第49話 別れの日②

 空港に到着したと同時に俺と舞は手分けして探すことにした。

 どこにいるとかは分からないし、メールをしたとしても既読が付かないようじゃ意味がない。

 

「じゃあ、見つけ次第連絡な?」


「分かった」


 俺と舞はそれだけ言葉を交わすと、左右に別れる。

 空港は広い。

 出発時間前に見つけられるかどうかも不安だ。

 今の時刻は午前十一時半。出発まではまだ余裕はある。


「待っててくれよ……」



 あたしはりょーすけと離れた後、すぐにある場所へと向かった。

 そこは空港の外でフェンス越しから滑走路が見えるちょっとした遊歩道。

 どのくらいか遊歩道を歩いていると、ベンチに座る早坂がいた。

 あたしはそのまま無言で隣に座ると、早坂は確認するかのようにあたしを見る。


「あんた、本当に行くつもり?」


「いきなりその話なんだね……うん。もう決めちゃったから」


 早坂は淡々と答える。

 ––––いつもの早坂らしくない……。

 あたしはそう思った。いつもなら何かしらで突っかかって来るのにどこか冷めた感じが伝わって来る。


「決めたって、旅行で話した時は行かないみたいなこと言ってたじゃん。なのに、なんでいきなり……」


「気が変わったの。私も人間だし、気が変わることだってあるの。だから、私は決めた」


 早坂の目線が滑走路の方に移る。

 その瞳は元気がないと言えばいいのかな? 死んだような、生気を感じないというか……。

 飛行機のエンジン音が鳴り始める。それからしてどこからともなく少し強い風が辺りに吹く。


「そっか。早坂が決めたのなら仕方がないよね」


「……え?」


「でも、これから話すことはあたしの本音なんだけど、このまま勝つのは嫌だ。あたしとあんたはライバル関係でしょ? 正々堂々と勝負して、それで勝ったのならいいけど、それ以外で勝つのは……プライドが許さない」


 あたしは早坂を軽く睨みつける。

 が、早坂は怯むことなく、あたしの視線を受け止めている。

 それからして早坂は小さく微笑む。


「ううん、私は負けたんだよ。完敗だよ。舞さんのほぼ全てに負けたって私は思ってる。例え、舞さんがそれで勝ったことを認めなくても私は負けたことを認める」


「……」


 早坂の声はどんどん擦れていき、最後は泣き声に近いようになっていた。

 その様子を見ていたあたしは言葉が見つからず、ただ見つめているばかり。

 こういう時は何かしらのフォローに近いような言葉をかけるのが正解だと思うけど、今に関しては、それは逆効果じゃないのか? さらに弱気になってしまうんじゃないか、そう思った。


「ごめんね、ちょっと目にゴミが入っちゃったみたい」


 早坂はそう言って、笑顔を見せると、目の淵に溜まった涙を指で拭う。


「舞さん」


「ん?」


「私、頑張るね。だから……舞さんも頑張ってね! りょーくんって、もう分かってると思うけど、結構鈍感でしょ?」


「ま、まぁ、そうだけど……」


「あんなに鈍感だと舞さんがどれだけ好きだよアピールしても気づいてくれないと思うの」


「だ、誰が好きだよアピールなんて……し、してないわ!」


「そうかな? 舞さんのツンツンした態度、前にも言ったかもだけど、好き好きアピールにしか見えませんよ?」


「っ?! う、うるさい!」


 早坂は小さく笑います。

 ––––この状況でからかってるの?


「やっぱり舞さんは可愛いです。りょーくんには舞さんがお似合いだと思います。ですから、舞さん」


 急に真剣な眼差しに変わる。

 

「他の女子に取られないように気をつけてね。りょーくんは結構かっこいいですから私がいなくなったことで安心してたらダメだよ? 気を抜かずに……なんなら今すぐにでも自分のものにした方がいいよ」


「じ、自分のものって?! い、一応訊いておくけど……どういう意味よ!?」


「そのままだよ。早めに告白しちゃいなよ。舞さんならきっと受け入れてもらえるよ」


「そ、そうかな……?」


 りょーすけはあたしのことをどう思っているのだろう。

 今まで接してきているけど、一人の女の子として見られていないような気がする。

 なんと説明していいか分からないけど……家族? ただの幼なじみ? とにかく恋愛対象として見られている自覚がない。

 それに比べたら、早坂の方がまだ恋愛対象として見られていたと思う。


「そうだよ。じゃあ、私そろそろ行くね?」


「え? まだ時間あるんじゃ……?」


「あるけど、早めに搭乗しといた方がいいでしょ?」


 そう言うと、早坂はバッグを手に取り、立ち上がる。


「今度はいつ会えるか分からないけど……頑張ってね!」


 早坂は笑顔を見せると、私に背を向けて、行ってしまった。

 早坂は誤解なんてしてない。

 ただ、気持ち的な問題なのかもしれない。


「なら……」


 あたしの出番はもうおしまい。

 あとはりょーすけに頑張ってもらうしかない。

 あたしはメールで早坂の居場所をりょーすけに伝える。

 

「あたしがあんたに勝っているわけないじゃない。むしろあたしの方が……」



 舞の連絡を受け、俺は搭乗口付近に向かう。

 そして、ちょうど搭乗口に並んでいるあーちゃんを見つけた。


「あーちゃん!」


 あーちゃんは俺に気づくと、目を丸くする。


「なんで……?」


「なんでって、舞から聞いてなかったのか? とにかくこっち来い!」


「え、ち、ちょっと」


 俺はあーちゃんを無理やり引っ張り出す。

 が、反対側にいた見知らぬおっさんがあーちゃんの反対側の腕を掴む。


「君は一体誰なんだ?」


「え、えーっと……」


 この人が芸能事務所の社長さんか。

 

「鈴木さん、すみません。少しだけいいですか?」


 俺が名前を名乗る前にあーちゃんが社長さんにそう言う。

 すると、社長さんは掴んでいた腕を離す。


「出発時刻までには戻るように。私も一応適当な場所をぶらぶらしておくから話が終わり次第連絡をよろしく頼むよ?」


「はい、ありがとうございます」


 あーちゃんがそう言って、頭を下げた後、社長さんはどこかに行ってしまった。

 俺は改めてあーちゃんを引っ張って、少し離れた場所へと移動する。

 目の前には一面ガラス貼りで滑走路がよく見える。


「それでなんの話?」


 いつものあーちゃんとは違い、冷めた感じ。

 俺は慎重に言葉を選びながら、答える。


「本当に行っちゃうのか?」


「うん、もう決めたことだから」


「なんでだよ」


「……」


 あーちゃんは黙ったまま下を向いてしまう。

 カバンを握っている両手は尋常じゃないほど力が加わっているのが、見て分かった。

 

「答えられないことなのか?」


「そうじゃない……」


 次第にあーちゃんは大粒の涙を目からぽろぽろと溢す。

 

「あ、あれ? なんで涙が……」


 あーちゃんはそう言うと、誤魔化すようにはにかみながら指で拭う。


「目にゴミでも入っちゃったのかな? あー目が痛いなー」


 目をゴシゴシと擦り続けるも、涙は次から次へと流れていく。

 あーちゃんは一体何がしたい? 俺にはまったく理解ができなかった。

 舞の話によると、あーちゃんは少なくとも誤解はしていないらしい。あーちゃんと舞の二人で先ほどまで話してたみたいだけど、その他の会話内容はほとんど教えてくれなかった。

 何があったのか、分からないけど、なんで急に……。


「なぁ、あーちゃん。俺、あーちゃんが嫌がるようなことしたか?」


 俺は確かめる目的でそう訊く。

 が、あーちゃんは目を擦りながら首を横に降る。


「本当にか? 俺、あーちゃんに何か悪いこと本当にしてないか? もしあるんだったら遠慮なく言ってくれ。悪いところは直すし、嫌がることをしてしまっていたなら謝るからさ」


「ううん、りょーくんは本当に何もしてないよ」


「じゃあ、なんで……なんで俺の前からいなくなるような真似をするんだよ! 俺だって、親父が海外転勤になった時はすぐにお前と一緒にいたいって思った。だから家に残ったのに……」


 抑えていた気持ちが一気に溢れ出して行く感覚がある。

 上手く表現はできないが、胸のモヤモヤ感が高まり、自分でも抑えきれないくらいまで高揚している。

 俺はあーちゃんに近づくと、両肩をがしっと掴む。

 それに対し、あーちゃんは一瞬びくっと肩を震わせ、真っ赤になり涙が溜まった目で俺を真っ直ぐ見つめる。


「俺は……お前のことが大切だッ! だから、親が転勤になった時もすぐにお前のことを考えた! もう離れたくないって思ったし、これからもずっと一緒に人生を歩んでいきたいとも思った」


 あーちゃんは目を丸くしたまま、だんだん顔を赤く染めていく。

 俺は一度深呼吸をして、落ち着かせる。

 そして、再びあーちゃんの目を見つめる。


「行くな。俺の前から消えるんじゃねぇ!!!」


 俺の叫びが搭乗口付近に響き渡った。

 周りの利用客やCA、空港職員が俺らに注目しているが、今は知ったことじゃない。

 気がつけば、舞が少し離れた場所で俺たちの様子を見ている。いつからかは分からないが、目が合った瞬間、両手でガッツポーズを取られた。頑張れっていう意味か?

 とにもかくにもあーちゃんが口をパクパクさせながら、陸に打ち上げられた魚みたいな感じになっている。

 俺はゴホンと咳払いをすると、あーちゃんの肩から手を離した。


「い、今のって……つまり、そういうこと……だよね?」


「え? ま、まぁそういうことだな」


 俺は頰を掻きながら、そっぽを向く。

 恥ずかしくてあーちゃんを見ていられない。柄でもないことを言うのは今後からやめよう。

 それにしてもだ。あーちゃんがなぜかもじもじしながら照れた様子を見せているのだが?

 

「えへへ♡ もう恥ずかしいなぁ」


「……は?」


 あーちゃんは両手で頰を抑えると、くねくねとしだす。

 正直こんなあーちゃん見たことがないんだが?!

 意味が分からない。なんでこうなってるの? 俺何か言った?

 俺は舞に助けを求めるべく、舞がいた場所に目線を向けると……あれ? いない?

 と、思いきや、後ろから変な威圧を感じた。


「おい……誰がプロポーズをしろと言った?」


 舞の低い声が小さく響く。

 俺は怖さのあまり後ろに振り向くことすらできない。


「ぷ、ぷろぽーず? な、なんのことだ?」


 そんなこと俺にできるわけないだろ。そもそも俺は現段階で恋人とか考え––––


「あ……」


 俺の間抜けな声がポツンと出た。

 そう言えば、そうとも捉えるような言葉を言ってしまったような……。


「ま、舞さん? これは違うんだよ」


「何が違うって?」


「りょーくん、式はいつにしようか? えへへ♡」


「あーちゃん今は少し黙っといて!?」


「早坂をここまでデレデレにしておいて、何が違うって?」


「ほ、本当に誤解なんだって! ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!」


 見事なコブラツイストがキマったところで、俺の悲鳴が空港中に響き渡った。

 ––––ところで、舞はいつから格闘技を覚えたんだ?



 舞のコブラツイストから解放されたところで芸能事務所の社長さんがこちらに近づいて来た。


「綾乃ちゃん。全て見てたよ」


「あ、えーっと……すみません。やっぱり私……」


 あーちゃんは申し訳なさそうな表情をして顔を下に向ける。

 ここは俺も一緒に謝った方がいいかもしれない。

 そう思った俺は、あーちゃんの横に並んで頭を下げようとしたのだが、その行動を取る前に社長さんが口を動かす。


「いいんだ。気にしなくても。君はいい友だちがいるみたいだし……モデルになることを引き止める彼氏さんの行動も素晴らしかった。まるでドラマを見ているみたいだったよ」


 そう言って、社長さんはあーちゃんに微笑む。

 あーちゃんは顔を真っ赤にしながらも、俺が彼氏であることを否定しない。まぁ、そっちの方が断りやすくてメリットにでもなるのだろう。

 あえて否定しなかったと判断した俺は、何も言わずに二人を見つめる。


「それじゃあ、飛行機の時間も迫っているところだし、私は帰ろうかな。と、その前に念のため訊いておくか」


 社長さんはそう言うと、俺の隣にいる舞の目の前に移動する。

 

「君、私の事務所に––––」


「断固拒否します!」


「いや、せめて最後まで聞いてやれよ!?」


 社長さんがすべて言い切る前に舞が拒絶したため、思わずツッコんでしまった。

 その様子を見た社長さんは声に出しながら大笑いする。


「そうかそうか……そうだよね。じゃあ、次こそ私は帰るよ」


 社長さんは「またいつか」と言い残すと、搭乗ゲートを潜って行き、俺たちは背中が見えなくなるまで見送った。

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