第31話 花火大会①

 終業式が終わり、夏休みに入った今日。

 太陽も沈み、夕暮れ時になった頃、俺は家の玄関先で待ち合わせをしていた。


「お、遅い! いつまで待たせる気……」


 そう言って、隣の家から出て来たのは舞だ。


「いや、遅くないだろ。もう口癖になってるんじゃないか?」


「う、うるさい……バカ……」


 夕日のせいだろうか? 舞の頰が赤く染まっているように見えた。

 ––––こいつ……こんなにしおらしかったか?

 そう思ってしまうほど、舞が可愛く見えて仕方がない。


「あ、あのさ……あたしの浴衣……どう、かな?」


 舞が巾着袋を両手で持ちながらもじもじと恥ずかしそうな仕草をする。

 桃色の生地に花柄があしらわれた浴衣。

 髪には髪飾り的なものがつけられ、普段の舞とは雰囲気が全然違うように見える。

 ––––何、舞ごときにどきどきしちゃってるんだよ俺!

 相手は舞だ。いつも俺に対してトゲトゲしい態度しかとらない幼なじみだ。

 舞の浴衣姿は小さい頃から見慣れて来ているはずだ。今更どきどきする方がおかしいだろ。


「に、似合ってるんじゃ、ねーの?」


 つい顔を背けてしまった。

 こんな感想しか言えない自分が非常に腹ただしい。もっといいことが言えるはずなのに。

 きっと俺の感想に満足してもらえないだろうなぁと思っていたのだが、舞の反応は予想外だった。


「ありがと……えへへ」


 舞が嬉しそうな表情で素直に礼をいい、小さく微笑んだ。

 俺は虚をつかれたような表情になる。


「ど、どうしたの? あたし、何か変なこと言った?」


 俺の反応を見た舞は不安そうな眼差しでそう訊く。


「い、いいや、別になんでもない。じゃあ、あとはあーちゃんだけだな」


 俺は舞に背を向けた。

 このまま対面に向いていれば、なんかヤバそうだと直感したからだ。

 美少女と二人……あーちゃんが来るまでの間、悶々とした気持ちを耐えられるだろうか……。



 それから数分後。

 あーちゃんからメールが届いた。

 俺はポケットの中にあるスマホを取り出し、内容を確認する。


「舞、あーちゃんなんだけど……少し着付けで時間がかかるみたいなんだ。だから先に行ってていいよっていうメールが届いたんだけど……」


「そ、そうなの? じ、じゃあ、早く行こ?」


「お、おう……」


 なんだか嬉しそうに見えたのは気のせいだろうか?

 とにもかくにもあーちゃんが先に行ってていいと言っているから俺と舞は先に行くことにした。

 隣に並び立って歩道を歩く俺と舞。

 こんな光景いつぶりだろうか……覚えてないけど、新鮮だと思えるくらい花火大会へ一緒に行くのは久しい。

 

「ねぇ、りょーすけは覚えてるかな?」


 それまで無言だった舞が口を開く。


「え?」


「いつだったか、花火大会の会場に二人で向かっているとき、りょーすけがドブに落ちたこと」


「……そんなことあったか?」


「あったわよ。一箇所だけ蓋がされてなくて、そのまま片足がバシャッて」


「それで俺はどうなったんだ?」


「せっかく着ていた浴衣が泥まみれになって、お母さんに怒られてた」


「そんなことがあったのかぁ」


 俺の記憶には全くなかった。

 それくらい昔の話ということなんだと思うけど、その話を俺にしている時の舞はどこか懐かしむような目をしていて、時折微笑んだりしていた。

 

「ねぇ、りょーくん」


「ん?」


「また、こうして一緒に花火大会に行けること……嬉しい?」


 俺は無意識的に舞の方を見る。

 舞の目は何かを恐れているようで悲しさすら感じさせた。

 今の言葉はどういう意味なんだろうか……考えても分からない。


「やっぱり、今のやつはなしね」


「え?」


「え、じゃない! さっさと忘れなさい!」


 そう言って、舞は俺の肩をぽんぽんと叩く。

 今回のは痛さすら感じさせず、なぜか心にじわぁ〜と来るような優しさのある強さだった。

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