第45話 馬鹿真面目な男


 重綱が江戸の屋敷に到着した時、まず出迎えたのはもちろん正室の綾だ。だがその傍には阿梅が控えており、重綱は二人に迎えられる形となっていることに気が付いてはいた。

 というより、主君の政宗からこんこんと「いい加減、周りを安心させろ」という説教までされていた重綱だ。阿梅がそこにいる意味を、もう分からないわけにはいかなかった。

 しかし重綱は綾にだけ目をやって言った。

「出迎え、すまぬな。身体の調子はどうだ?」

「お出迎えできる程には良いですよ。長旅、お疲れさまにございます」

 微笑む綾に重綱は笑みを返す。だがその顔に陰りを見て綾はさりげなく身体をずらし、阿梅の前をあけた。

 重綱は不自然にも阿梅を見ようとはしなかった。綾は何とも言い難い苛立ちを綺麗に微笑みで誤魔化して、重綱を休ませるべく屋敷の奥へと促した。

「お勤めは明日からでしょう? それとも、すぐに大殿のお屋敷へお出になられますか?」

「あ、いや、殿には明日からだと」

「では、奥でゆっくりとなさってください」

 優雅にこの屋敷を取り仕切る綾は、重綱の自慢の奥方だ。彼女を妻にしたことは、何ら悔いはない。

 周囲は跡目のことばかりを言うが、重綱は妻にしたのが綾で本当によかったと思っている。

(側室を迎えるなど、考えたくはなかったが)

 綾や阿梅ときちんと向き合えと、政宗から釘を刺されている重綱だったが、どうにも阿梅の顔をまともに見れないのだ。

(阿梅を側室に、という周囲の者達の気持ちも分からなくはない)

 子供だから、と、先伸ばしにしてきた問題に、ついに首根っこを捕まれてしまった気分だ。

(不甲斐ないな、私は)

 重綱は阿梅のことが嫌いなわけではない。むしろ大切でどこにもやりたくないし、阿菖蒲やおかねと違って他家にやるわけにもゆかないことも分かっている。

 だが己の側室に、と、簡単に考えられないのが片倉小十郎重綱という男だった。

 屋敷の自室にたどり着き、重綱はため息を吐く。

(綾を大切にしてやりたい。それに、私は側室にするつもりで阿梅を庇ったのではない)

 あの大阪で、敵陣にその身ひとつでやってきた阿梅。娘を頼むと、偉大な武将に伝えられた時の胸の高ぶりは、ただただその子を守らねばという想いだけだった。

 重綱はその想いを肝に据えて、彼女達を今まで精一杯守り育ててきたのだ。

 だからこそ重綱は、どうしても阿梅を側室にする気になれない。まるで自分達の都合を阿梅に押し付けてしまうようで、どうにも苦しい。

 それに。

(阿梅は我慢強い。求められたのなら、己の感情を殺し側室になることを受け入れるだろう)

 それが分かるからこそ、なお辛い。我が子のように、妹のように、阿梅を育ててきたというのに。

 断れないと分かっているそれを、どうして阿梅に突き付けることができようか。

(やはり、駄目だ! 阿梅は側室にはできない。だいたい跡目がなんだ。そんなもの、茂庭の子をもらえばいい)

 茂庭良元は否とは言わないだろう。

(これ以上、綾にも阿梅にも何も背負わせない。誰になんと言われようと、私が揺らがねばよいのだ)

 そして今まで通りに、あの二人を守るのだ、と。重綱はまた目を反らすのだ。問題は何一つ解決されていないというのに。

 勇猛果敢で忠義も厚く、仕事もできる片倉小十郎重綱だったが、主君には「馬鹿真面目」と評され、どこまでも頭が固く愚かな男だった。

 重綱には本当に大切なことが見えていない。彼女達の心というものが。

 このままでいられるはずもないというのに、愚かな男は大切な二人と向き合うことができずにいた。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る