第25話 鬼怖えじゃねーか!

 翌日の月曜日。

 午前の授業が終わったと同時に、教室の前方入り口に見覚えのある子が俺に向かって手招きをしていた。


「りょ~すけく~ん。ちょっといいかな~?」


 このおっとりとした声……間違いない。舞の親友である鮫島桜さめしまさくらだ。

 鮫島さんは、舞と同じクラスでテニス部だったはず。

 見た目は、ショートカットのゆるふわパーマに目は若干のタレ目。動物で例えるならタヌキみたいな人だが、顔は整っていて、美少女の部類に余裕で入る。

 身長は舞より少し高いくらいか? 成績もあーちゃんほどではないにしろ、舞から聞いた話では良いらしく、運動神経もあって、学業では優秀。

 周りからは、おっとりとした性格が多少なり、年上のお姉さん感があるということからか、年上好きの男子からは絶大なファンがいるとか。

 そんな子が俺になんの用なんだろうか?

 昼食を一緒に食べる予定だった親友の結花に一言入れてから俺は鮫島さんのところに向かう。


「ごめんね~? ちょっと話したいことがあって~?」


 そう言って、ニコニコスマイルを見せる鮫島さん。

 舞からはSっ気が少しあって、怖い子とは聞いていたが……全然怖くねーじゃん。

 

「話したいこと? 俺に?」


「そうなの~。ここだと人目があるから~屋上に出る階段のところまで行きませんか~?」


「あ、ああ……」


 なぜ人目を気にするのだろうか……もしかして、告白……とか?

 ––––よっしゃああああああ! 俺にもついに春が来るのかあああああああ!

 と、思ったが、いやいや少し落ち着け。

 この俺にこんな可愛い子が告白をしてくるとは思えない。

 きっと別の話に決まっている。

 俺と鮫島さんは廊下を歩き、やがて屋上に出る扉前の踊り場にたどり着いた。

 ここは蛍光灯も切れていて、少し薄暗い。屋上に続く扉のガラスから差し込む太陽の光だけがこの場所を照らしている。


「それで、話って……?」


 俺は内心ドキドキしながら、ある期待をしていた。

 だが、その期待は一瞬にして飛散することになる。

 鮫島さんは、ニコニコスマイルのまま俺を壁際に追いやると、片足をドンッと壁に立てる。

 ––––え? 俺、今足ドンされてる?

 状況が読めないまま、俺は鮫島さんを見つめる。


「今日、まいたんの元気がなかったんだけどさ、りょーすけくん何か知らない?」


 顔は笑っている。なのに、目が笑っていなかった。

 この場所が薄暗いということもあり、目元には黒い影が落ち、雰囲気も先ほどとは全く違う。

 簡単に言えば、人格そのものが入れ替わったみたいだ。


「し、知らないけど……」


 俺は恐怖を感じながらそう答えた。

 無意識的に悪寒が背中を駆け巡り、鳥肌が全身に立っている。


「そう……」


 鮫島さんは俺の目を数秒間じっと見つめたあと、嘘をついていないということが分かったのか、片足を地面に下ろす。

 そして、何事もなかったかのように先ほどまでのおっとりとした鮫島さんに戻る。


「りょ~すけくんも知らないとなると~……まいたん一体どうしちゃったんだろうね~?」


「ま、舞に何か……?」


「特に~何かあったと言うわけではないんだけど~、朝から少し元気がないな~って思って~」


 たしかに今日の舞はいつもより少し元気がないように見えた。

 と言っても、態度はいつもと同じだったから気のせいかと思って、気にしないではいたんだが……。

 俺は土曜日の買い物の時を思い返す。

 もしかしたら気づかないうちに何か悪いことでもしていたのかもしれない。

 が、思い返してもそういったことはなく、普段通りの買い物だった。


「何か思い出したら~私に伝えてくださいね~」


「う、うん、分かった」


「もし~伝えなかったら~……」


 と、次の瞬間。空気を切り裂くようなスピードで俺に接近したと同時に首元にはハサミらしきものが突きつけられていた。


「ヒッ?!」


「どうなるか分かりますよね?」


「わ、わわわわわわわわかったから!」


「それでよろしいです~。それではまた近いうちに~」


 そう言うと、鮫島さんは俺から離れ、階段を降りて行った。

 妙な緊張感から解放された俺は、一気に腰が砕ける。


「な、なんだったんだ……?」


 先ほどは怖くないと思っていたが、訂正しよう。

 ––––少しどころじゃなくて、鬼怖えじゃねーか!

 その後、俺は数分間その場から動くことができなかった。

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