第4話

「なにっ?!王子様が?!」


「あぁ、ヘーゼル伯爵が捕まった。村の娘が現場を見ていたという話だ」


「お、俺たちは?!俺たちは見られて無いよな?!」


「おそらく....しかし、その娘、危ないかもしれんな。口封じをしておかないと....」


リーシャの家で皆が楽しく夕食をとっていた夜、とある貴族の屋敷では、男数人が部屋にあつまり、声を落として何やら話を進めていたー・・・




ーーーー


「王子、本日は午前の政務会議の後、ランチとなりますが、そのランチは隣国セルフィート王国の第四姫君であらせられるマチルダ様との会食に変更となりました」


「はぁ...またか。キース、なんとかしろ」


「なんともなりません」


平然とした顔で、ルイの命令をピシャリと跳ね除けるキース。彼は王都保安騎士団の指揮官でもあり、王子であるルイの専属の世話役でもある。


ふたりは同い年の20歳。王子と騎士、などという任の無い幼少の頃より共に育ち、この王国の正常かつ豊かな繁栄のため力を合わせてている。


「王子の気持ちも分かりますが、通常の王子でしたらば18歳の時点で妃候補は決まっているもの。しかしながら、のらりくらりとかわし続けて早2年。王室の女たちが焦り始めるのも無理ありません」


「のらりくらりって....俺は国王のためとおもって政務に励んでいただけだ。」


国の威信にかかわるため、極秘ではあるが、王はもう長く無い。体調を崩す日も多くなり、政務の数も抑えている。一部の人間は水面下で準備を進めている、国王の退位、ルイの即位の話は加速度を増していた。


国王とルイは共にそれを理解しており、政務の引き継ぎを前々から進めていたのだ。結果、妃選びの優先度は下がり、今日まで伸びてしまったのであった。




「そろそろ逃げられませんよ。先日国王も、さっさと婚姻を結び孫の顔が見たいと溢しておられました」


「なっ!何言ってんだあのおやじ!」


城は今日も妃、妃で一色。


ルイはもちろんうんざりしていた。




ーーーー


「ルブラン様は、どんな紅茶がお好きですか?」


「そうですね、あまり詳しくはありませんが、甘味のないすっきりとしたものが...」


「まぁ!私もですのよ。お気に入りの茶葉がありますの。でも今日な持参しておらず...。次回お待ちしてもよろしいかしら?」


『次回』を作りたいマチルダ姫と、苦笑いでかわし、『次回』は無いと言いたげなルイ。


今回の“お見合い“もうんざりだ。


(そういえば先日、リーシャの家で食べたスープうまかったな。骨で出汁をとるなどと難しいことを言っていたが...城の料理長にでも作らせてみようか....)


マチルダがなにやら必死に横で話しているが、ルイは全く別のことを、リーシャの家で過ごした夜のことを思い出しては考えていた。


(リーシャ、赤くなったり青くなったり表情を変えながら話すの可愛かっ.....)


ルイはハッとなり自我を取り戻す。今自分は何を考えていた?村娘を可愛いと思い出し、思わず頬を染めそうになっていた。くだらないことを。


ただあの日から、よくリーシャの顔が浮かぶようになっていた。とくに深く話したわけでも無い。ルイがリーシャになにか言うと、恥ずかしさからか俯いて、あまり取り合ってもらえなかったくらいだ。


けれど、ふとした時のリーシャの仕草に心惹かれていた。

飲み干されたスープの器に気づいたリーシャが、何も言わずともおかわりを足してくれたり。空になったワインのグラスに、いつのまにか控えめな追加が注がれていたり。うとうとと頭を揺らすアリアを優しく抱き上げベットへ運ぶ姿も。


優しさに溢れたリーシャの動きを、ルイはずっと、こっそり観察していたのだ。


「今日は...元気かな」


「ええ!マチルダはとても健やかですわ。ルブラン様は?」


「え?!あ、あの、はい。健やかです。」


漏れていた声に動揺するルイ。


横についていたキースにもそれは聞こえており、少し眉を上げるのであった。




ーーーーー


「リーシャ、畑仕事や水汲みのことだけど。やはりリーシャとアリアは家に残って家事をやってくれ。俺はライルを連れていくから大丈夫だ」


闇猟りの一件があってから、ロイは妹二人を心配し、しばらく一人で畑仕事をしていた。それを見かねたリーシャは、もう熱りも覚めたから大丈夫だと手伝いを申し出るが、ロイは断っていた。


「でも、ライ兄さんは無理できない体だわ。畑仕事なんて....」


「大丈夫だよリーシャ。僕も対して役に立たないだろうけど、水汲み程度ならできるさ。」


安心して、無理はするつもりないから、とライルはリーシャの頭を撫でる。


「さぁライル、支度をしていくぞ」


「ああ、兄さん。久しぶりの畑仕事だ!少しわくわくするよ」


「ライルあんまり調子に乗るなよ?」


そうして兄2人は出かけて行った。


リーシャとアリアは部屋の掃除、朝洗濯を終えたシーツの天日干し、そして夕食の支度だ。




「さぁアリア、やることは山積みよ!がんばりましょう」


「うん!アリアもがんばる!」




リーシャは天気の良いうちに、とたくさんのシーツをかかえ外に出た。一枚ずつ丁寧に干していく。


「ふふっ。アリアのおねしょも全くなくなったわね。シーツがずっと綺麗だわ」




フンフン♫と鼻歌を歌いながらリーシャがシーツを干していると、そこに見たことものない、身なりの良い男が現れた。


「やぁ、ごきげんよう。ここに、リーシャという女の子はおりますかな?」


優しい笑顔とやわらかな口調でリーシャに話しかける。貴族とまではいかないが、少し身なりの良い男に、闇猟りの一件を思い出し身構えるリーシャ。


「リーシャは私よ。何用かしら」


「おお!あなたがリーシャさんでしたか!いやいや、なんと可愛らしい。私はね、物書きの卵でして。リーシャさんに話をききにきたんですよ」


と、男はバックから紙とペンを取り出した。


「なんだか事件にまきこまれたが勇敢にたたかったとか?ぜひその話を私が今後書くであろう小説や物語の参考にさせてもらいたくてね。詳しく聞かせてもらえないだろうか?」


趣味に毛が生えたような道楽な小説なんだが行き詰まっていてね、ぜひ。と、男はリーシャに笑いかけた。


「なんだ!そうだったのね。いいわよ。まず林で....」


リーシャは例の一件を最初から話し始めた。少し美化しつつだが。特に男を見つけて「保安兵に突き出す!」と息巻いたところは、ダイナミックに伝えていた。


「ほぅ。では、その犯人の男以外にも、悪い輩はおりましたか?」


「え?あっ、そ、そうね、3〜4人はい、いた?かしら。もちろんそいつらも蹴散らしたわ!」


リーシャは得意になって、みんな逃げて行ったと話す。でも実際には中年貴族の一人しか見ていなかったが、一人しかいないとなると話の盛り上がりにかけるであろう、と、こっそり人数を追加した。


「さっ!3〜4人?!ほ、ほぅ〜。それ、は、すごいですなぁ」


男はリーシャが思っていたより驚き動揺していた。そしてブツブツとなにやら言いながら慌てている様子を見せ始めた。その様子に、リーシャも、やはり無理があったかしら、とまごまごする。


「おや!もう随分聞き込んでしまいましたね。申し訳ない。私はそろそろ失礼しないと」


「え?でもおじさん、まだ私最後まで話していないわ」


「いや、今日のところはこのくらいで十分です。ありがとう。では!」


そう言うと、身なりの良い男はそそくさとリーシャから去って行った。何か用事を思い出したのだろうか?それほどに慌てて去って行った。


「なんだったのかしら...ま、いっか。」


リーシャはリーシャで大したことでもないか、と、シーツの入っていたカゴを持ち、アリアの掃除の様子を見に家の中へと入って行った。


ーーーー




「あの女、林で見た男は3〜4人と申しておりました。」


リーシャが昼間出会った身なりの良い男は、今度はある貴族の屋敷にいた。


「3〜4人だと?!その場にいたほぼ全員じゃないか...。まずいことになったな」


「ただ、田舎村の農民娘です。誰が誰とはわからなかったのか、詳しくは理解していないようでございました。」


「詳しく理解する前に....封じねばならんな。おい、その女の家は特定できているのか?」


「はい。女が家を出入りするところを確認してまいりましたので。女はおそらく夜まで小さな妹と二人きり。兄二人がおりますが、畑仕事で日が落ちるまで戻らないかと」


「そうか。では夕刻、薄暗くなったらその家に火を放て。殺してしまうより他あるまい」




リーシャを狙った恐ろしい出来事が起ころうとしていた。


《続く》

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