第48話 別れの日①
朝がやって来ました。
私は朝ごはんを食べ終えた後、しばらくの間、リビングのソファーでゆっくりしています。
出発は午前十時です。出発時刻まであと三十分ほどあります。
準備は前日の夜に大体済ませてあります。必要最低限のものだけをキャリーバッグの中に入れ、残りはお母さんが後日宅配便で送ってくれる予定です。
「本当に行っちゃうのね……」
お母さんが寂しそうな声でそう言うと、私の隣に座ります。
「うん、今日から離れて暮らすことになるね」
私もお母さんと離れて暮らすことは寂しいですし、本当にこれでよかったのか、昨夜も遅くまで考えていました。
ですが、やはり私の選択は間違っていないと思います。
芸能界に入って安定した収入以上を得られれば、生活も安心できますし、お父さんやお母さんに親孝行だってできます。私の判断は正しいのです。
「綾乃……後悔してない?」
「え?」
「後悔しない選択ならいいのよ? でも、自分の気持ちに蓋をしてまで選んだ道なら絶対にいつかは後悔するわ。私だってそういうことを何度も何度もあったわ。私は綾乃の二倍以上は人生を送ってるのよ? 人生の先輩としてアドバイスはしとくからね?」
「う、うん……」
私は無意識的に目線を下に向けてしまいます。
そんな私を気にした風もなく、お母さんは話を続けます。
「辛い時があったらいつでも帰って来なさい。やめたくなった時はやめなさい。と言っても、簡単にやめちゃいけない。やめたいと思った時は自分でじっくり考えて、本当にその判断が正しいのか見極めなさい。時には私でもいいし、りょーくんや舞さん、そこで知り合ったお友達、事務所の人たちに相談したっていい。だから……あなたが思う存分に活躍して来なさい」
私は再び目線を上げます。
お母さんは私に真剣な眼差しを向けた後、私を優しく抱きしめます。
私もどんどん心細くなり、お母さんを抱きしめます。
涙が勝手にポロポロと出て来ますが、今は気にしてられません。
「私、頑張るね」
涙声で私はそう言います。
「うん、頑張りなさい」
お母さんも涙声になりながらそう言いました。
もうすぐで出発時刻です。
芸能事務所の社長である鈴木さんが迎えに来ます。
––––これでよかったんです……。
☆
俺はあーちゃんのお母さんから出発したことを聞きつけると、すぐに家を出る準備をする。
そして、数分で準備を整えたところで家を出ようとした時、インターホンが家中に響き渡った。
俺はリビングにあるモニターを確認する。
「舞……?」
なぜか舞がそこには写っていた。
今日は会う約束もしていなければ、家に来るということも聞いていない。
俺はなんの用事なんだと思いながらも玄関先まで向かうとドアを開ける。
「そ、その……先日はごめん……」
そう言うと、舞は軽く頭を下げる。
「いや、俺が説明をしていなかったのも悪いから気にするな」
気まずい空気が流れ始める。
俺も舞も先日の事故のせいで目を合わせることすら困難だ。
何を言えばいい? というか、俺たちっていつもどんな会話してたか?
普段の接し方すら忘れてしまうほどだ。
「あ、あのね……早坂のこと聞いたよ」
「え?」
どのくらいかの沈黙が終わったかと思いきや、舞の口から衝撃的な言葉が出た。
「あーちゃんのことって……」
「モデルになる決断をしたってこと」
「誰から聞いたんだ? あーちゃんのお母さんからか?」
「うん、そうだけど、スカウトされたって言う話に関しては早坂本人から前に聞いてた」
「そうだったのか」
「だからね、今から空港に行くんでしょ?」
「あ、ああ……」
「あたしも一緒に連れて行ってほしいんだけど……ダメかな?」
舞の目は真剣そのものだった。
俺はその気迫に押される。
舞を本当に連れて行っていいのだろうか……そもそも舞とあんなことになってしまったせいで誤解を生んでしまったわけだから逆に連れて行かない方がいいんじゃないのか?
「いいんじゃない? 舞さんも綾乃と話したいことあるでしょ?」
その時だった。
舞の後ろから車の手配が終わったらしいあーちゃんのお母さんが割って入って来た。
「誤解を解きたいのなら舞さんのお話も必要だと思うのだけど……りょーくんもそう思わない?」
「そう、ですね……」
俺が下手に説明するよりかは、女子同士の方がいいのかもしれない。
男である俺には女にしか共感できないことだってあるだろうし……俺は舞を見る。
すると、舞はこくんと一回だけ頷く。
「じゃあ、決まったことだし、早く出発するわよ? 一応、飛行機の時間は午後一時みたいだけど、早めに到着した方がたくさん話せるし、いいでしょ?」
「そうですね、舞も準備は大丈夫か?」
「うん、というか、そのつもりで来てるわけだし」
「そうだな。じゃあ、行くか」
というわけで俺と舞はあーちゃんのお母さんが運転する車に乗り込むと、すぐに空港へと出発した。
今の時刻は午前十時半。あーちゃんが出発してから三十分は経過しているが、平日ということもあって道は混んでいないはず。
「じゃあ、飛ばして行くから二人ともシートベルトはしっかりね?」
あーちゃんのお母さんの笑顔に少し嫌な予感と恐怖を感じた。
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