第5話 掃除時間

 職員室を出た後、俺と早坂さんは一緒に武道館に向かっていた。

 ——いや、一緒にという表現はあっているのだろうか……。

 と、思うのも、俺が案内も含め、先頭を切って、廊下を歩いているのだが、早坂さんはその二メートル後ろをちょこちょこと歩いている。

 俺はちょくちょくちゃんと着いてきているか、後ろを横目で確認してはいるが……何この微妙な距離感。

 二メートルといえど、そこまで離れすぎているというわけではないが、逆に近くもない。

 やはり俺には何かあるのかということは、もうすでに確信はしているし、本人の口からも先ほどの職員室で嫌いではないことは聞いている。

 ——いや、待てよ? 職員室のは社交辞令、という可能性も……。

 そうマイナスに考えれば、考えるほど、この微妙な距離感がそう思わせてくる。

 と、とりあえず本人も嫌いではないということは一応言っている。そのことを信じようと思った頃、ちょうど体育館横にある武道館に到着した。

 俺は武道館入り口の扉を開け、シューズを付近にあった靴箱へとしまう。

 早坂さんも同様に俺の見よう見まねでシューズを靴箱に入れた後、距離感を保ちながら、俺の後を着いてくる。


「じゃあ、まずは掃除道具がある場所を教えるんだけど——」


 俺は気を取り直して、掃除道具が直してある用具入れの場所を教える。

 教えながら、ちゃんと聞いているだろうか様子を横目でちらちらと確認をする。

 こくんこくん。

 可愛らしく頷きながら、俺の話を熱心に聞いていた。

 ——この調子なら早坂さんとも話せるんじゃないか?

 俺と早坂さんの間には、確実に何かがある。そのせいで距離がなかなか縮まらない。

 職員室での平先生のおかげもあり、今朝よりかはたぶん距離は縮まっていると思う。

 が、普通に話せるようになるのは……人見知りの可能性も考えるとまだまだだ。


「じゃあ、掃除道具の場所は分かったよね? 質問とかある?」


 説明を終えたところで、一度俺は早坂さんの方に振り返る。

 すると、早坂さんは目線は逸らしたものの、あからさまに顔を背けるということはしなかった。

 

「と、特には……」


「そ、そう? じゃあ、次は畳をほうきで掃いていくから窓を開けてくれるかな?」


「……(こくん)」


 俺は、普通に早坂さんと意思疎通が出来ていることに感激していた。

 今日、転入してきたばかりだから意思疎通が出来て感激するのもどうかとは思う。

 でも、俺と話そうとしなかった早坂さんが顔を背けることなく、俺の指示まで従ってるんだよ? 結構な成長だとは思わない?

 ——この調子ならいける!

 そう確信した俺は、柔道場の畳を掃き残しがないよう、掃きながら質問を考える。

 やはり転入してきたばかりということで早坂さんのことが知りたい……深い意味はないよ?

 ただ前はどこに住んでいたとかその辺りの質問がいいだろう。転入してきた理由とかは人によってだが、過去を知られたくないものかもしれないし、言えないことだってある。そこはちゃんと配慮すべきだ。

 俺は、一旦深呼吸をする。ちゃんと応えてくれるだろうかという不安もあるが、ここで話さなくちゃ、チャンスはもう無いかもしれない。


「あ、あのさ、早坂さんはここに来る前、どこに住んでたのかな?」


 どうだろう……と思い、早坂さんの方を見る。

 すると、早坂さんの動きが止まった。

 ——訊いちゃマズかったか?

 そう一瞬思ったのもつかの間だった。


「は、疾風町……です」


 小さな声で振り返りもせず、そう言った。

 

「疾風町か……俺も昔そこに住んでたんだよ」


 そう言うと、早坂さんがこちらを振り返る。

 俺はその予想外の反応に少し驚いたが、早坂さんの目はまっすぐに俺を捉え、何かを訴えかけているようにも見えた。

 ——なんだろう……この感じ。

 早坂さんの顔を改めて見ると、なんかこう胸の奥がもやもやするというか……何かが出てきそうな感じになった。

 同じ街に住んでいた者同士だからなのか、親近感すら沸いてくる。

 いや——俺は早坂さんのことを知っているかもしれない。このもやもやもそう。同じ街に住んでいたからには絶対にどこかで会っているはず。

 俺は改めて記憶を辿る。

 

「も、もしかして……?!」


 で、でも、あの子とはもう十年以上も会っていない。

 だけど、雰囲気とかはなんとなく似ているような気がする。

 俺はある女の子を思い出した。それは俺のもう一人の幼なじみであり、十年くらい前に俺が引っ越したことを機に連絡も取らなくなった子。

 偶然であっても、こんな再会の仕方はあるのだろうか? まるで漫画の世界みたいじゃねーか。

 目の前にいる早坂さんは何か期待をこめた目で俺を見つめている。

 俺は確認の意味合いも含め、次の質問をする。


「早坂さんって……保育園はどこだった、かな?」


 俺の心臓がバクバクと高鳴り、息苦しい。

 決して暑くもないし、寒くもない春のような今日。俺の背中は冷や汗で濡れ、悪寒が全身を駆け巡る。

 どんどんと思い出していく、十年前の記憶。脳のシナプスがビシッと繋がった感じがした。


「に、にこにこ、保育園……」


 早坂さん——いや、俺のもう一人の幼なじみ”あーちゃん”が小さい声でそう言った。

 その瞬間、もやもやした感じも嘘のように消え、つっかえていたものがスッキリしたような感覚が全身に走る。


「あ、あーちゃん……?」


 俺がそう呼んだ瞬間、あーちゃんはぱぁ~と花が開いたかのような笑顔を見せ、俺のところに駆けて来た。


「やっと思い出したんだねっ!」


 そう言って、先ほどとはまるで別人のようなはっきりとした声で俺に抱きついてくる。

 十年ぶりの再会とはいえ、あーちゃんはすっかり見違えるように変わっていた。

 幼かったあの頃とは違い、髪もさらさらのロングストレート。顔もモデル並みに美少女で胸も大きく、身長も俺の首当りまである。


「ごめんな。十年ぶりだったから気づけなかった」


 俺はそう言って、謝ると「ううん」と言い、俺の胸に額を押しつけ、すりすりしている。


「な、何してんだ?」


「久しぶりのりょーくんに嬉しすぎて、幼なじみ成分を補給しているの」


「そ、そうか」


 と、納得しかけたが……幼なじみ成分ってなんだよ!?

 こんな美少女に抱きつかれた挙げ句に胸元ですりすりされ、そのせいであーちゃんの胸がちょくちょく腕とか身体に当たって……もう天国ですか!? 

 俺は必死に理性を保ちながら、未だにすりすりしているあーちゃんを引き剥がす。


「むぅ~……なんで引き離すんですか!」


 頬をぷっくりと膨らまして拗ねるあーちゃん。

 俺の幼なじみって、こんなに可愛かったの?


「なんでって、こんなことしてたら掃除時間が過ぎちゃうだろ!」


 本当は理性が崩壊寸前だったからというのが理由だが、真面目っぽく嘘をついた。

 まぁ、嘘とはいえ、こんなことを続けていれば、本当に掃除時間がすぎてしまうのは事実。そのことに納得したあーちゃんが名残惜しそうな表情をしながらも「分かった……」と言う。


「でも、これからはずっと一緒だよ?」


 最後にそんな甘い言葉が聞こえたような気がした。

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