2-1. Remaining Armaments Mobilizers

 ――3時間後。


「うっわ、最悪!」

 詩布の素っ頓狂な声が荒野にこだまして、真紀は放水ホースを振る手を休めた。

 ブーツを脱いで裸足になった足首に水が当たると、なかなか気持ちが良い。

 足裏にへばりつく焼けた砂さえなければ、いいバカンスだった。


「どうかしたんですか」

「このサンパチ、改造品じゃん! あぁもう、ツイてないなあ……」

 三八式の膝関節のカバーを開けたまま、詩布は「クソが」と呟いて天を仰ぐ。

 真紀は詩布の元へと急いだ。途中、癒えてない足を砂地に取られて、舌打ちする。

 どうにもこの人の下で働いていると、こっちまで下品になってくる。


 戦場をあとにすること20キロメートル。ここの汚染度はまだ低く、やっとマスクを外せた。

 ハーフトラックに連結されたトレーラーに寝そべる三八式は、遠目には日光浴をしているようで愛嬌すら感じた。除染水で満遍なく濡れていると、走り回った後の犬みたいだ。


 その開放された関節を覗き込むなり、「あっ……」と真紀は声を漏らした。

 フレームを囲むように、人工筋肉を内包した黒色のチューブが並んでいる。表面には幾筋ものつやつやした隆起線が、クジラの表皮のように浮き上がっていた。

「ウィスカー・ユニット……」

 口の端を震わせて言った真紀に、

「そういうこと」

 詩布は苦々しげに言葉を継いだ。

 珪素系単結晶人工筋繊維ウィスカーユニット

 ガレアスなどの最新世代ミュルフィヴの駆動に使用される人工筋肉だ。純チタン形状記憶合金によって駆動する旧世代に搭載するには、OSから改造する必要がある。まして三八式なんて古物に載せるには、仕様を無視して改造するしかない。


「売れないし、修理も割高だし、意味ないし……」

 トラックの脇で待機する愛機に愚痴るように、詩布はうじうじと屈み込んでしまった。

 ハルクの20ミリ機関砲弾を真正面から受け止めたガレアスの装甲は、あちこちへこんでいる上に黒く煤けて、御自慢の赤い塗装が剥がれている。修理は必須だろう。

「あのぅ、何発くらい使いました?」

 恐る恐る真紀が尋ねると、詩布は力なく笑った。

「タングステン弾芯APDSのテレスコープ弾を50発に、火薬式アンカーを2セット。とどめに白リン弾を6発丸ごと。800万は覚悟して」

「わあ、やおよろず! カミサマと同じ数ですね!」

 ごちん、とチョップをテンプルに食らう。

 こめかみを抑えてうめきながら、真紀は手早く計算してみた。


 今回は無届けで行った独自の調査だから、保障その他は効かない。

 敵対車輌の撃破は行ったが、これも報酬が出る見込みは薄い。ならば戦利品の売却に賭けるしかないが、相手は旧式のハルクとスクラップになった砲戦車。携行武器以外は買い手がつくとは思えない。そもそもどうやって運べばいいのだ。

 大した赤字だ。今後の生活を考えるだけで胃まで痛くなる。


「……少し、休みます」

 さらに畳み掛けようとしてくる詩布に背を向け、真紀は逃げるようにハーフトラックの運転室に駆け込んだ。

 ドアを開けると、例の青年が雑誌を読んでいるところだった。

 ここ数年分の官報が特集として組まれているという、どこの層に需要があるのかわからない紙面をさも興味深げに熟読していた。

 真紀がドアを開けると、吹き込んできた熱気に、青年は顔を上げた。

「どうした、顔が青いけど」

「いえ、御心配には及びません」

 真紀は運転席に座りながらへへっ、と力なく笑った。

「いいんですよ。いつものことですから」

「あ、そう……いつも?」

 ええ、と真紀はうなずいた。自分でも語尾が弱くなっているのが分かった。


「……それよりも何か思い出せましたか」

「いや、それが」

 青年も伏し目がちになった。

 どうも、本当に困っているらしい。

 鹿屋健斗。

 それが青年の名前。歳は自称で18。

 しかし彼について分かったのはそこまでだった。殆どの記憶を失っていて、気が付いたらあの街に居たらしい。MLFVミュルフィヴをロボットと呼んだのも、そのせいだったという話だ。

 日常生活に支障があるわけではないが、そのまま重度汚染された街に放置するわけにもいかず、真紀が無理を言って連れてきてしまった。

「学生服のことは?」

「さあ……。学生証も無いんだ。困ったよ」

「私たちにできることがあれば、何でも言ってくださいね。お金にはさほど苦労していないんです」

 後半は大嘘もいいところだったが、真紀は無理やり笑って済ませた。

 青年――健斗は目を丸くした。

「苦労していないって、親御さんが金持ちとか?」

「あっ、いや、そうじゃなくて……」

 真紀は目を泳がせた。

「肉親とは別れました。多分、もう生きてはいないでしょう」

 健斗がしまった、という顔になる。


「あ、でもでも! お金に困ってないのは本当ですから!」

「でも……いや、ごめん」

「別にRAMにはありふれたものです――あ、私は年齢制限に引っ掛かっているので厳密には違いますけど、ほら、詩布さんの相棒って退屈しませんし?」

「ラム?」

残存兵器収集動員官Remaining Armaments Mobilizersです」

 と言って、真紀は青年の顔を窺った。やっぱり分かってない。

「足りないか。えっと国に雇われた傭兵……いえ、合法ヤクザ、でしょうか。戦争で放置された兵器を悪用する連中、馬賊ですね、それを取り締まったりするんです」

「じゃあ、あの武器も前の戦争ってやつで使われたものなのか」

「私のは自分で買いましたけど、詩布さんのガレアスはそう、ですね。はい」

 ちょっと言うとき、つまずいてしまった。

 実は詩布自身、終戦後に小破したガレアスを拾ってから、かれこれ7年MLFVを乗り回しているベテランの元馬賊だ。


「……っていうわけです、安心して頼ってくださいね」

 そう結んだはいいものの、相対する健斗の顔にもどこかためらいが感じられた。

 それもそうだ。自分より4つも下の年端もいかない小娘から頼ってと言われて、素直にイエスと答えるやつはいない。やはり詩布から提案してもらうべきだった。


「ああ。ではお言葉に甘えて」

 ようやく健斗がそう返したときも、運転室にはどこか気まずい空気が流れていた。


 真紀はトラックのドアから転がり出た。

 悔しいがまだまだ半人前だ。ため息の代わりに乾いた唇にペットボトルの水を染み込ませると、転がっていたホースを握った。

 その肩にほっそりした手が置かれる。

 振り向くと、詩布が眉間にしわを寄せていた。

「どうしたんですか、詩布さん。また何か変なことが……」

「真紀、あの鹿屋っていう子には気を付けた方がいいかもしれない」

 低く、いかにも重要そうな口ぶり。この人らしくない。


「どうしてですか。まだマトモな人間みたいじゃないですか」

「あのサンパチ、証安党のパーツが入ってる」

 低い声で詩布が告げる。

 ひゅうっ、と真紀の喉が小さく鳴った。

 馬賊のグループとして関東最大の規模を誇る、証安党。

 ソ連の支援で保有した大戦力のせいで、いくつも自治区が蹂躙された。つい先日も、難民たちの護衛依頼をこなしたばかりだ。


「今日戦った連中も証安党の馬賊ども。あの街、連中のアジトだったんじゃないかな」

「そ、それとあの人とどういう関係があるんですか」

「サンパチと一緒に居たんでしょ? だったら馬賊って考えるのが筋じゃない」

「そんな、私を助けてくれたんですよ」

 我ながら弱い根拠だった、と真紀は思った。

 そりゃ助けるだろう、それで信じてもらえるなら。

「も、もう少し様子を見ましょうよ。まだ決まったわけではありませんし」

「でも、何か起こってからじゃ遅いし。アタシもRAMとして見過ごすわけには……」

「私が監視しますから! それならいいでしょう!」


 しばらく沈黙が流れた。

 詩布の呆気にとられたような表情に、真紀は我に返る。

「えっと、証拠が挙がってから国軍に通報した方がいいのでは……」

 真紀は上目遣いにうかがう。

 左右に振れる詩布の目を見て、彼女も動揺しているとわかった。


「そ……そうだね。アタシが疑り深すぎたのかも。うん、落ち着いてから考え直そっか」

 詩布がぎこちなく笑ったので、真紀はうつむいた。

「ごめんなさい、私らしくなかったです」

「大丈夫、気にしてないから」

 それに、と詩布は顔をつくろい直し、悪戯めいたウィンクとともに付け加えた。

「相棒の恋愛は応援してあげないとね」

「はい?」

 絶句する真紀を置いて、詩布は髪をなびかせてガレアスに向かった。


「……マジでわかんないんですけど!」

 真紀はぽかぽかとホルスターを叩いた。

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