第43話 旅行④

 部屋で夕食をとり終えた後。

 俺は部屋で一人ぼーとしていた。

 夕食後、あーちゃんと舞は用事があると言い出して、二人でどこかに行ってしまったし、非常にやることがなく、暇である。

 

「それにしても、あの時は本当にやばかったなぁ」


 浴場での出来事だ。

 あの後、どうにか難を切り抜けた俺は、すぐに女湯を出たのだが、出た後に念の為のれんを確認したら、本当に女湯になっていた。

 これはあくまで俺の予測……いや、たぶんあっていると思うのだが、先ほどの清掃のおばさんが間違えたのだろう。なんで間違えたのかは分からないが、このような間違いは本当にやめてほしい。人生終わったかと思ったわ。

 とにかくだ。今はものすごく暇。スマホのソシャゲをしようと思ったけど、やりたいイベントとかきてないし……どこかをぶらぶらとしておくか。

 もし、あーちゃんたちからメールが来た時は、すぐに戻って来ればいいだけの話だし。

 ということで俺は浴衣姿のまま部屋を出る。

 この旅館は結構な広さがあり、ちょっとした冒険感がある。

 二階まであるみたいだし、いろいろなところを周ってみれば、気づかなかったいいところとか発見できるかもしれない。

 それに少し小腹が空いてきた。

 たしか一階のどこかに売店的なところがあったはずだ。

 そこにはここでしか購入できないお土産とか売っているらしいから、今のうちに買っておこうかな。

 俺は一応財布を持ってきていることを確認すると、館内を歩き回った。



「舞さん。今夜どうします?」


「どうするって言われても……」


 私は今、舞さんと一緒に館内にあるカフェに来ています。

 旅館と聞いていたから、こういった洋風のカフェが館内にあることに少し驚きながらも、そこで舞さんと今夜のことについて話し合っているのですが、一向に進む気配がありません。

 私たちの部屋は一つしかありません。

 そんな中に男であるりょーくんがいるのです。

 一緒の部屋で一緒に寝泊まりできることは正直嬉しいのですが、私も女子です。寝顔とか見られたくないし、寝起き時の顔も見られたくありません! かと言って、寝ないというわけにはいきませんし……とにかく舞さんとはそのことについて話し合っています!


「舞さんはいいんですか!? りょーくんに寝顔とかだらしない姿を見られちゃうんですよ? 好きな男の子にそんな姿見せたくないですよね!?」


 そう訊くと、舞さんは不意を突かれたみたいに飲んでいたコーヒー牛乳を吹き出します。

 そして、急激に顔を真っ赤にして、


「べ、べべべべ別に好きとかじゃ……」


 最初こそ勢いがよかったのですが、すぐに減速してしまい、目線がコーヒー牛乳の入ったカップに移ります。

 ––––なんでこんなに素直じゃないんですかね……まぁ、そういうところが可愛いのですが。


「じゃあ、私がもらってもいいですか?」


「そ、そそそそれはダメって言ってるでしょ!?」


「ダメなんですね。舞さんって本当に素直じゃないですよね。少しは素直になったらどうですか?」


「う、うるさいわね……あたしだって好きで––––」


 最後の方は声が小さすぎてごにょごにょとしか聞こえて来ませんでしたが、なんとなくですけど舞さんが言いたいことは分かりました。

 少し話が脱線してしまいましたが、舞さんの気持ちを知れただけでもよしとしましょう。

 私はコホンと咳払いをします。


「話を戻しますけど、どうしましょうか……もう諦めるしかないのでしょうか?」


「うーん……そもそもなんだけどさ、あたしたちがただ時間をずらせばいいだけの話じゃないの?」


「と、言いますと?」


「りょーすけが寝た後にあたしたちも寝て、りょーすけが起きる前に起きればいいだけの話でしょ?」


「……舞さんって、天才ですか?!」


「は?」


 そんな考え方があったなんて!

 私としたことが全然思いつきませんでした。

 さすがライバルの舞さんです。こればかりは完敗ですね。


「今回は私の負けでいいです。このお会計は私が持ちますね」


「それはありがとうだけど……負けって何? あたしたちなんかの勝負でもしてたの?」


「え? あ、いや、なんでもないです。それよりなんですけど、お腹空きません?」


「いや、あたしは空いて––––」


「やっぱり空いてますよね! 二人でジャンボパフェ食べません? あれ食べてみたいなぁってメニュー表を見た時から思ってたんです! でも、こんな時間帯に食べてしまえば確実に太ってしまうじゃないですか? なので、二人で食べましょ」


「だから、あたしは食べ––––」


「すみませーん! ジャンボパフェひとつお願いしまーす!」


 舞さんが先ほどから何か言いたいみたいですけど、異論は聞きません。

 私だけパフェを食べて、翌日体重が増えてしまえば、平等じゃなくなるじゃないですか! なので、舞さんにも食べてもらいます。何がなんでもです。

 パフェが一分もしないくらいでテーブルに運ばれて来ました。

 上にはプリンやバニラアイス、生クリームにいちごのソースと板チョコが刺さっています。下には何かのムースとコーンフレーク、チョコソースがあり、見るからにしてカロリーの化け物です。

 私はスプーンと取り皿を舞さんの前にスーと差し出します。


「じゃあ、食べましょ?」


「は、早坂? あたしは食べ––––」


「異論は求めませんよ? 私だけ食べてしまえば不公平になりますし」


「なら、食べなければ––––」


「そういうわけにはいきません! お腹が空きましたし」


 私は取り皿を使いながらパフェを一口食べます。

 やはりこのサイズになってくると、日中でも一人で食べきることは不可能です。

 その様子を見ていた舞さんは次第に諦めがついたのでしょうか? 渋々といった感じで取り皿にパフェを少し取ると、それをちょこちょこと食べ始めました。


「美味しいですね!」


「う、うん……」


 舞さんの表情は微妙な感じではありましたが、まぁ仕方がないでしょう。

 それからして私と舞さんはジャンボパフェを黙々と食べます。

 時折、ちょっとした雑談を交えながらもパフェは少しずつ減っていき、三十分くらいした頃にはほぼ空になりました。


「舞さん、少し相談したいことがあるのですが、いいですか?」


 パフェを食べ終えたところで私は舞さんに相談を持ちかけます。


「ん?」


 舞さんはコーヒー牛乳を一口飲んだ後、私をじっと見つめます。

 

「ライバルである舞さんに相談事を持ちかけるのはどうかと私自身も分かっています。でも、私まだ友達と呼べる相手があまりいなくて……」


「いいんじゃないの? 別にあたしと早坂がライバルであったとしてもそれはそれ。あたしは普通に早坂の相談には乗ってあげるし、考えてあげたりもする。そこは気にしなくていい」


 そう言うと、舞さんは照れ臭そうに顔を背けます。

 私はそんな舞さんからしばらくの間目を離せないでいました。

 舞さんがいつもはツンとした態度なのに今回は優しいとかそういうわけではありません。

 恋のライバルとかは関係なしで相談事には乗ってあげるという言葉に激しく感動しました。

 ––––やっぱり舞さんは強敵だなぁ……。

 私と舞さんとでは大きな差がありすぎます。

 ときどきそのことについて不安に思うこともあるくらいです。

 とりあえず舞さんが乗ってくれるということなので私はその言葉に甘えようかと思います。


「ありがとうございます」


「う、うん……そ、それで相談って何よ」


「その、実はですね……私、芸能事務所からスカウトを受けたんです」


「スカウト?」


「はい、先日芸能事務所の社長をしていらっしゃる方がわざわざ私の家に来まして、それでモデルをやらないかって誘われたんです」


「ふ~ん、実際にそういうことってあるんだね。それで早坂はなんて答えたの?」


「もちろん断りました。芸能の仕事には少し興味がありましたけど……そうすると、りょーくんとせっかく再開できたのにまた離れてしまいます」


「なら、それでいいんじゃないの? ら、ライバルのあたしからしてみれば芸能界に入って欲しいという気持ちがあるけど、早坂がそう思って決断したのならそれでいいじゃん。何を相談することがあるの?」


「それはそうなんですけど……本当にこの決断が正しかったのかなと思っちゃったりして……」


「言っとくけど、今考えてもその決断が正しかったとか悪かったとか分からないからね? 未来へ進んである時になってから初めて分かるものだとあたしは思うんだけど」


 たしかに舞さんの言っている通りです。

 今考えたところで仕方がないということは重々に承知しています。

 だけど、なんと言うのでしょうか……モヤモヤ感が残っていると言えば伝わるでしょうか? 私の中でまだどこかで迷っている部分があります。


「舞さん。もしもの話をしていいですか?」


「うん」


「もし舞さんだったらどうしますか? 芸能事務所の社長さんにモデルをやらないかって誘われたらなんて答えますか?」


 舞さんは残りのコーヒー牛乳をぐびっと飲み干す。

 そして、空になってしまったカップの中をじっと見つめながら、どのくらいか沈黙が流れる。


「あたしだったら……即答で断るかな」


「即答で?」


「そう即答で。それくらいりょーすけのことが好きだから……はわわわ?! い、今のはなしだから!」


 舞さんは自分の口元を手で抑え、恥ずかしそうに片方の手でわちゃわちゃします。

 

「いいじゃないですか。可愛いですよ?」


「う、うるさいっ! それとニヤニヤするなっ!」


「ニヤニヤなんてしてませんよぉ~」


「してるじゃん! というか、あたしを見るなっ!」


 そう言うと、舞さんは顔を両手で隠します。

 耳まで真っ赤になった舞さんを見ながら思いました。

 舞さんはきっと迷ったりしないんだなって。

 私も実際にスカウトはされ、一応断りはしましたけど、やはり心のどこかで迷っている自分がいたのは事実です。

 こんな私だから何もかも舞さんに負けてしまっているのでしょうか……。私が思うに舞さんに勝てている部分と言えば、成績と胸の大きさくらいです。


「舞さん、今日はありがとうございました」


 私はそう言うと、軽く頭を下げます。

 それに対し、まだ顔を隠している舞さんは見ているのか、いないのか、「うん」と返事をするのみです。

 よほど先ほどのことが恥ずかしかったのでしょうね。私だって、りょーくんのことは好きですけど、いざ声に出して言うとなると、すごくテンパってしまいます。その点はなんとなくではありますけど、分かります。

 やがて、顔を覆っていた両手を外す舞さん。


「ほ、他に相談したいこととかないでしょうね?」


「うん、ないと思います」


「そ、そう……なら、いいんだけど……」


 私と舞さんのちょっとした女子会? みたいなのはこの後も続きました。

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