第42話 旅行③

 夜がやって来た。

 海から旅館に帰って来た俺たち三人は、そのまま部屋に入る。

 時間はまだ夕方の五時過ぎ。夕食まではまだ一時間くらいある。

 

「とりあえずお風呂でも入らない?」


 あーちゃんがそう言うと、舞も「そうね。潮風でベタベタするし」と言って、それぞれ入浴の準備をしだす。

 俺も二人が入るのならと思い、自分のボストンバッグから下着類を取り出す。


「じゃあ、俺先に行っとくわ」


 先に準備を終えた俺は、二人にそう告げると、部屋を後にする。

 この旅館は結構規模が大きく、館内もそれなりに広い。

 途中、どっちに浴場があっただろうか迷子になりかけたが、なんとか通りすがりの利用客の方に訊いたりして、たどり着くことができた。


「あれ? 清掃でも入ってたのか?」


 浴場の前には掃除用具が入ったカートが置いてある。

 まだ清掃中なのだろうかと思い、しばらく様子を見ていると、清掃員のおばさんが女湯の方から出て来た。


「あら、ごめんなさいね? もう掃除は終わってるから」


「そうですか」


 ということで、俺は右側にある男湯に入る。

 中は先ほどまで清掃に入っていたということもあってか、誰もいない。

 俺は着ている服を全て脱いだ後、カゴの中に入れ、いざ浴場へ!

 浴場内は結構な広さがあり、白い湯気に包まれていた。

 

「まずは体をっと……」


 たまにだけど体を洗わずに先にお湯の中へ浸かる人がいるけど、俺としてはやめてほしいところだ。

 なぜかというと、単純な考え方なんだけど、体を洗わずにそのまま入れば、お湯が汚れるだろ? その人に付着していた汚れがそのままお湯に漂ってしまうわけだから、こっちとしてはせっかく洗ったのにまた汚れてしまう可能性がある。

 だから俺は先に体を洗ってからお湯の中へ入るようにしているのだけど……俺がただ潔癖すぎるだけなのか?

 まぁ、そんなことは今はどうでもいいとして髪を洗い終えた後、体も入念に洗う。

 そして、綺麗に洗い終えたところでお湯に浸かろうと立ち上がった時だった。


「ん?」


 どことなくあーちゃんと舞の話し声が聞こえてきたような気がした。

 ここが女湯の隣だからだろうか?

 そう思ったのだが、女湯がある方向を見ても、一面タイルで完全に隔離されている以上、聞こえるはずもない。

 じゃあ、気のせいか。うん、気のせいに違いない。

 と、思いたかったのだが、浴場の扉がガラガラと開いたかと思いきや、そこに現れたのは……


「り、りょーくん?!」


「な、なんで、あんたがこんなところに……っ?!」


 あーちゃんと舞が一糸纒わぬ姿で俺の前に現れた。

 二人とも俺がいることを認知すると、すぐに上と下を持ってきたバスタオルで隠す。


「そ、それは俺のセリフだ!」


 俺は極力見ないように目線を逸らす。

 なんでこいつらがここにいるんだよ!? 

 それに二人が言っていたことも気になる。


「な、なぁ……ここって男湯だよな?」


 俺は確認のため二人にそう訊ねる。

 俺が入った時は確かに男湯ののれんが入り口前にかけられていた。

 いくらなんでも女湯に間違って入ることなんてありえない。

 が、二人は互いの顔を見つめ合い……


「女湯だよね?」


「う、うん。早坂の言う通り、女湯だったけど?」


 どういうことだ?

 ここが女湯? そんなはずない! きっと二人が見間違えているだけだ。俺はそう思ったのだが、すぐにその考えが打ち破られる。


「あ、誰か来たかも。りょーすけ! とりあえず隠れて!」


「隠れてってどこにだよ!?」


 普通の浴場だ。

 周りには隠れられそうな岩もなければ、サウナだって更衣室の方にある。

 隠れるところなんて、どこをどう見てもない。

 ––––もう終わりだ……。

 そう絶望しかけていた時だった。


「舞さん、とりあえず私たちで隠しましょ」


 そう言うと、あーちゃんがお湯の中に入り、俺の前に腰を下ろす。


「し、仕方ないわね」


 舞も同様にあーちゃんの隣に腰を下ろすと、完全に前が見えなくなった。


「りょーくん、しばらくの間だけど我慢できる?」


「な、なんとかな……」


 少しのぼせそうだが、ここでぶっ倒れてはいろいろと非常にマズい。

 俺は水中に潜る。

 更衣室の入り口から入って来たのは二十代くらいのお姉さん二人だ。

 

「り、りょーすけ……こっち側見たらぶっ殺すから」


 舞が小声でそう呟く。

 言われなくても分かってるわ! 

 現に俺は今、あーちゃんと舞と背中合わせ状態になっている。俺の目の前は白いタイルしか見えない。

 高鳴る心臓が鼓動を脈打ち、ドクンドクンと自分でも分かるくらいまで響き渡っている。

 ドキドキとハラハラ……まさかこのような状況になるとは誰が予想できただろうか。こんなこと現実ではありえないッ! と、少し前の俺は思っていたが、今はそのありえない状況が起こっちゃっている真っ最中。

 いつになったら俺はこの場所から脱出できるのだろうか……少しだけあたりをキョロキョロと見渡す。

 本当に何にもない。

 となると、今体を洗っているであろうお姉さん二人が浴場から消えるまで俺はずっとこのままというわけであって……


「ち、ちょっと、りょーくん? 大丈夫?」


 あーちゃんが小声で俺にそう問いかける。


「あ、ああ……」


 長時間入っているわけでもないのに頭がクラクラしてきた。

 ここが女湯だったということを知ったからだろうか? それとも女子の裸を目の当たりにしてしまったからだろうか? おそらくどちらともだと思うが原因としてはそれしかない。

 今にも気を抜けば、ぶっ倒れてしまいそうなくらいヤバい中でお姉さん二人が体を洗い終えたのか、こちらに近づいてくる足音が聞こえる。

 楽しそうに談笑をしながら、俺たちと少し離れた位置に行ったようですぐにお湯に浸かったことが分かった。


「どうする?」


 舞が小声でそう訊く。

 

「ど、どうするって言われてもなぁ……」


 仮にあーちゃんと舞が俺を隠しながら更衣室に向かったとしても、向かう途中でバレる可能性が高い。それに更衣室に誰もいないという保証もできない。夕食前だからまだほとんどいないとは思うが、夕食前にお風呂に入ろっかなという考えの人だっているかもしれない。


「やっぱりあの人たちが出て行くまで待ちましょ」


 あーちゃんの言葉に舞も「そうだね」と同意する。

 いつになったら出て行ってくれるのだろう。俺がここに入ってからどれくらい経った?

 頭がくらくらしているせいで感覚も分からなくなってくる。

 一秒がとても長い。一分だとさらに長く感じてしまう。

 ––––地獄だ……。

 これがあとどれくらい続いてしまうのだろうか。

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