3-3.

 整備工場に隣接して設置された演習場は、いつも閑散としている。


 弾薬費が自己負担というのも大きいが、一番の理由としてはRAMのメンバーの多くが元馬賊や兵士であるため、初期訓練を必要としないせいだ。


 そもそも『師匠』となるRAMとタッグを組めば、もっといい訓練場所はいくらでも教えてもらえる。軍隊じゃあるまいし、馬鹿正直に決められた場所で演習と筋トレをルーチンワークとするRAMなんて滅多にいない。


 そんな閑古鳥も寄り付かないレベルに荒れた屋外演習場では、訓練用の標的もどこか薄汚れて見えた。

「それでは、点検項目を実行します。まずは電源回路の動作確認を――」

 戦闘室に座るなり30ページに渡るファイルの一枚目をめくり、真紀は淡々とスイッチをはじいていく。


 三八式の修理はありあわせの部品でやったわりに、上手くいったらしい。

 予備回路、メイン回路、水素燃料電池、キャパシタを次々と切り替え、それぞれの断線の有無を調べるだけの簡単な作業。上下する電圧計はパズルを組み立てているようで、ちょっと面白い。

「あのさ、真紀」

 背後から健斗の不満そうな声がかかる。

「今集中しているんですけど」

「それは分かってる。でもさ、慣らし運転ってもっと歩いたり走ったり――」

「歩いたり走ったりするために、準備運動しているんです。そこらの乗用車と一緒にしないでください」

「いや、このあいだはすぐ動かしたじゃないか。クルマなんだろ? MLFVって」

「『多脚』戦闘車輌です」

「車輌って思いっきり言ってるじゃないか」

 真紀はそっと、ため息をページをめくる音で隠した。

 燃料移送ポンプの油圧を確認した上で、しばし手を休める。

「まずひとつ言っておくと、MLFVは〈最弱の万能兵器〉なんですよ」

「最弱……」


 地上戦においては致命的に長大な前方投影面積に、装甲車以上かつ戦車未満の防御、貧弱な自衛火器、そして極めつけは『脚』という走破性も汎用性も低いできそこないの移動装置。

 ウィスカー・ユニットの発明でペイロードが大幅に増えるまでは、主力戦車とまともに撃ち合うことすら許されなかった。


 何もかもが中途半端。

 だが裏を返せば、最良を望まなければあらゆることができる。


 冷戦以来、タガの外れた現代戦では部隊ごと喪失することがザラだった。

 戦車隊が壊れたら前線に立ち、装甲車が吹き飛んだらセンサを貸す、歩兵小隊がいなくなれば代わりにゲリラを掃討し、自走砲が無ければロケットを背負って砲撃――。

 高い汎用性を持つプラットフォームとして、次世代兵器が人体を模すことは必然の流れだった。それがMLFVだ。


「……というわけです」

 説明を終えて、真紀はパックに入ったイオン水を飲んだ。

「つまり、まともに軍隊が組織されてたら要らないと」

「アサルトライフルみたいなものなんですよ。何事もほどほどが期待されてるんです。防御力だって、まともに整備されていれば中身のほうが先に壊れるくらいですし」

 実際、戦車砲以外では必殺たりえない中途半端な装甲のせいで、残存兵器の大多数はMLFVとなってしまった。整備性の悪さがしばしば物議をかもす多脚車輌が、最も多く稼働状態で残ったとか皮肉だな、といつも思っている。

「よし、アクチュエータの点検終わりました! ギアを2番に入れてください」

「え、ああ。了解っ」

 嬉々としてペダルを操る健斗を先取りして、真紀は駆動の補助を開始した。

 修理されたばかりの関節が滑らかに屈曲する。


 三八式の巨躯が、市街地に見立てられたハリボテの隙間を駆け回る。さほど激しい機動を行うわけではなくても、わずか1.5秒で最高速度に達する加速性能は身体にこたえた。

 障害物競争さながらの点検メニューをこなすうちに、ふたりの顔から余裕が消えていく。

 躍進、停止。副兵装の12.7ミリ機関銃が火を噴き、ターゲットを粉砕する。

 横跳びして主兵装のライフルを撃つ。距離180、全弾が有効の判定。


「こいつ、速いんだ……」

 これまで、真紀もそこらのポンコツで練習したことはあった。

 だが、このMLFVは何もかもが比べ物にならない。あらゆる動作がずっと速く精確だ。敵の弾すら目視してからでも避けられる気がする。

 小休止として流動食で食事を行う頃には、ふたりとも鳩尾に鉛を詰め込まれたような気分になっていた。駐車場で電源を落とすなり、健斗がうめいた。

「乗り心地、最悪だな」

 真紀はうなずきながら、味噌田楽の味をした流動食のペーストを飲み込んだ。

「サンパチはガンナーのサポートが入るのでマシな方です。ガレアスなんて操縦席が中心軸からずれているんですよ。昔、乗せてもらったんですけど、アレは殺人機械です」

「そんなに?」

「はい。それはもう。詩布さんには落ち着く空間らしいですけど」

「あの人、人間じゃなかったり、な」

「私もかねがね不思議に思っているのですが、どうやら半分くらいは人間らしいです」

 くだらない会話を続けていると、新規通信を知らせるランプが点灯した。

「何でしょうか」

 真紀は通信回線を開いた。

「お前さんたち、さっさと戻れ」

 年季を感じさせる低い声が車内スピーカーから入ってきた。昨日の整備班長だ。

「何かあったんですか」

「こちらに向かって来ているトラックが馬賊に襲撃された。RAMに出動命令がかかっている。整備点検は全て中止だ」

「は……はい」


 返した瞬間、書店で聞いた話を思い出した。

『今日の午後になったらご両親も脱出してくるそうだ』

 さっと頬から血の気が引くのが分かった。

 考えるより早く、気が付いたら口が動いていた。


「待ってください、私たちも出ます!」

「おい、真紀」

「既にメンバーの選定は終わっている。出たい気持ちはわかるが、無理だ」

「稼働中のMLFVが出た方が早いはずです。一刻を争うんでしょう?」

「お前さんはよくても、ドライヴァは訓練もまともに受けていない素人だ。そうだろう?」

 真紀は構わず三八式のライブラリを呼び出した。武装データのひとつを整備班のコンピュータに送ると、マイクにかじりつく。

「そこに〈105ヒトマルゴオ〉、ありますよね? それ使います」

「ひとまるご?」

 健斗が首を傾ける一方で、整備士が息を呑む音が聞こえた。

「そうか……105か、なるほど」

 ふた言ほど、マイクの外に呼び掛ける声がした。

 しばらくして、整備士が再び通信に出た。

「よし、用意してやる。いいか、今回は特例だぞ。赤坂さんのお弟子さんだからな」

「ありがとうございます! 現地の地形図を送ってください」

 明るい語調とは裏腹に、真紀の顔は臨戦態勢の険しいものになっていた。

 健斗が真紀の座る前席の背もたれをトントン叩く。

「ヒトマルゴってなんだ?」

「MLFV用の狙撃武器です。あれならガンナーの技量だけで戦えますから」

「じゃあおれは運ぶだけか。戦闘は頼んだぞ、〈おねえちゃん〉」

 ドン、と心臓が真紀の肋骨を押し上げた。

 反射的に振り向いた先に、健斗のにやついた顔があった。

「き、聞いてたんですか!?」

「盗み聞きするのは得意なんだ。かっこいいところ見せたいんだろ?」

「違います。私は妥当性から判断しただけです」

「無理にキャラ作るなよ。性格はわかってるから」

「だから違いますってば……」


 つい渋面になった。少なくとも自分は熱血系ではない、と思っている。ヒーローごっこは詩布の領分だ。

 演習場を出て整備工場の前まで来ると、細長いコンテナが倉庫から運び出されてくるところだった。誘導員の指示に従って、三八式が所定の位置に片膝をつくや否や、コンテナの扉が開けられた。


 健斗の目がいっぱいに見開かれる。

「こんなのが……!」

「はい。これがヒトマルゴ。〈四六年式一〇五mm平射機兵砲〉です」

 一応分類は重火器、なのだろう。

 ひたすら長い円筒に、グリップとトリガー、弾倉、ガンカメラを無理やり取り付けただけ――そんな急造感あふれる代物が目の前に転がっていた。見るからに無骨、というより戦車の主砲を改造したことが一目でわかる粗雑な逸品だ。


「サンパチがこんなもの積めるのか? 元々トラックで運ぶもんだろ?」

「あの車輌なら改造品だ。数値上は持ち運べるって出てる」

 三八式の足元で交わされる整備士たちの不穏な会話を集音装置が拾った。

「数値上か……」

「信じる者は救われますよ、健斗君」

「はいはい。信じますよ、っと」

 マニュアル操作で伸ばされた三八式のマニピュレータが戦々恐々、平射砲のグリップを握る。

 両手で砲身を保持しながら持ち上げた瞬間、肩の関節がガクッ、と下がった。

「のわっ!」

 が、そこまでだった。


 アクチュエータ制御系統が荷重に反応し、人工筋肉に電流を流す。

 圧電素子を組み込まれたウィスカー・ユニットが収縮し、補助骨格として変形、外から腕部のフレームを支持していく。

 続く動作ひとつで、三八式は自身の全高すらも凌駕する長砲を易々と持ち上げた。

 健斗が短く口笛を吹いた。

「救われたな」

「本当に。未改造品だったら、さっきの一発で肩がいかれてます」

 言って、真紀は冷や汗をぬぐった。

 ウィスカー・ユニットの有無でペイロードに雲泥の差が出ると言っても、接地面積は変わらないのだ。おまけに手がふさがっているせいで、上半身を利用した動的安定も取れない。三八式が身じろぎするたび、スタビライザと仮想CPGが悲鳴を上げている。

「早く行きましょうか」

「了解。初仕事だな」

 カメラアイを明滅させて作業員たちに出発を知らせると、蜘蛛の子を散らすように道が開けられた。みんな転倒を恐れているらしい。

 むっとしながら真紀たちは整備工場の正門を抜けた。

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