第41話 旅行②

 海の家で昼食をとり終えた後、俺はパラソルの下でゆっくりくつろいでいた。

 海に来たからと言って、必ず泳がないといけないという理由もないし、海でどう楽しむのかは人それぞれだと思う。

 現に舞とあーちゃんは今目の前でビーチバレーの真っ最中だ。

 先ほどの威圧感は嘘だったかのように消え、本当に仲のいい友人同士みたいに楽しんでいる。

 俺はそんな二人の様子を見ながら、スマホをいじっていると、いきなりメールが届く。

 誰だろうと思い、そのメールを開くと、親友の結花からだった。


 ”急にメールしちゃってごめんね。今回メールしたのはりょーすけのお父さんが転勤になったというのを聞いたからなんだけど、りょーすけはどうするの? やっぱり一緒に行っちゃうの?”


「なんで知ってんだ?」


 親父や母さんが近所の人に挨拶はしているみたいだけど、それで広まっているのか?

 俺はそう思いながらも今の気持ちを文章にして結花に送る。

 すると、一分もしないうちに返信が来た。


 ”やっぱりそうだよね。りょーすけならそう言うと思ってた”


 やっぱり親友だからだろうか。

 結花は俺の答えをだいたい予め分かってたみたいだ。

 俺は親父たちと一緒には行かない。これからは一人暮らしになって不安なことがたくさんあると思うが、やはり幼なじみ二人と親友を置いて行くことはできない。

 ただ、現状の考えだ。親父の転勤までに何かしらで考えが変わってしまう可能性だってある。

 俺はそのことを一応結花に伝えることにした。

 

 ”そうだよね。でも、その時はその時で仕方がないと思うよ。今の段階で行かないと断言はできないしね”


 だけど、行かないという選択肢は自分の中ではほぼ確定しているのも同然。

 これから親父が転勤するまでの間に短い期間ではあるが、母さんから家事のいろはを教えてもらわないといけない。

 一人暮らしとなれば、親父の方から定期的に生活費が振り込まれるみたいだからそこは安心してもいいところだし、俺一人ではどうしようもない時は親戚がどうにかしてくれるみたいだ。

 わくわくもすれば、ドキドキもする一人暮らし。待ち遠しいようなそうでもないような……。


「り、りょーくん……」


 結花とのメールを終え、スマホを近くに置くと、舞とビーチバレーをしていたあーちゃんがいつの間にか俺の元に寄って来ていた。

 手にはサンオイルらしきものを手にしている。


「ち、ちょっとお願いしたいことがあるんだけど……」


 そう言うと、サンダルを脱いで俺の横にうつ伏せで寝そべり、長くて綺麗な髪を前の方に持って行き、うなじを露わにする。

 あーちゃんの豊満なバストがうつ伏せということもあり、地面に押しつぶされ、ビキニからこぼれ出す。

 それを見ただけでも、顔が熱くなり、くらくらしてしまいそうになるのだが、あーちゃんは俺の方にサンオイルを向け、


「背中に塗って欲しいんだけど……ダメ、かな?」


 ビキニの紐を解けさせ、白くて透き通った肌が印象的で綺麗な背中を見せる。

 

「お、俺じゃなきゃ、ダメなのか?」


 逆に訊いた。

 女子である舞がいるのだから、舞にしてもらえばいいじゃん。

 

「それはダメ」


「なんで舞が答えるんだよ」


 近くにいた舞が即答でそう言う。

 俺はあーちゃんに訊いているのだが……。

 しかし、あーちゃんはそれについては何も言わず、「は、早く塗ってくれないかな?」と少し恥ずかしそうな声でそう言い、俺を上目遣いで見つめてくる。

 ––––俺の意思は無視ですか?

 まぁ、俺も男である以上、これはこれでラッキーなのかもしれない。女子の手以外の肌に触れることは滅多にないからな。


「じ、じゃあ、行くぞ?」


「う、うん……」


 俺はサンオイルのキャップを開け、手のひらにオイルをのせる。

 それから両手でよく馴染ませた後、あーちゃんの綺麗な背中に手を近づける。


「きゃっ……」


 あーちゃんが小さな悲鳴を上げる。


「だ、大丈夫か?」


「う、うん……ちょっと冷たくて驚いただけ、だから」


 あーちゃんの肌はとてもすべすべしていた。塗っている俺の方が気持ちよくなってしまう。

 女子の体を直で触ることは滅多にないけど、本当に柔らかいということを実感した。

 力を入れてしまえば、折れてしまうんじゃないだろうか……それくらい脆い感じが手から伝わってくる。


「背中はもういいから……次、足お願い」


「あ、足?!」


 足というとつまりですよ? 太もももですよね? 

 女子の太ももを触る日が来るとは思ってもみなかった。と言っても、俺は別に太ももフェチではなく、そこに関しては人並みくらいだとは思っているけど。

 俺は再びサンオイルを手に取り、馴染ませる。

 背中とは違い、太ももだと少し躊躇してしまうのだが、このままではいつまでたっても終わらない。

 ––––もうどうにでもなれッ! 別にあーちゃんがやってほしいと言ったからやってるだけでやましい下心もなければ、わざとじゃないんだし。もし、それで怒られたとしても謝ればいいだけだ!


「んっ……あ……」


 太ももに触れた瞬間、手のひら全体が軽く沈み込んだのが分かった。

 女子の体ってどこもかしこも柔らかいということが改めて認識できたところで、丁寧に塗り込んでいるのだが、あーちゃんが変な声を発している。

 俺は理性が崩壊してしまうのではないかと必死に耐えながらも、その対策として海の方を見て心を落ち着かせている。

 ––––さざ波の音……不純物が浄化されるような心地い音だ。

 やがて両足とも全体的に塗り終えたところで俺は手を止めると、


「あ、ありがと……」


 あーちゃんはそう言って、ビキニの紐を結び直した後、お手洗いに行って来ると言って、俺たちの場所から離れて行った。

 俺は「ふぅ……」と小さく息を吐く。一時期はどうなってしまうのだろうと不安になってしまった。

 シートの上に残されたサンオイルを片付けようと手に取った時、なぜか近くにいた舞がシートの上にうつ伏せになる。

 そして、なにやら俺に訴えかけているかのような目線をじっと向ける。


「なんだよ……」


「な、何って……早坂にもしてあげたんだから当然あたしにしてくれたっていいんじゃないの?」


 舞は口元を腕で隠しながら小さくそう言う。


「なんでだよ。その理屈おかしいだろ」


「お、おかしくなんてないでしょ! い、いいから早くやって! あんたには拒否権なんてないんだから」


「拒否権ないって、俺の人権はどうなるんだよ!?」


 本当に自分勝手だな。

 俺は小さく「はぁ……」とため息をつく。


「やればいいんだろ……」


 不本意ではあるが、このままどうこう言ったところで舞が駄々をこねるだけ。

 それにしてもだ。

 今さらではあるが、なんで今頃になって、突然サンオイルを塗ろうと思ったのだろうか。

 普通、水着に着替えた時点で塗るもんじゃないのか? 今ここに来てもう何時間経っていると思ってる? 二時間だぞ二時間。遅すぎるだろ。

 でも、まぁ、これを舞に言ったところでつべこべ言わずに早く塗れみたいなことを言われそうだし……ここは黙って塗るしかないか。


「い、一応言っておくけど、変なことしたら許さないんだから」


「変なことってなんだよ。俺が今お前の背中にサンオイルを塗ること自体が変なことにならないのか?」


「そ、それは……今日だけ許す。とにかく他のことをしたら即通報だからね!」


 他ってなんだよ、他って! その他が分からないんだが?

 とにもかくにもそれについて舞に訊くのもめんどくさいのでさっさと終わらせることにした。

 手のひらにサンオイルを取り、あーちゃんと同じく、背中に塗り込んでいく。

 舞は声こそ出さなかったものの、時折くすぐったそうに体をくねらせたりする。


「それにしてもあれだな。さすがテニスしてただけあって、背筋がすごいわ」


 あーちゃんの背中とはまた少し違って、筋肉の硬さが少しある。

 

「ま、まぁ、それは仕方ないよ。テニス辞めたのってまだ最近の出来事だし」


「そうだな。ところでさ、その辞めるときにやりたいことがあるとか言ってたよな? それってどうなったんだ?」


 舞がテニスを辞めるきっかけになったのもその「やりたいこと」である。

 それがなんなのか幼なじみである俺にすら教えてくれない。

 今までテニスばかりやってきた舞をあっさりと辞めさせるほどだ。余程のことで間違いないが、それが一体なんなのか……非常に気になる。


「う、うん……順調にいっているよ」


 俺の問いかけに、舞は少しぎこちない感じで返す。


「そうなのか? ならいいんだけど」


 舞の様子を見る限りでは、やはり俺には教えてくれなさそうだ。

 背中を塗り終え、手を離す。


「もういいよ」


「え? でも足は?」


「足は自分でもできるから。ありがとね」


 舞はそう言うと、ビキニの紐を結び直し、あーちゃんと同様にお手洗いに行って来ると告げ、俺の元から去って行った。

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