が何者かの襲撃によって全滅している。敵戦力は確定していないが、白兵を交えた格闘戦という手口がウォーラスとよく似ていた。

「量産してるってことか?」

「知らないけど、可能性はあるじゃん」

 国軍にもウォーラスのデータは提供している。しかし単騎で戦ってきたウォーラスが、集団で向かってきたらどうなるかは想像もつかない。


 男はプライヴェート回線で部下たちとふた言ほど交わすと、また通信してきた。

「シノちゃんを信じることにする。どうすればいい?」

 この男はやはり長生きしそうだ。

「西に県道の橋がある。地雷があるけど、手薄だからアタシたちでもその先の工業団地まで突破できる」

 タッチパネルをなぞって、地形図に線を引っ張っていく。

「そうなると陣地を構築したA群を動かすわけには行かないから、敵はC群を向けるしかなくなる。これをアタシたちは誘引しながら南下。B群を突破した国軍と合流して、正面火力の差ですり潰す」

「スピード勝負ってことだな。了解」

「じゃ、作戦開始で」


 オープンにしたままの別回線からは、敵のプロパガンダ放送がまだ流れていた。

「私は真の力を見たことがある! 今に君たちの前にも姿を見せるだろう! 破壊される敵を見よ。どちらの側に立つべきか、それで分かるはずだ。世界は変わる。我々が変える!」


「……すがってるくせに」

 詩布は回線を切った。

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