3-4.
がたつくパーツが覚束ない平射砲を引きずるようにして、三八式は荒野を進み続ける。
慣性航法装置のデータが事前に入力した座標と照合されて、目標地点まで残りわずかと知らせた。
「自治区のこんな通信圏内で襲うなんて、よほどの馬鹿か自信家のどちらかです」
簡単に火器管制装置のセッティングを終えると、真紀は地形図を手元のモニタに呼び出した。
測量が進んでいないせいで、グローバル規格のMGRSではなく昔のローカルマップのままだった。舌打ちして、地図番号を管制室に伝える。
「強敵の可能性もあるわけか」
「どうでしょうね。でもアウトレンジから撃ちますから。心配は無いと思います」
座標をマークしながら、真紀は続ける。
「D‐9に丘があるので、そこを狙撃ポイントとします。護衛対象にはG‐7までなんとか逃げ切ってもらって、幹線道路を走る馬賊の車輌を撃ち抜けばなんとかなるでしょう。狙撃に必要な
「狙撃って、4キロも離れているぞ」
「私をなめないでください」
真紀は物騒に笑った。
「トロいMLFV相手なら8キロまでは当てますよ」
道路を外れた丘に来ると、三八式は肩に平射砲を立て掛けた。
二脚銃架を展開し、砲身を地面に水平に固定して射撃体勢を整える。さらに踵部の関節を保護していたカバーがせり下がって、足裏の面積を増大させる。
ガンカメラからの映像を頼りに撃つのが、この砲の運用法だ。
小高い丘から見下ろす先には、荒野を真っ直ぐに貫く国道と、立ち枯れた森が広がっている。狙撃地点としては目立ち過ぎる気もするが、これ以上は望めまい。体高7メートルの巨人というだけで、光学的な隠蔽というのは有って無いようなものだ。
「観測装置、発射します」
トリガーを引いたのと同時に、砲口から発射煙と爆炎が噴出した。
中空榴弾が弧を描いて遥か彼方の地面をえぐり飛ばす。
着弾と同時に、弾頭にセットされたカメラと中継アンテナが伸び、三八式にリアルタイムの座標と映像を転送してきた。
「三点測量ってやつだよな」
健斗が操縦桿から手を放して言った。
「ええ。やったことが?」
「いや。でも昔……」
咳払いが続く。
「……どっかでやった気がするんだ。だから知ってる」
どこか、はぐらかすような言い方だった。
真紀は時計を見る。あと5分で戦闘開始といったところか。
「健斗君。私、あなたのことは、悪い人じゃないと思ってます」
「ああ……? ん、ありがとう?」
「ですから、信用したいんです。私の言ってること、分かりますよね?」
応えはなかった。
埃っぽい戦闘室に電子機器の低い作動音だけが響く。
少しして、健斗が動く気配があった。
「……時間が来たら話せると思う。真紀ちゃん、ごめん」
不自然に大人びた声だった。
これが、彼の本来の声なのだろう。
真紀は唾をのみ、うなずいた。やっぱり隠し事をしている。
でも思ってた通り、悪い人じゃない。
「わかりました。でも『ちゃん』だけはやめてください」
そのとき、SOS信号がアンテナから飛び込んできた。
「あ……護衛対象、確認しました!」
観測カメラが道路を走り抜けるトラックを映す。荷台側面に記載された番号が自治区の所属であることを示していた。後方に連結されたトレーラーは明らかに過積載で、走行速度も遅い。いかにも脱出することだけを考えてきた、という感じだ。
その後ろから、MLFVが2輌追いかけていた。
片方は鈍亀のハルクだが、もう一方は真新しい小ぶりな人型だ。蜂の巣模様が付いた巨大なレーダーを背負い、装甲よりも速力を優先したような流線型のボディをしている。
真紀は目を細めて、対象のデータをサブモニタに呼び出した。
「敵、多脚2輌。〈ハルク〉及び〈キャラヴェル〉が各1。キャラヴェルの
三八式の全センサがパッシヴで起動する。
風速・気圧・湿度等の環境情報が一瞬で取得され、照準を細かく修正していく。真紀は無言でデータの奔流を選り分けた。
真紀の指がコンソールをたたき、それを健斗が息を止めて見つめる。
「距離、3660。方位、34。対象速度、毎秒16メートル。弾種、APFSDSに設定。仰角、偏流修正よし……発射」
カチッ、と冗談のように小さな音が戦闘室にこだました。
次の瞬間、衝撃波を伴った爆発が砲身に轟く。
駐退復座機と、腕部の制動装置でも相殺しきれない反動で、三八式の巨体が後方に押し下げられる。吹き飛んだ砂がごうごうと舞い上がった。
切り裂かれる空気の悲鳴を引き連れて飛んで行った砲弾は、遠景でトラックを追う巨人たちのちょうど真ん中の空間を突き抜けていった。
ハルクたちが突然の襲撃に足を止めた。
「外れたぞ!」
「黙って!」
観測機から転送されてくるデータを受信し、弾着修正を手早く行う。
仰角を下げ、さらにもう一発。
超弩級のマズルフラッシュの中から砲弾が飛んで行く。
ぐいぐいと飛距離を伸ばす鋼鉄の太矢は、今度はキャラヴェルの胴を正確に捉えた。
秒速1500メートルに達する徹甲弾が、軽装甲のボディを浸徹していく。
敵がくの字に身体を折り曲げた……と、曲がったところからボディが砕ける。上半身と切り離された下半身がたたらを踏み、大地に汚らしい足跡をつけながら倒れた。
機械音を立て、平射砲の駐退復座機が元の位置に戻った。
「命中確認。次弾装填後、再射撃します」
「おお……」
「これで足止めになるはずです。決めるのは、次の一発で」
真紀はメインモニタで右往左往しているハルクに意識を集めた。ここからが難しいのだ。相手は瞬発力が高いMLFV、ランダム機動をされたら命中が期待できない。
はずだった。
「あ、あれ?」
ハルクがぴたりとこちらを見据えた。
かと思うと、またトラックを追いかけ始めた。
最低限のジグザグ走行こそしているが、どことなくおざなりな、簡単に狙い撃ちできる程度の回避機動だった。
嫌な予感がした。それこそ、動揺を隠せないくらいに。
「健斗君、戦闘の準備お願いします」
「何もレーダーには映ってないけど」
「いえ、念のためです」
明らかに何かを狙っている。さらに言うなら、こちらの注目を誘っている。狙撃するための10秒と引き換えに、真紀はセンサをアクティヴに切り替えた。
地形図から予想される、こちらを奇襲可能なポイントは四時方向の稜線と九時方向の木立ちのふたつ。
三八式のセンサが発する電波で、それらの地域を舐めるように探っていく。
森には、何もない。稜線には――動体反応あり、数は一。
「右旋回、60!」
真紀の指示を、健斗が受ける。
狙撃体勢になった脚部を引き回すように、三八式が回頭する。
先んじて振り向いた頭部の光学センサには、丘のふもとから駆け登る別働隊のキャラヴェルの姿が映し出されていた。
「近すぎる……」
「いけます!」
砲身を振り子の要領でブン回し、旋回先へと向ける。スパークしながら軋むマニピュレータが平射砲を構え直し、トリガーを引いた。
凄絶な爆炎がメインモニタを埋め、三八式の上半身が大きくのけぞる。
めくら撃ちも同然の簡易照準で放たれた砲弾がキャラヴェルの頭部を粉砕した。
相手は一瞬足を止めたが、問題ないとばかりに手に持ったライフルを乱射した。
横赤色の曳線が伸び、重い着弾音とともに三八式の胴部装甲が黒く染まっていく。
「これ……サーマルガンなの⁉」
弾体後部をプラズマ爆発させることで砲弾を発射する電熱銃。貫通力は無いが、大質量による重い一撃とEMPフレアは精密部品だらけのMLFVには致命的だ。
「どうするんだ! こっちにまともな武器は無いぞ!」
「もう一度姿勢を直してください!」
胴部の旋回式重機関銃を撃ちながら叫ぶ。対軽装甲用の12.7ミリ弾と、MLFV戦を意識した25ミリの機関砲弾では火力差は一目瞭然だ。
こちらの機銃弾がかすり傷をつける間に、あちらの砲弾は三八式の圧延装甲を軽々とへこませてくる。
マニピュレータがぴくぴくと痙攣を始めた。
「早く持ち上げてください」
「腕が上がらない。どうなってるんだ」
「そんなこと、あるわけないでしょう! ちょっと貸してください」
真紀は機銃による応射を諦め、ガンナー席に操縦権を移した。
健斗に代わって三八式の腕を操作すると、確かに動かない。平射砲の重量が枷となってしまっている。
「何で――何で!」
操縦桿をガチャガチャといじくり回しても、警告表示が消えない。
なんとなく理由がわかってきた。さっきの無理な体勢での砲撃で、人工筋肉の一部が破断してしまったのだ。真紀は狂ったように操作を続けた。
「クソッ、逃げられるか?」
キャラヴェルが有効射程に入っていた。機関砲弾が装甲を抜き始めている。
「無理です、あっちの方が足速いんです、ごめんなさいぃ!」
「落ち着け、今慌ててどうするんだよ!」
半べそになった真紀に、健斗は座席の背を蹴って怒鳴る。
前方の巨人は三八式が丸腰になったことを察したらしく、走ってこちらに向かって来た。
戦闘室だけを撃ち抜いて鹵獲するつもりなのだろう。
ライフルの銃口が鈍く光っている。
「……やるしかないか」
急に操縦桿の手応えが無くなり、真紀は操縦権を奪い取られたのを感じた。
脚部カバー格納。平射砲を捨て、三八式の躯体がキャラヴェルに突進する。
相手が放った銃撃が戦闘室を激しく揺らし、真紀は意識が飛ぶのを感じた。反射的にシートの側面に爪を食い込ませる。
「おらぁっ!」
距離が近すぎて、もうキャラヴェルの滑らかな装甲に打ち込まれたビスの一本まで見える。
その瞬間、衝撃と共にモニタの表示が一斉に文字化けを起こした。
ぼろぼろの右腕が、キャラヴェルのライフルごと手を掴み、さらに左手の前腕が相手の肘関節を下方から上へ、突き上げるように撃つ。
非装甲の部位へと叩き込まれた打突によって、敵の関節がフレームからへし折れる。
ライフルが宙に投げ出された。
落下する直前、そのグリップを三八式のマニピュレータがキャッチした。
照準を合わせるまでもなく、キャラヴェルの胴体が接射距離で正面に捉えられる。
サーマルガンが低くうなった。ばらばらと砲弾が発射され、錐で段ボールを刺すような軽い音を立てながら装甲に穴が開いていく。砲火の中で身をよじるキャラヴェルの輪郭が崩れていき、やがて爆散した。
カタカタ……と弾切れになったライフルが無感動に音を響かせた。
「……?」
気味の悪いほどの静寂の中、真紀は何度も瞬きをした。眼前に崩れるキャラヴェルの残骸が信じられない。
10秒足らずで完璧に逆転してしまった。理解が追いつかなかった。
「そうです、トラックは?」
振り向いた先で、爆発音が荒野を震わせる。脚を失ったハルクが倒れるのが見えた。
その遠方からやって来るのは、2輌編成の戦車隊だ。遅れて来た自治区の増援だろう。
「よ、よかった……」
胸をなでおろす真紀の後ろで、健斗も大きく息を吐き出した。
「助かったな。あと真紀、さっきの今度教えてくれないか」
「はい?」
真紀はベルトを外して振り向いた。健斗は操縦桿を握ってすらいなかった。
「さっきの、って何ですか」
「格闘だよ。ライフル奪ったやつ。ぶつけるつもりだったけど、あんなことができるんだな」
「あぁ、え? えっと……?」
操縦権は健斗にあったはずだ。
それ以前に、真紀にはあんな芸当ができる技量は無い。
だいたいMLFV用の格闘術なんてものはソ連で一時期研究されただけの技術で、マスターしているRAMが、国内にいるはずがない。
真紀はそっと自分の頬を撫ぜた。
モニタの青白い光に照らされた肌は、いつもよりも手応えが無いように感じられた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます