1-3.

 青年が後部座席に落ちてくる鈍い音を聞きながら、真紀は五点式シートベルトを締めてエンジンの点火スイッチを入れる。

 ボタンだらけのごつい操縦桿を握ると、しっかりとした感触が返ってきた。

 ラジエータの低いうなりとともに、発動機に供給されたスラッシュ水素が一斉に反応を始め、戦闘室内の電子機器が次々と息を吹き返していく。


「すげえ……」

 ふたつのシートを照らすモニタとスイッチの極彩色に、青年が呟く。

 真紀も同意したかったが、ぐっとこらえてシステムチェックを始めた。

 水素燃料電池の発熱量は馬鹿にならない。態勢が整わないうちにハルクの索敵網に引っ掛かれば、せっかくの車輌が無駄になってしまう。


 外装と同じく内部のハードウェアも損傷が酷く、モニタにひびが入っているような有様だった。しかし動作に支障は無く、簡単に手順通りのシステムチェックに移行できた。


「スペイド展開、各種データ較正、ZMP設定確認、アクチュエータテスト30番から230番まで省略、ACS・FCSプリセットアーバンで急速起動、ELINT開始……」

 そこまで確認して、真紀は眉をひそめた。

 GPSが搭載されている。

 人工衛星なんてとっくの昔に全部撃ち落されているのに。

 不安は無表情の下に隠してパチパチとコンソールのスイッチを叩く。システムをひと通り起動し終えると、真紀は兵装の一覧をディスプレイに呼び出した。


 表示された一覧表は、2ページに渡っていた。その長さにあんぐりと顎を落とす。

「ライフルに重機関銃、ソナー、ジャミングポッドまで……フル装備じゃないですか!」

 ぽかんとしている青年の前で、真紀は手を叩いた。

 ハリボテどころか、完全武装だ。半壊した車輌にスクランブル待機も同然の装備が積み込まれている理由は知らないが、これならば大抵の相手に対抗できる。

 ここに三八式を駐車した人間は、よっぽどコイツに賭けていたらしい。


「あー、なんかブザー鳴ってるけど」

 青年が電光盤のひとつを指差した。

 赤外線センサだった。動体を感知して警報を鳴らしている。きっとハルクだろう。

「おい、どうするんだ」

 慌てた様子の青年を意に介さず、真紀はコンソールを操作し続けた。

 兵装からソナーディスクを選択し、射出。脚部から映写機のフィルム盤にそっくりな物体が発射されて、ガレージの床に吸着する。

 すぐにデータリンク・システムが起動し、ソナーが周囲の音源を収集し始める。

 ――ライブラリと機関音のデータを照合。

 ――音紋、一致。

 ――接近車輌の型式をM3A3として設定。当車輌に装備された兵装で貫徹可能な部位を表示……。


「合図をしたら、真ん中ふたつのペダルを踏んでください」

 了解、と後ろから声が返ってきた。多少震え声だが、初の実戦にしては落ち着いている。

 ソナーが聴音したデータを基に、シャッタの向こう側の音が波形としてモニタに合成される。それを横目に、真紀は発動機を停止して電源をキャパシタに切り替えた。

 メインエンジンが停止したことで車体温度がみるみる下がっていく。その様子をサブモニタに見つつ、武装安全装置をSAFEからARMに切り替える。

 これで、あとはトリガーを引くだけになった。


 ハルクのエンジン音を示すアイコンがメインモニタを右から横切っていく。

 電装以外の機器を停止した三八式に気付いた様子はない。

 ハルクが画面の中央を通り過ぎた――


「今です!」

 叫ぶと同時にエンジンを再稼働させる。

 青年が踏み込んだペダルに合わせて各脚部のアクチュエータが伸長と収縮を繰り返し、三八式はその身を躍らせた。

 シャッタの蛇腹が視界にぐんぐん迫ってくる。

 瞬間、画面に走ったノイズを合図に、日の光が視界を鮮やかに着色した。裂けたシャッタの残骸が宙を舞い、その後ろからハルクの巨大な背中が現れる。

 背後からの奇襲に対し、ハルクが旋回を始める。

 しかし、三八式の捜索装置から放たれた照準レーザーが背部を捉える方が早い。


「……ぐうぅっ!」

 真紀は無我夢中で操縦桿のトリガーを引き絞った。

 飛び出した炸裂音とマズルフラッシュが間断なく五感を震わせる。薬室での爆燃が押し出す20ミリ砲弾が三八式の構えた銃から吐き出されていく。

 弾丸がハルクの背中に設置されたラジエータグリルの格子へと突き刺さった。

 その勢いのまま弾頭が機関部へと真っ直ぐ食い進み、内部構造をずたずたに引き裂いていく。

 穴だらけになった背中を痙攣させながら、ハルクが回頭しようと試みる。

 こちらを向いた機械の目が炎を噴き出し、頭部ごと燃え尽きていく。


 最後に排出された空薬莢が、ひび割れた道路に澄んだ音を響かせた。


 ハチの巣になったハルクに向けていた銃を、三八式はゆっくりと降ろす。レーダー上の熱源反応が消え、全敵の消失を告げた。

「終わったのか……」

 青年が呆然と呟く。

 真紀はかちかちと奥歯を鳴らしながら、

「はい。もう大丈夫です」


 一瞬の勝負だった。

 しかし、なんと緊張したことか。

 ふっ、と肩の力を抜いた瞬間、腰から頭にかけてむず痒い感触が走った。涙腺が熱くなって、みるみる何かが溢れてくる。

「なんで……勝ったのに、私、生きてるのに……」

 自分の手のひらを見つめたとき、ぽろぽろと頬を涙が伝った。しゃくり上げる声が喉元をせりあがって、視界がぐしゃぐしゃに崩れていく。


 号泣する彼女を、後ろの青年は優しく、しかしどこか寂しげに見守っていた。

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