第4話 職員室まで呼び出しを喰らった

 午後の授業が終わり、掃除時間に入ろうとしていた頃。俺は急いで職員室に向かっていた。

 というのも先ほどの放送で呼び出しを喰らったのだが、正直な話、何をやらかしてしまったのか、最近の出来事を思い返しても記憶がない。

 大体、放送で呼び出されるやつらって、何かをやらかしてしまったというやつが多い。

 俺もその類いなんだろうと思ったのだが、なんで呼び出されたのかがどうしても分からないでいた。

 職員室までの道中。とりあえずどんなことでも使えるような言い訳は考えた俺は、

 

「失礼します」


 職員室前にたどり着いたと同時にそう言って、引き戸を開け、中に入る。


「遅かったな」


「え、えーっと……はい、すいません」


 いきなり呼び出されたため、遅くなるのは当然なのではと思ったのだが、今は火に油を注いだところで俺への被害が拡大してしまう。

 いかにも威圧感をまとっている俺の担任、平先生がデスクチェアにもたれ掛かりながら腕組みをし、足組みをした状態で俺を睨めつけていた。

 平先生のデスクは、職員室出入り口前にある。

 俺は、短い距離を恐る恐るゆっくりと歩き、平先生の目の前に姿勢を正して、直立する。


「な、何の御用で……?」


 何で怒られてしまうのだろうか……どことなく緊張感が漂い始め、恐怖で額から汗が滲みだす。

 が、平先生は俺の反応を見て、突然プッと吹き出した。


「やはり君の反応は面白いなあ!」


 俺は一瞬何がなんだか意味が分からず、目が点になる。


「……は?」


「いやいや、すまない。別に呼び出すというほどの用事はなかったんだよ。あ、いや、用事は一応あったな。だが、いちいち神崎を呼び出すために教室に行くのもめんどくさいだろ? だから、放送で呼び出した」


 先ほどの緊張感と恐怖心が嘘のように消え、それと同時に俺の中で怒りがこみ上げてきた。

 俺は何で怒られてしまうのか、ひやひやしていたのにめんどくさいから放送で呼び出したって? しかも、職員室に入る時も怒っているような演技をしやがって……!


「……今度から放送で呼び出すのやめてくれませんか?」


「ああ、出来たらな」


「いや、絶対にしてください!」


「はいはい、分かったよ」


 確信した。この人絶対に分かってない。

 ……こんなのがこれまでよく教職員を続けられたな。

 そんなことを思っていると、ふと隣に誰かがいることを今更ながらに気づき、そちらに目線をやる。


「な、なんで、早坂さんまで?」


 早坂さんはスカートの裾をぎゅっと握りしめたまま、俺とは反対方向に顔を背けた。

 ――そこまで俺の顔を見たくないのか……。

 と、思ったのだが、そうなってくると、今朝のことと言い、昼休みのことが矛盾してくる。

 じゃあ、なんで顔を背けるんだろう……という疑問にまた行き着いてしまい、ループするのだが、今はそのことではない。

 俺が職員室に入る時は、いろいろと焦っていたからだと思うが、たぶん俺より先に来ていたのだろう。


「ああ、そうだったな」


 平先生は忘れていた用件を思い出したかのようにそう言うと、腕組みをやめ、デスク上に置いてあった缶コーヒーを一口飲む。


「今日、神崎と早坂を呼び出したのは掃除場所についてなんだが」


「掃除場所ですか……」


「神崎の掃除場所って、たしか……武道館だったよな?」


「はい、そうですけど……」


「今回、早坂が転入してきたということで掃除場所をどこにしようか考えていたのだが、神崎の武道館って、一人だっただろ?」


 俺が担当している武道館は体育館横にある。

 武道館には柔道場と剣道場がそれぞれ同じ広さで半分に分けられている。武道館の構図はどの学校も大体似たようなものだとは思うのだが、俺はそこを一人で平日、掃除をしている。

 というのも、武道館の方に流せる人がいないという理由もあるし、そもそもこの学校ではもう柔道部と剣道部は廃部になっている。その理由もあってか、使わない武道館を綺麗にしたところでという雰囲気もあり、掃除員は一人となっているのだが、広すぎてキツい。

 いや、自分で選んだからには知らなかったとはいえ、先生にあまり文句は言えない。でも、増やしてもらえるよう前に話したこともあったが、無理だと言われ、二年に進級してからの約一ヶ月間を一人でほうきとモップをこなしていた。

 今回、早坂さんが転入してきたということで武道館に決められたみたいだが、


「早坂、掃除場所は武道館にしようと思っているのだが、不服とかはないか?」


「え?! あ、い、いえ、特には……」


 そう言って、早坂さんは一瞬驚いた表情を平先生の方に向けると、すぐに下を俯いてしまった。

 ほのかに頬が赤くなっているのは生まれつきなのだろうか? なんか、ずっと赤いような気がする。

 その反応を平先生はどう捉えたのか、俺にジト目を向けながら、


「神崎が嫌いとかはないか?」


「ち、ちょっと待ってください! 質問の内容がおかしくないですか!?」


 質問の内容があまりにもド直球すぎるんだが?!

 たしかに人には好きな人もいれば、逆に嫌いな人もいますよ? 「私には嫌いな人はいません」みたいなお人好しはこの世界中探してもいないと思う。

 しかしですよ。平先生は俺に恨みでもあるの? そのままド直球に訊いちゃマズいでしょ。しかも本人の目の前で! 

 その様子を見ていた早坂さんは一瞬吹き出すもすぐに両手で口元を覆い隠す。


「き、嫌いでは、ないです……」


 そう消え入りそうな小さな声で呟く。


「そうか、それは残念だ」


「何が残念なんです!?」


 本当に俺に何の恨みが……。

 と、思ったが、平先生の表情から見て、本気でそう言っているようには見えない。

 俺の解釈ではあるが、たぶん冗談で言って、場の空気を和ませようとしたのだろう。

 今日転入してきたばかりの早坂さんにはまだ、馴れていないところもあるだろうし、知らない人ばかりでいろいろと不安だと思う。その不安を少しでも解消させてあげようという目的から俺をいじったと思うが……もし、早坂さんが俺のことを嫌いとか言ってたら、明日から不登校になってたからね?

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