第3話

「“おねえちゃん“、君の家はこの方角であってる?」


「おっ...!...リーシャよ。ポーラル村のリーシャ。」


「俺はルイ。王都から来た。」


二人は名乗り合い、他愛無い会話を交わした。ルイがリーシャを馬に乗せ、自宅まで送っている最中だ。


「全く、君の勇敢さには脱帽だよ。闇猟りをしているような危ない奴にくってかかるなんて」


「だっ!だって、つ、捕まえなきゃと、おもっ、て...」


「君が捕まりそうだったじゃないか」


呆れ顔でルイが言う。リーシャは言い返したいが事実をいわれぐぬぬと押し黙る。それを見たルイはプッと吹き出しケラケラと笑うのであった。


ーーーーー


「リーシャ!」




青ざめた顔で叫んだのは1番上の兄、ロイだった。


「突然にすまない。こちらのお嬢さんが林で闇猟りの犯人の貴族に乱暴されそうになっていた。私含め騎士団たちが闇猟りの犯人を捕まえに見張を立てていたのだが...。怖い思いをさせてしまった」


申し訳ない、とルイは頭を下げ、リーシャをロイの元へと導いた。




「ああ、リーシャ。心配したんだよ。」


ほっとした顔で、2番目の兄のライルがリーシャの方に手を置く。


「妹がお世話になりました。あの、貴方様は...」


ライルが声をかける、と


「王子様さまああああああ!!」


一際大きな声で目をキラキラさせながら部屋の奥から走ってきたのはアリアだ。


「えっ?!うわっ」


もう逃がさないと言わんばかりにアリアがルイに飛びついた。


「きっとまたお会いできると思っていたわ!ウサギの王子様!」


「そっ、そうか、昨日の君の家でもあったね」


ルイは苦笑しながらも、優しい笑顔でアリアの頭を撫でる。


「お姉ちゃんも助けてくれたの?ありがとう!やっぱり貴方は王子様なのね!」


「いっ、いや、私は....」


「こらアリア!恩人さんは困らせてはいけないよ。貴方様は、きっと王都の保安騎士団の団長さんだろ。肩のタペストリーの紋章が王都のものだ。」


ロイはこんな田舎村に王子様が来るわけないだろ、とアリアに笑いかける。アリアは、私にとっては王子様だもん、とツンとした表情を見せた。




「ま、まぁそのようなものです...」


「よし!団長さん、今夜はお礼に夕飯を食べていってくれよ。大したものはないが、妹二人助けてもらったお礼をさせてくれ」


「ロイ兄さん素敵だわ!王子様、ぜひゆっくりしていって!」


ロイとアリア、そしてルイがわいわいと盛り上がる中、家族の顔を見てやっと安心できたのか、リーシャが、ふぅ、と一息吐く。


「リーシャ、本当によかった。怖い思いをしたんだろうけど、怪我などはなかったのかい?」


優しくライルが声をかける


「ライ兄さんありがとう。腕を強く掴まれて...。赤くなっているけど大丈夫。それくらいだわ。」


男に掴まれた手首は、のちに青痣になりそうなくらい赤くなっていた


「ひどいじゃないか!すぐ冷やそう。こっちにおいで。ついでに服も泥だらけだ。着替えよう」


リーシャはライルと共に奥へと入っていった。




ーーーーーーー




「へぇ〜!団長さんはまだ嫁さんもらってないのか!」


「今、妃こう....え、えと、嫁候補を周りのものが探しています」


ロイとライルは、ポーラル村産の野菜や鴨、特別に育てられた豚の肉など、できる限りのご馳走でルイをもてなしていた。ルイはというと、いつのまにか騎士団の団長と思われ、訂正しようかとも思ったが、このままのほうが気を遣わせずにいいだろうと話を合わせ楽しんでいた。


ルイは今年で20歳になる。王子としても、もう結婚相手を決めておかなくてはならない年で、城は隣国の姫や令嬢たちを片っ端から見繕い大慌てであった。


「周りのものが探してる...って、やっぱ団長さんもいいとこのお坊ちゃんって感じだもんなぁ。」


「アリアが!アリアが立候補するわ!」


テーブルに両手をつき、ぴょんぴょんと跳ねながらアリアが騒ぐ。ライルが、こら、と優しく座らせ直した。


「おぼっちゃまって大変ね。結婚相手も自分できめられないなんて」


リーシャはというと、なぜか昼間の一件からルイの顔を見ると胸がざわつき、素直に言葉が出せなかった。今も少し言葉にとげを残して、ルイを戸惑わせてしまうくらいだ。


「まぁ...恋愛結婚もできない貴族の“ボンクラ“ですからね」


「なっ...!」


“ボンクラ“は、昨日リーシャがルイを闇猟りの犯人とまちがえて言い放ってしまった言葉だ。リーシャはバツが悪く、顔を赤くし俯いてしまった。


それを見たルイは、また楽しそうに笑みを溢す。


「自分もできれば素敵な人と出会って、ごく平凡な...結婚というものをしてみたいですがね。欲を言えば、面白い人と結婚したいなぁ」


とルイ。


「面白い?可愛いじゃなくて?」


思わずアリアが目を丸くして聞く


「退屈しない人がいいかな」


最近は毎日のようにどこぞのご令嬢だ、お姫様だ、などと謁見の席が設けられる。


正直うんざりしていた。


つまらない社交界の話、わかりもしないドレスの話、やたらめったら素敵だなんだと褒めちぎられ、会ったばかりなのに好きだと目を潤ませる女たち。


それもあり、ルイは闇猟りの犯人さがしなどという、王子自ら行うようなことでもない事件を、理由をつけて担当し、城を抜け出していたのだ。


しかし自分ももう20歳。


時間には抗うことが出来ず、国のために、民の安心のために、将来の王妃候補を決めなくてはいけなくなっていた。


だったらせめて、面白い妃がいい。


自分のことを退屈させない、面白い妃。


人形のようにただそこにいるのはダメだ。民のために使うべきお金を、自分のわがままのために使うような妃はもってのほか。


現実で、謙虚で、民のことを共に思い、国の繁栄を共に願ってくれるような。


自分の周りにはいないような女性。


そんな人をルイは望み、待っている。


なぜだかふと隣に座るリーシャを見た。


まだ少し顔を赤らめながら、可愛く拗ねたような表情でスープを飲んでいる。


(この子みたいな人なら、退屈しないのだろうか...)




ーーーーー


「すっかり長居してしまい、失礼いたしました」


帰りの支度をしながらルイが言う。


「いや、本当は泊まっていってほしいぐらいなんだが。団長さん、遠慮しなくてもいいだぞ?」


ロイは酒の相手が見つかって嬉しいようだ。また来いよ、絶対こいよとルイの方を抱きご満悦だ。


「城の...い、家のものが心配しますから。では」


「あっあの!」


思わずリーシャが呼び止める。


「今日はありがとう。あと...ボンクラだなんて言ってごめんなさい。」


顔を真っ赤にしながら俯いて謝るリーシャに、ルイはふっと優しい笑みを浮かべた。


「どういたしまして。リーシャ、危ない目に遭いそうな時は戦わず逃げること。君は女の子なんだから」


「おっ...女の子...」


端正な顔に優しい笑顔。リーシャは彼をみてますます顔が火照っていくのを感じた。アリアが限界を迎えて寝てしまった後で良かったと心から思うほど。


ルイは馬にまたがり、颯爽と城へと帰っていった。



《続く》

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