第4話 もしかしたら既に何番煎じかもな『くっ殺』
「くっ、殺せ!」
美しき姫騎士は、牢獄の中で叫んだ。
彼女の前には成人男性よりも一回り大きい、人型の怪物オークがいた。そう、あのオークだ。豚のような潰れた鼻に、口からはみ出した長い牙。おおよそ人からかけ離れた醜悪な様相をしている。見るからに野蛮で知能の低そうなこんな連中に捕らえられ、姫騎士は自分のふがいなさに泣きそうになっていた。だが、泣くのは後だ。泣けばそこを付け込まれる。自分を見下すオークを睨みつける。
「ふん、威勢のいい人間だ。その威勢、いつまで持つかな?」
厭らしい笑みを浮かべてオークが近づいてくる。手足を鎖で拘束され、彼女に逃げる術はない。唯一自由なのは彼女の高潔なる意思だ。
だが、このオークはきっとこれから、彼女の意志を折りに来る。
「貴様らに何をされようと、私は屈しない!」
「ほう? 名高き姫騎士様は、これから何が起こるか、ご理解していらっしゃると?」
下卑た笑いを浮かべながら、一歩一歩見せつけるようにオークは近づいてくる。
「ふん、どうせ獣のように低能で低俗で野蛮で理性の欠片もないお前らが考えていることなんて、一つだけだ」
「と、いうと?」
「性欲だ」
オークの口の端が吊り上がった。やはり図星かと姫騎士は我が意を得たりとばかりに言葉を続けた。
「やはりそうか。お前はこれから、私の鎧や衣服を引き裂くだろう。いや、もしかしたら粘性のスライムを用いて溶かす方を選ぶかもしれないな。そして私の裸体を厭らしく嘗め回すように見て私の羞恥を煽り、下卑た嗜虐心を満たすんだ。それでも屈しない私に、お前は自分のお粗末な〇×▽◇を取り出して私の%&$!に激しくΦ§÷Ψしμ:?*@して<#¥の海に沈め『おいおい、この程度でへばってるんじゃないぞ』と〇×▽◇を気を失った私の%&$!に突き刺して強制的に意識を取り戻させ、仲間を呼び、前から後ろから上から横からありとあらゆる凌辱行為を一日中繰り広げるわけだ!」
そうだろう! と姫騎士は言葉を叩きつけた。まるでトリックと動機を犯人に突きつける探偵のように、どや顔で言い放った。対して、犯人ならぬオークはばれてしまったらしょうがない、と言わんばかりの黒幕のような笑い声をあげて、姫騎士に近づく。
ああ、これから今自分が言ったような凌辱行為が始まるのだ、あ、もしかしたらスライムじゃなくて触手かもしれないと戦々恐々としていると
脳天にでかいげんこつが降ってきた。
「あほかぁああああああああああああああああああ!」
痛みに悶える姫騎士の頭上から、怒声が降ってきた。
「何で貴様ら人間は、こう、特殊な性癖を持ってるんだ。捕まったら全員犯されると本気で思っているのか? 何か、そういうマニュアルでもあるの? 馬鹿じゃないの? つうか、お前処女だろ。性経験もねえのに想像だけでぐちゃぐちゃ言いやがって。てめえみたいなのを耳年間って言うんだよ!」
「え、え?」
痛みで涙目になりながら姫騎士が見上げると、オークは本気で怒っていた。
「そもそもだな・・・誰がてめえみてえな不細工を性の対象にするか!」
殴られた以上の衝撃が姫騎士を襲った。これまで蝶よ花よと育てられ、社交界に出ればこぞって男たちが群がり、軍を率いれば誰もが羨望の目で見ていた自分を、こともあろうに不細工呼ばわりなどと。生まれて初めての悪口に、頭が真っ白になった。
「いいか、俺たちにも選ぶ権利はある。お前は、俺たちの基準から言ったら、好きか嫌いのカテゴリーにすら存在しない。例えていうなら、猿と一緒だ」
「さ、猿・・・」
「そうだ。猿だ。いや、猿以下だ。猿をはじめとした獣は、一度痛い目を見たら同じ愚は犯さない。だが、お前ら人間は、何度も何度も何度も同じ愚を犯す」
「わ、私たちが一体、どんな愚を犯したっていうのだ! 罪を犯したのは貴様らだろう! 人を襲い、村や町、住処を襲い、我々の生活を脅かしたのはそっちではないか!」
「その認識が、そもそもの誤りなんだよ」
うんざりしたようにオークは言った。口の端が吊り上がっている。さっき吊り上がったのも、笑ったのではなく、呆れたオークの顔だったのだ。
「最初に攻めてきたのは、お前ら人間の方だ」
「・・・何を言っている。そんな出鱈目」
「出鱈目じゃない。そもそもお前らが攻めてきたこの場所は、もともと俺たちが住んでいた場所だ。そこを、お前ら人間が開拓とかなんとか抜かして俺たちの領土を削り取っていったんだ」
「嘘だ。そんな話、聞いたことない」
「言わないだろうよお前らの王は。都合が悪いことは何一つ伝えないだろう。きっと、俺たちが最初は話し合いをしようとしたことも伝わってないだろうし、人間たちへの使者として向かった俺たちの仲間を、お前ら人間が殺したことも」
「嘘だ。我が王がそんな卑劣な真似をするはずない! 取り消せ! 偉大なる王を侮辱するなど許さんぞ!」
「嘘なものかよ。・・・ったく、ほんと人間ってバカだよな。王の言葉は絶対正しいと思い込んで、疑うことを放棄している。いや、考えることを出来ないようにさせられてんのか? ともあれ、これじゃあ何度も攻め入ってくるはずだ」
「何度も・・・?」
姫騎士は気づいた。
「そうだ! 私の前に来た方々の末路が、貴様の言葉が嘘であるという証拠! 軍師エルフィーヤ様は貴様らに凌辱され、正気を失って自害したと聞いた! オークの子を孕んだショックでな! その子は復讐に燃え、私にエルフィーヤ様が使っていた剣を譲ってくれた。この剣で、一匹でも多くのオークを殺してほしいと、涙ながらに訴えた! どうだ。貴様らの悪逆非道な行いの、動かぬ証拠だ!」
「多くのオークって、駄洒落か?」
「違う! こんな時に駄洒落なんか言うか! ふん、都合が悪くなったら話を逸らすのか? やっぱりオークは」
「あ~、ちなみにだが。その子ども、姿はどんなだ?」
「姿?」
「背格好とか、特徴とか、そういうのだよ。覚えている範囲でいい」
「どんな、って。普通の子どもだ」
「俺みたいに、こんな鼻してるとか、耳がこんなだとか、子どもにしてはでかいとか」
「そんなわけなかろう。普通の素晴らしい人間の子だ」
「じゃあ、俺たちの子じゃない」
「はぁ!? この期に及んで言い逃れか?」
「言い逃れじゃない。嘘だろ。人間って遺伝の基礎的な知識もねえのか?」
「い、でんし?」
「例えばだ。お前の場合だと、自分の親に同じ金髪がいるか?」
「父がそうだ」
「青い目の人間は?」
「両親が二人ともそうだ」
「血液型は?」
「血液、型?」
「あ、そこも知らねえのか。まあ、つまりだ。子作りをすると、必ず親の遺伝子を受け継ぐわけだ。親が金髪ならその髪の色を、青い目ならその目を、ってな感じで。混ざったり隔世遺伝だったりは無視するとして、親から子に身体的特徴は受け継がれる。本題のその子だが、オークの特徴がまるっきりなかった。つまり、俺たちの遺伝子が受け継がれてないってこと」
「じゃ、じゃあ、あの子は誰の子だというのだ!」
「その前に、エルフィーヤっつったか?」
「っ! そうだ、やはり知っているではないか!」
「そりゃそうだ。今のお前と同じように囚われ、俺が同じように人間側の悪事を説明した。あいつは、人間の中でもマシな部類だった。お前よりも話は通じやすかったな」
「嘘を」
「いや、こいつに関しては証拠がある。ちょっと待ってろ」
オークがいったん牢獄から出て、数枚の手紙を持って戻ってきた。
「これを見ろ」
「これは、エルフィーヤ様の文字・・・」
姫騎士の前に突き出された手紙には、エルフィーヤの筆跡で書かれていた。オークに聞いた話を王に尋ねに戻ること、もし万が一オークの話が真実なら、自分は生きてはいないだろうということ、逆説的に、オークの話が真実であるという証拠となること、次に誰かが囚われた時、この手紙を見せてほしいということ、といった内容がつづられていた。美しく聡明で、姫騎士の憧れだった彼女の字は、何回も見た。見間違えるはずがない。偽装の線はあり得ない。
「そんな、じゃあ、エルフィーヤ様は」
「大方、王に殺されたんだろう。同族を罪もないのに殺すだなんて、やっぱり人間は愚かだな」
オークが姫騎士の戒めを解いた。
「お前、これからどうする?」
うなだれる姫騎士にオークが訪ねた。
「た、確かめに」
「言ってどうする。エルフィーヤと同じ運命を辿るつもりか? 勘弁してくれ。そしたらまた、お前みたいなのが来て、俺は同じ説明をまたしなきゃならない」
「じゃあどうしたらいいというのだ!」
「知るか。人間の問題は人間が解決しろ。 ・・・ただ」
オークがにやりと、今度こそ笑った。
「もしお前が、新たな王となって俺たちと共存するという意思があるなら、手伝ってやってもいいぜ? もう、人間の相手なんてうんざりだからな」
オークの後ろから、様々な種族が現れた。ワーウルフ、リザードマン、コボルト、オーガ、ラミア、ハーピー等々、いずれも、人間に住処を奪われた種族たちだ。
「どうする?」
オークはじめ、様々な種族が姫騎士の言葉を待っていた。覚悟を決めた姫騎士は、顔を上げた。エルフィーヤの剣を手に取って。
人間の王都陥落まで、あと三年。
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