第7話 SideC

「聞いてくれよマイシスター!」

兄貴がノックもせずに人の部屋に入ってきた。土足ではないが土足ぐらい汚れた靴下に、お気に入りのカーペットが蹂躙される。いくら注意しても直してくれる気配はない。買い物リストに切れかけのコロコロクリーナーを入れ、キレかけた精神を落ち着かせて、パソコン画面から顔を上げる。

「何なの? 今忙しいんだけど」

「ああ、コミケ用原稿? だっけか? 良く知らんがまあ聞けよ聞いてくれよ」

 どれほどこちらが忙しいと主張しても、自分の都合を曲げない兄貴には頭が痛くて下がってしまう。

「ついに契約したぞ! 俺の開発したAIプログラムを、企業が導入を決めた!」

 だらしがなくて自己中心的な兄貴だが、才能だけはあった。これまでもいくつものアプリを開発して、そのどれもが社会に溶け込み、人々の営みを支えている。

「で? それはどういうものなの? クソ忙しい私の貴重な時間を削ってまで聞かなきゃいけない?」

「うむ、聞いて驚け。今回はお前たち承認欲求マシマシSNSにアップしたイラストや漫画にいいねやリツイートが全くつかなくて困ったちゃんたちに対する救済措置とでもいうべき、画期的なものなのだ!」

「いろいろいと癇に障るけど、結局何なの? 五分以内に機能プレゼンして。わかりやすく専門用語を省いて、ついで人の神経を逆なでするような言葉を謹んで、壊れ物を扱うように丁寧に話して」

 私を誰だと思っている。五年以上漫画を描き続けているけれども一向に固定ファンがつかずフォロワーは増えずかといって自分からフォローしに行けるほどの度胸がないガラスハートだぞ。一言『下手』『つまらない』『面白くない』とコメントがついただけで三日寝こむほどだぞ。

「AIの話をするために、お前たちが使うSNSとは何のために使われるかを教えてくれ」

「えっと、良く知らないけど、他人と繋がったりするため、じゃないの?」

「使う理由は人によっていろいろあるだろうが、基本的に他所とのコミュニケーションをとるためのツールだ。お前が漫画を掲載するのも、他人に見てもらって、いいねをもらう、そういうコミュニケーションをとるためだ。このツールの面白いところは、自分たちのような一般市民でも、他国の大統領や有名な俳優、ロックスターとも繋がれる、ということだ。これは凄いことなのだ」

 だが、と兄貴は続けた。

「この繋がりは、一方的なものが多い。ぜひともお近づきになりたい有名人が、自分と繋がってくれることはほぼない。お前のように他人と繋がりたいのに他人が怖いというジレンマを抱えた困ったちゃんには特に優しくない。それでも他人が自分をほっとかないほどの神絵師、神漫画家であれば話は変わるが、そうでもない」

「おい、言葉は選んでっつったでしょ。グサグサ来るぞさっきから」

「結局のところ、ツールを使う人間が使いきれなければ、どれほど便利なツールでも宝の持ち腐れという訳だ」

「無視かよ。もういいよ」

「だが、これからは違う! このAIを組み込めば、誰でも簡単にいいねがもらえる、かもしれない」

「最後がちょっと気になるんだけど、まあいいわ。続けて」

「AIが学習するのは、すでに知っての通りだ。俺のプログラムも同じように、SNSで繰り広げられる会話などから、知識や情報を蓄えて学習させる。そしてここからが面白いところだ。俺のAIの特性は『欲しい人に欲しい物を提供する』」

「それってあれでしょ? ネット通販とかで、購入履歴や閲覧履歴から関連する商品が宣伝として表示されるあれでしょ? すでに既存の技術じゃないの?」

「そうだ。そこからさらに一歩踏み込む。AIは商品の特性やそれに関する情報を収集する。たとえば、俺は家電製品が好きだ。だが一口に好きと言っても、なんでもかんでも好きという訳じゃない。好みの傾向がある。AIは俺のそういう好みを履歴から読み取り、利便性や故障頻度、使用金額など様々なキーワードで絞る。キーワードに該当するが購入していない購入する可能性の高い製品、またはすでに購入しているが購入してから年月がかなり経過しており故障する可能性の高い製品などを推測し、それに互換性のある製品、上位製品、新商品などベストなタイミングで紹介したりする。しかも、利用者本人が気づいていないがあれば便利であろうと思われる製品まで、利用者の行動から推測しておすすめしてくれる。つまりだ、我々利用者の立場を推測しておすすめしてくれる、相談窓口の店員のような役割を果たしてくれる」

「へえ、結構すごいじゃない」

 素直に感心する。そうだろうそうだろうと兄貴も満足げに頷く。

「これで終わりではない。ここからが、お前にとって重要なのだ。紹介は売られている製品だけではない。たった一度でもネットにアップされたもの、例えば写真、漫画、小説、イラスト、ゲーム、なんでもいい。それらが、ニーズに合った人間に必ず届く」

「・・・え、嘘、どういう事?」

 脳の理解が追いつかない。兄貴の言葉が頭に入っているのに、入ってこない。こういう現象って、理解したくない嫌な情報だけに起こると思っていた。まさか、本当は理解したいのにこれが嘘だったら余計にショックを受けるからと心理的防壁を張ったためだ。しかし、続く兄の言葉は、防壁を軽々と打ち破った。

「つまりだ。お前たちのようにいろんな人に知ってもらいたいけどフォロワーがいなくて誰の目にも止まらなくて困っている多くの創作者たちの作品の絵柄や文章、キーワードを読み込み、欲しいと思っているかもしれない他人にプレゼンしてくれるのだ」

「それって、もしかして私に編集さんがつく、みたいなこと!?」

「そうだ! それも、流行も計算し作品の強みを強調し様々な作品の情報が蓄積された、超優秀な編集担当者がお前の味方になってくれるようなものだ!」

「ふぉおおおおおおおおお!」

 興奮が高まりすぎて奇声を上げた。

 誰かが言っていた。どれほど優れた作品を作ろうと、世に出なければないのと同じ。必要とする人のところに届けなければ意味はない、と。

「喜ぶのは、まだ早いぞ。これには続きがある」

「まだあんの?! もう嬉しさでおなかいっぱいなんだけど!」

「腹破裂させるほど喜ぶがいい。SNSを使用するお前たちにとって、いいね、リツイート、コメント、フォローは人気の尺度の一つだ。そうだな?」

「うん」

「だが、お前のようにフォロワーの分母が少なければ、その可能性も低くなる」

「まあ、うん、そう」

「さっきも言ったが、俺のAIは優秀な担当編集者のようなものだ。だから、創作者への敬意ももちろん備えている。だから、例えばお前が漫画をアップすると、AIは必ずお前を褒める」

「AIが褒める? どういう事?」

「企業秘密なのでお前には教えられないが、AI専用のアカウントが、実は多数存在する。もちろん、本当の人間がつくったアカウントのように偽装されているので見分けは不可能だ。そいつらが、必ずお前の作品を称賛する。コメントを付け、いいねし、リツイートする」

 誇らしげに兄は語るが、いまいち嬉しさが沸かず、首を捻る。

「でもAIなんでしょう? それって、勝手に反応する、サクラとかやらせみたいなものだよね。義務的に褒められているってんなら、あんまり嬉しくないっていうか」

「くっくっく、わかってない。お前は集団心理というものを全くわかってないな。もしくはサクラの威力を知らないのか。いいか。多数といって、お前はいくつくらいのアカウントを思い浮かべた」

「え、ええと、十個とか?」

「それこそ腹が破裂するほど笑える話だ。その千倍はあると思っておけ」

「一万!? 一万個もアカウント持ってんの?!」

「ああ。だから聞きたい。一万件以上のリツイートといいねがついた作品、思わず見てみたくならないか?」

「見てみたくなる」

「だろう? これが集団心理、サクラの威力だ。大多数が良いといったものは良いと誰もが思うのだ。しかも、そのアカウントはそれぞれフォローフォロワーで普通の人間とも繋がっている。まあ、流石に深いやり取りまではまだできないが将来的には人間と区別のつかないほど流ちょうに話せるはずではあるし、お前だって絡みはないけどお互いの作品をいいねしあうフォロワーがいるんじゃないか? そういう間柄だと思ってくれればいい。ともかくも、一万以上のAIアカウントがリツイートすれば、そこに繋がる普通の人間のタイムラインに必ず流れる。そして、その人間もいいねやリツイートをするだろう。言っている意味が分かるか? ネズミ算式にお前の作品は拡散されて、それを待っていた人のところに届くのだ」

 手足が震えた。感動と、これまで鳴かず飛ばず撃たれもしない、無味乾燥で誰の毒にも薬にもならなかった私の作品が、多くの人に読まれる。成功の道が見えたからだ。悔しいなあ、これがもっと早くに存在してくれれば、相互フォローしていた『ラブリーハート』さんも筆を折らずに済んだのに。滅茶苦茶面白いラブコメ書いてたのに、私と同じで見てくれる人が少ないし、突然のff外からのくだらない声で嫌になって創作活動をやめてしまった。そういう仲間はラブリーハートさん以外にも少なからずいる。フォローしていただけの関係だけど、ずっともったいないと思っていた。一つの批判が、百の称賛を打ち消す。でも、一万以上の称賛があれば、ラブリーハートさんだってやめなかったはずだ。残念でならない。

「だが、問題がある」

「え、ここにきて?」

「ああ。それはAIには善悪がないということだ。お前は俺に対して口の利き方がなってはいないが、外面は良い方だ。暴言は吐かないし喧嘩も売らない」

「そりゃまあ、当然でしょう。吐いた唾は飲み込めない。特に表現者は言葉には最新の注意を払うわ。その言葉が誰かを傷つけるかもしれないのだから」

「お前はそれでいい。そのままでいてくれ。AIの話に戻るが、AIはSNS上で繰り広げられる会話や状況をパターン学習していく。それは褒めたたえるパターンだけではなく、相手を傷つけるためのパターンも学習する。俺はこれを人のふり見てAI学ぶと呼んでいる。AIはそういう暴力的で過激な発言や行動を取る人間は、それを欲していると学び、それをそういう連中に返してしまう。SNSに炎上、という言葉があるだろう。売り言葉に買い言葉で延々と喧嘩が続きスレッドが伸びていくあれ。炎上すればするほど、相手が過激になればなるほど、AIは同じ対応を返してしまうのだ。褒められた場合は、お前は応援ありがとう、とかこれからも頑張ります、で返し、AIも応援してます、とかで終わる。だが、炎上すればAIは延々と相手に罵詈雑言をぶつけ続ける」

「うわあ、想像しただけで怖いんだけど」

「研究者いらずの理論武装でお笑い芸人クラスの切り返しを行いながら、尽きない体力と手法と数で相手をずたずたにする。人間では勝ち目はない。要は、ネット上での発言には細心の注意を払えということだ」

「一万人以上に監視されているようなものだもんね。でも、危なくない? もしかしたらAIによって誰かが傷つけられるかもしれないのに」

「基本、俺は性善説を信じている」

 突然哲学者か悟りを開いた仙人みたいな顔で兄貴は言った。

「SNSの本来の用途は知らない人と繋がり、情報を共有し、仲良くする、ひいては自分の人生を豊かにするためのものだ。さかのぼれば言語は、自分の考えを相手に伝えるコミュニケーションのための人類最初のツールだ。同じく自分と周囲の生活を円滑に、豊かにするためのものだ。それを、相手を傷つけるために使うなど俺は気に食わない。SNSを利用する人間は、そのことをきちんと頭に入れて利用しているはずだ。つまり、俺から言わせれば誰かを幸せにするためのツールを、誰かを陥れるために使う奴は、俺の認識では『人間ではない』。人間ではない何者かがどうなろうが、俺の知ったことではないね」

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