第34話 花火大会④
「もう大丈夫……なんかごめん」
「い、いや、それはいいんだが……」
いかつい男が去って行き、数分。
ようやく落ち着きを取り戻した舞が俺の背中から離れ、すっと立ち上がる。
俺も砕けた腰をなんとか持ち直し、同時に立つ。
そして、時間を確認するためにポケットからスマホを取り出すと、あーちゃんからメールが届いていることに気がついた。
「ちょっとすまん」
俺は舞にそう言うと、少し離れた場所に移動してからメールを開く。
"ごめん! ちょっと急用ができたから来れない。本当にごめんね!"
そういえば、もうすぐで花火が打ち上がる時間なのになかなか来ないと思っていたら、そういうことだったのか。
どんな急用が入ったのか、気にはなったが、大したことでもないだろう。
そう思った俺はあーちゃんに了解の返信を送ると、再び舞のところへ戻る。
「待たせて悪かったな。さっきあーちゃんからメールが来てたんだけどさ、なんか急用が入ったとかで来れないらしい」
それを聞いた舞はどこか申し訳なさそうな表情をして目を伏せる。
「そ、そうなんだ……」
いつもより声が小さい。
まだ先ほどの恐怖を引きづっているのだろう。俺だって、やっと恐怖が消えたくらいだ。女子なら尚さら怖かったに違いない。
とりあえずあーちゃんが来れないということが分かった以上、早めに花火が見やすそうな場所に移動した方がいいかもしれない。
小さい頃、よく花火大会のときに行っていたちょっとした丘。
「え……ち、ちょっと……」
俺は冷たくなり力が抜け切った舞の手を取る。
舞はそんないきなりの行動に困惑な表情を見せ、俺に引っ張られるがまま。
「いきなりで悪いな。俺たちが小さい頃によく行ってた丘があっただろ? あそこに行かないか? あそこなら誰も来ないだろ」
俺と舞だけが知っている花火がよく見える穴場スポット。
舞は下を俯きながらコクンと小さく頷いた。
☆
花火大会の会場から徒歩で約五分。
草木をかき分け、少し登ったところにひらけた丘があるのだが、思っていた通り誰もいない。
どうやらここはまだ俺たち以外まったく知られていないらしい。
目の前にはちょっとした湖があり、夜空に輝く月や星を反射している。
「ここはいつ来ても変わってないんだなぁ……」
「そうだね……」
舞も久しぶりに来たのか、辺りをキョロキョロと見ている。
「とりあえずそこに座るか」
俺はそう言って、丘の中央にそびえ立つ一本の大きな木の根元に腰を下ろす。ここは小さい頃から俺たちの特等席みたいなものだ。
舞も同じように俺の隣にちょこんと座る。
「ここ来るの本当に久しぶりね」
「ああ、そうだな」
しんみりとした空気が流れる。
虫の鳴き声、遠くから聞こえる会場内の音……全てが心地いい。
ずっとこうしていたい……そう思ってしまうほどに心安らぐ時間。
「ここって……こんなによかったんだね」
それは舞も同じようで夜空を見上げたままだ。
俺はそんな舞に不覚にも見惚れていた。
こいつ……こんな顔もするんだな。
十年近くも付き合いがあるということもあって、心のどこかで全て知っていると思っい込んでいたのかもしれない。
「ど、どうしたの……?」
いつの間にか舞が俺の視線に気づいたのか、頬を赤に染めてこちらを見ている。
「あ、い、いや、なんでもない……」
俺は慌てて顔を逸らす。
何ときめいちゃってるんだよ! 相手は舞だぞ? しっかりしろ!
そう思いながら、顔を両手でパンッパンッと叩いていると、舞が「あっ」と言って、夜空に指を差す。
「お、花火打ち上がったか」
夜空には無数の花火が打ち上がり、その下にある湖には色とりどりの花が咲いては消えるを繰り返している。
「キレイだね……」
ふと、舞が小さい声でそう漏らす。
俺は無意識的に舞の方に顔が向いてしまう。
「そう、だな……」
花火の微かな光が綺麗に整った舞の顔を照らしている。
「ねぇ、りょーくん」
「な、なんだ?」
俺は再び顔を夜空に向ける。
それからどのくらいかの間が開き、その間に花火が打ち上がっては破裂する音だけが静寂な丘を支配していた。
「あたし……いつからこうなってしまったんだろうね」
幾分か経ち、口を開いたかと思えばこれだ。
一体どういう意味なんだ?
考えても今の俺には分からない。
「さぁな……」
だから適当に答えることにした。
それを聞いた舞は「そうだよね」と小さく呟くと、再び花火の音が辺りを支配する。
舞と久しぶりの花火大会……前に行った時もこんな感じだったのだろうか。
「また来ようね」
舞の言葉とともに最後の花火が盛大に打ち上げられ、夜空いっぱいに花を咲かせた。
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