第26話 それぞれの親友

「どうしたの?」


 教室に戻ると、結花が心配そうな表情をしていた。

 俺はいつものように結花と昼食をとるべく、自分の席から弁当を取りに行ったあと、結花の対面の方に座る。


「ちょっといろいろあってな……」


「いろいろって? 顔がだいぶやつれているように見えるけど……」


 鏡が今手元にないから自分の顔がどうなっているのかわからない。

 結花は何があったのか気になっているようだが……言わない方がいいんだよなぁ。

 鮫島さんからは先ほどの件については、特に口止めをされているというわけではない。

 が、直感的にというのだろうか……もしかしたら、生まれ持った野生的な危険感知かもしれないが、先ほどの件については絶対に言ってはいけないような気がする。

 これは俺自身の安全のためでもあり、それを聞いてしまえば結花自身も危ない。


「い、いや、結花に相談するほどのことじゃないよ」


 だから、俺はさっきの出来事を忘れることにした。

 あれはただの悪夢。どこかで寝落ちしていたのかもしれない……いやいや、どこかで寝落ちってどういうことだよ。

 そうは言ったものの、結花はまだ心配した様子。


「りょーすけ、僕たちは親友だよね?」


 結花の表情が厳しくなる。


「あ、ああ、そうだけど……」


「親友同士なら、隠し事とかはしない! どんなことがあっても僕は君の味方だから」


 なんてええ子やぁ~!

 俺は感動した。今の時代にこんないいやついるか? 滅多にいないと思うぞ?

 もし、結花が女の子だったら、俺は自信を持って、惚れていると思う。

 というか、もはや惚れたわ。もう同性同士でもいいから毎朝俺を起こしてくれない?


「ありがとな。でも、本当になんでもないから」


 だが、俺は結花を守りたい。

 せっかく心配してここまで言ってくれた結花には申し訳ないが、俺は嘘を貫くことにした。

 それを聞いた結花は、


「……そっか。分かった」


 どこか悲しそうで残念そうな表情でそう答える。

 

「でも、本当に何かあった場合は遠慮なく僕に相談してくれてもいいからね?」


「おう、その時はよろしく頼むよ」


 そして、俺と結花のいつも通りの昼食が始まった。



 あたしは親友である桜を自分の席で座りながら待っていた。

 桜とはいつも毎日のように昼ごはんを一緒に食べている。

 今日もそのつもりでだったんだけど、なんか「用事があるから少し待ってて~」と言ったきり、授業が終わってすぐに教室を出て行った。

 ––––何してんだろ……?

 こんなことは滅多にないということもあって、少し気になるんだけど、あたしはスマホをいじりながら、桜が帰ってくるのをひたすら待った。


「ごめんね~、少し遅くなっちゃったぁ~」


 戻って来た桜が弁当を片手にあたしの対面に座る。


「少しどころじゃないでしょ!」


「そうかな~? まだ十分くらいしか経ってないと思うけどなぁ~?」


「十分も経ってるでしょうが!」


 十分は相当長いと思うけど、これってあたしだけかな?

 桜の性格がもともとおっとりしている感じだから、行動もおっとりしていて感覚的にもおっとりしているだけだと思うけど。

 とりあえず、あたしは弁当のフタを開ける。

 

「そういえばなんだけどさ~、まいたん今日元気がないように見えるけど~何かあったの~?」


「何かって……別に何もない」


「そお~? 私が見る感じだと~いつもより元気がないんだけどな~」


 そう言って、桜も弁当のフタを開ける。

 桜は何かと勘が鋭い子。あたしが何かを隠していると、すぐに感づいてしまう。

 あたしだって相談しづらいことだってある。

 が、隠し通すことは無理だと思う。


「あのさ、相談があるんだけど……いい、かな?」


「うん、いいよ~。なんでも言って」


「こ、これはあたしの友だちの友だちの悩みなんだけどさ……」


「うん」


「その子はもともと幼なじみが好き、だったんだけどさ……ある日突然転入生がその幼なじみのクラスに来たんだけど……」


「それで~?」


 桜はポテトサラダをはむっと口にしながら、話の続きを促す。


「そ、その転入して来た子が、もう一人の幼なじみらしくてさ……その転入して来た子も幼なじみのことが好きみたいで……」


「ふ~ん。ちょっと幼なじみっていう単語が多すぎて~分かりづらかったけど~、要するに一人の男の子を二人の幼なじみちゃんが取り合ってるってことかな~?」


「と、取り合ってるってわけじゃ……」


「ん~? 違ったかな~?」


「い、いや……違わないけど」


「けど、何?」


「その転入して来た子が何もかも完璧すぎるの! 容姿も頭も運動神経も! おまけにスタイルだってモデル並だよ!? どう考えても勝てるわけないじゃん!」


「そうかな~? 私はいい勝負だと思うけどな~?」


「いい勝負?」


 どこがいい勝負だと思うんだろう?

 あたしと早坂じゃ、断然な格差があるし、どうあがいたって魅力では勝てない。

 それなのに桜はなんでそう思ったのか……あたしは不思議に思った。

 そのあたしの表情を見た桜は説明を付け足すように言う。


「よくよく考えてみてよ~。転入生って言っても、りょーすけくんが小学校に上がる前までの幼なじみでしょ~? それに比べて、まいたんは小学校から今日まで幼なじみとして過ごして来たわけでしょ~? つまり、私が言いたいのは~、りょーすけくんはどちらに心を許しているかってことだよ~」


「心を許すって……?」


「りょーすけくんの態度を見れば分かるよ~。早坂さんに対しての態度とまいたんに対する態度って~全然違うでしょ~?」


「そ、それは……たしかに」


「早坂さんに対する態度は~なんと言うか~仲のいい友だちって感じがしない~? それに比べたら~まいたんに対する態度は~砕けているって言うのかな~? 身内に近いような感じなんだよね~。それこそ、まいたんを呼ぶ時は呼び捨てでしょ~?」


「うん……でも、早坂には『あーちゃん』って呼んでるよ?」


「それは~昔の呼び方をそのままにしているだけでしょ~? 私的には呼び捨ての方が断然にいいと思うし~、親密性もあると思うけどな~」


「そっか」


 桜の話を聞いて、あたしはなぜか納得してしまった。

 桜の話が正しいというわけでは決してないのに、無意識的にそうに違いないと確信してしまう。

 あたしはどこかスッキリしたような感じがして、弁当の中身をつつく。


「元気に戻ってよかった~。これからもまいたんの恋応援してるからね~」


 桜はあたしの表情を見て、そう言って微笑んだ。

 ––––あたしってそんなに元気がない顔をしていたのかな?

 そんな意識はなかったとおもうけどなぁ……。


「って、これはあくまであたしの友だちの友だちの相談なんだからねっ!」


「ふふふ……顔を赤くしちゃってもぉ~可愛いんだから~まいたんは~」


「まいたんって呼ぶなっ! あと顔も赤くないしっ!」


「そうかな~? 私の目には熟れたりんごみたいに真っ赤なんだけどなぁ~」


「もお! うぅ~……」


 あたしは恥ずかしさのあまり顔を両手で隠す。

 あたしとしたことが……うっかりしていた!

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