第46話 揺れる心
阿梅は自分と目もあわさない重綱に、少なからず動揺した。
そのひどくよそよそしい態度から、政宗から側室について何やら言い含められたことは察したが。そうと分かっても傷ついている己に、阿梅はやっと自覚できたのだ。
(私は…………小十郎様のことをお慕いしている)
女としてそうなのだと。だからこそ、綾の期待が辛いのだと。
ようやく分かった阿梅は苦笑いしてしまった。
(他人のことは言えません。私もずいぶんと己のことに疎かったのですね)
阿梅の胸にあるものは、もう淡い恋心などではないのだ。思慕とも違う、れっきとした恋情だと阿梅は感じた。
だからこそ。
(こんな私が側室になるわけにはいきませんね)
この感情をどう制御したら良いのか阿梅には分からなかった。
そしてこんな己を、重綱に、綾に知られることは阿梅には耐えられなかった。
(私は今まで己の醜さから目を背けていた…………)
重綱を家族同然と考えて、惹かれていく己の気持ちを思慕とすり替えていた。
綾を慕いながら、心の底では重綱に愛されることを妬んでいた。
(私はきっとお二人を傷つけてしまう)
そう思ったら涙がこぼれた。
(こんなことで泣くなんて、みっともない)
けれど、阿梅の涙は止まらない。胸を締め付ける切なさも、女であるが故の愚かも、何もかもが止まらない。
だが―――――流れる涙は、かつて重綱が言ってくれた言葉を思い出させてくれた。
京の河原で聞かせてくれた、「泣いてよいのだ」という言葉を。
(そうでした。ならばいっそ――――――思い切り泣いてしまいましょう)
泣いて、泣いて、気のすむまで泣いて。そしてこの恋情を終わりにするのだ。
(小十郎様が愛しているのはお方様だけでよいのです)
けして実らない、いや、実ってはならない恋。ならば今ここで、涙と一緒に流してしまおうと阿梅は考えた。
そう考えれば、ぽろぽろとこぼれる涙はけして悪いものではない。
(そうですよね? 小十郎様……………)
阿梅は泣けるだけ泣いた。そうすると、あの時に撫でてくれた重綱の手が思い出され、だんだんと優しい気持ちになった。
この気持ちだって、本来は悪いものではないはずなのだ。阿梅は泣くほどに心が軽くなっていくのを感じた。
それは長い時間をかけて重綱が教えてくれたことだった。
(あぁ―――――私、小十郎様もお方様も、お二人が大好きです)
泣きはらした目で阿梅は心の底から思った。
その目を楓に見つかってたいへん心配されるのだが。その頃には、阿梅は本気で言うことができるようになっていた。
「心配しないで。大丈夫だから」と。
それでも楓からはずいぶんと心配されたが、阿梅はすっきりとした気持ちでいた。己の恋情に気付き、醜さを嫌悪し、それと決別する心地になったのだ。
決別できるか否かは、また別の問題ではあるけれど。少なくとも無自覚でいるよりかはずっとましだと阿梅は思った。
そんな様子の阿梅を、綾が複雑な心地を押し隠して眺めているとも知らず。阿梅は周囲の期待には応えず、綾の侍女でいることを選ぼうとしていた。
しかし、事態はそう簡単なものではなかったのだ。
綾にとって、重綱にとって、阿梅の存在がどれほど重要なものか――――真実を阿梅はまだ何も知らなかった。
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