第40話 旅行①
海だ。
俺は今、あーちゃんのお母さんが運転している車に乗って、車窓から見える景色を眺めている。
窓からは遠くまでギラギラと太陽の光を反射している海が広がり、潮風が薄く漂っている。
海に来るのはいつぶりだろうか。そもそも旅行自体、親父の仕事の関係もあって、何年も行けてない。
「今日はいい天気ね~」
あーちゃんのお母さんがそう言いながら、ふふふと小さく微笑む。
それに対し、隣に座っている舞が少しぎこちない感じで「そ、そうですね」と返す。
この後、明後日まであーちゃんと舞の三人だけだ。
普通の旅館に宿泊するとはいえ、部屋は一つ。
それもそうだ。もともとはあーちゃん家族が旅行として訪れる予定だったから。
「もうすぐで到着するからみんな降りる準備してね?」
三人だけの旅行が始まる。
男が俺だけって、いいのだろうかといろいろ不安に思ってしまうこともあるが、久しぶりの海だ。楽しく過ごそう。
☆
旅館での宿泊手続きだけあーちゃんのお母さんにしてもらい、荷物等を宿泊する部屋に置いた後、あーちゃんのお母さんは「それじゃあ、楽しんでね~」とどこかニヤニヤした顔を見せ、帰って行った。
部屋に取り残された俺たち三人は、
「「「……」」」
なぜだろうか。気まずい空気が流れている。
寝泊まりする部屋が同じだからだろうか? 舞とあーちゃんはどこか困惑しているような表情を見せている。
俺もここで一晩を過ごすのかと考えただけでどうすればいいのか分からなくなってしまう。
「と、とりあえず、海に行くか」
こんな状況ではさすがにキツい。
それにもうすぐで午後だ。今から海に行けばちょうどいい時間帯になるだろう。
「そ、そうね」
「りょーくんの水着姿見たいし」
舞はぎこちなく返事をし、あーちゃんに関しては俺のセリフじゃないのかと思わずツッコんでしまいそうなことを言う。
とにもかくにもすぐに海へ行く準備をした俺たちはバッグを片手に旅館を後にした。
旅館から徒歩五分のところにある海水浴場にやってきた。
場内は観光客かどうなのかは分からないが、若い男女でいっぱい。俺と違い、チャラい奴らが多い。
舞とあーちゃんは学校内でも美少女として知られている上、こんなチャラい奴らに執拗以上に付きまとわれたり、ナンパにあったりしないか不安ではあるが、
「り、りょーくん……」
着替えから戻ってきたらしい、あーちゃんが顔を赤くしながらもじもじしている。
ちなみに俺も先日ショッピングモールで購入した新しい水着を着用している。一応どうでもいいような情報を言うと、普通の海パンだ。あの売り場にあった変な水着ではないことだけは知ってもらいたい。
「わ、私の水着……どう、かな?」
あーちゃんが赤面した顔で俺を上目遣いで捉える。
「ど、どうって……」
白のひらひらが付いた上下のビキニで一見するとシンプルなデザインに見えるのだが、そこが清楚感があっていい。
おまけに胸が大きいこともあってか、ちょっとした大人の雰囲気が出ていて、お姉さんのような色気さが出ている。
正直な話、あーちゃんは気づいていないかもしれないが、周りの男どもほぼ全員があーちゃんに釘付け状態だ。
そんな奴らにちょっと警戒しながらも、
「い、いい、じゃないの?」
と目を逸らして小さく呟く俺。
だって、なんか気恥ずかしいし。こんな美少女のビキニ姿とか現実では太陽のレベルで直視できない。
俺の感想を聞いたあーちゃんは「えへへ」と言って、嬉しそうに笑う。
「は、早坂! なんで先に行ってるのよ!」
そんな中で少し遅れてやって来たのは舞だ。
舞は早坂に文句を言うと、なぜか俺の方をチラチラと何度か視線を送る。
「なんだよ」
「な、なんだよじゃないでしょ!? なんで早坂にだけ感想を言って、あたしには何も言わないわけ?!」
「だって、それ俺が選んであげたやつじゃん」
「そ、それはそうだけど……」
舞が今着用しているのは先日、無理やり買い物に付き合わされた時に俺が選んであげたやつだ。
上は青と白の縞々模様が入っていて、下は水色のミニスカート状になったもの。髪型はいつもの少し変え、両サイドをお団子にしている。
「はいはい。似合ってますよ」
「なっ?! 何よ! その言い方」
「こっちこそなんだよ。せっかく感想言ってやったのに」
「もっと、なんと言うか……優しい言い方っていうもんがあるでしょ!」
「それを言うならその前に俺に対して優しくしろよ。な? あーちゃんもそう思うだろ?」
俺はあーちゃんに答えを求めたのだが……ふにゅん。
いきなり柔らかい感触が腕全体に伝わって来た。なんと言うのだろうか、腕が包まれてるとでも表現すればいいのだろうか?
なんだろうと気になり、感触がする腕を見下ろすと……
「は、ははは早坂っ! なんでくっついてるのよ!」
あーちゃんが俺の腕に抱きつく感じでくっついていた。
舞はそれに対し、なぜか強く抗議する。
「いいじゃないですか! 舞さんはりょーくんから水着を選んでもらったんですよね?」
あーちゃんは拗ねた感じに頰を膨らませ、舞に強く対抗する。
それを言われた舞はぎくっとなり、何を言い返せばいいのか分かりやすく考え込む。
「え、えーと……で、でもこれは仕方ない! りょーすけが選びたいって言ったから!」
「え、え?! それ違くねーか!?」
なんでねつ造してんだよ。意味が分からん。
それに対し、俺にくっついているあーちゃんが俺をぎらりという感じで睨みつける。
「りょーくん。そうなの?」
あーちゃんはにこっと微笑みながら、そう訊くが、これは俺にしか分からないかもしれない。どことなく威圧感が半端ない。
「い、いや、違う! 俺はそんなこと言ってない!」
恐怖のあまり……というか、事実なのだが、咄嗟にそう言う。
「言ってた」
「舞は少し黙っとけ! それと話をねつ造するんじゃねえ!」
「で、本当はどっちなの?」
あーちゃんの微笑みが怖い。今までは天使のような微笑みとか学校中で密かに言われてはいたが、今は違う。天使ではなく、悪魔の微笑みだ。
真夏で太陽はギラギラと俺たちを照りつけ、気温も高いはずなのに寒気がする。全身が小刻みにブルブルと無意識に震え、何も考えることができない。
––––俺って今どんな表情してるんだろうか。
周りの男らは俺を羨ましそうな目で見ながら、近くを通り過ぎて行くのだけど、俺からしてみれば地獄だ。
そもそもなんでこうなった? 舞の水着を選んであげたのは事実だが、それに対してあーちゃんが怒る要素はあるのだろうか?
普段は優しい性格をしているあーちゃん。ちょっとしたことで怒るということはなさそうだし……なぜだ?
考えれば考えるほど謎が深まる。
「はぁ……まぁ、いいか。じゃあ、気を取り直してご飯を食べよ?」
あーちゃんはため息をつくと、そう言って俺の腕に柔らかいものを押し付けながら、海の家に向かう。
それを見た舞は、むっとした顔つきになり、
「な、なんでだよ!?」
「い、いいから!」
舞まで反対の腕にくっついて来る始末。
周りから見れば、今の俺の状態は両手に花と言ったところだろう。
だが、俺からして見れば、先ほども言った通り地獄だ。両サイドから無言の威圧感がぶつかり合い、それだけで萎縮してしまう。
「ふふふ……」
「フフフ……」
あーちゃんと舞の笑い声が海の家に着くまで、俺たちの間で響いていた。
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