第44話 それぞれの在り方
阿梅は仕事が一段落ついた頃、あくりからの文を取り出した。
文に目を通すと、ほとんど蔵人が知らせてくれたことと変わりないものだった。ただ、幾つか今まで知りえなかった情報もある。
(なほ様もご無事なのね)
幕府に捕まり江戸に送られたなほは、現在は大奥勤めもあけ、京にいるのだという。なほの母君も同じく京におり、なんと男児を出産したのだとか。あまり口にはできないことだが、真田の三男である子だ。
阿梅は深く感じ入った。
(皆、それぞれに生き延び、父上のご意思を繋いでいるのだわ)
京にいるというなほは、大奥で培ったものを生かすべく二条城に勤めるのだそうだ。
これまでが過酷だったに違いない彼女の選択に、阿梅は祈らずにはいられない。
(あくり姉様もなほ様も、どうか道が開けますように)
これからさき、阿梅は黒脛巾組から彼女達のことを聞くことになるのだろうか。
(私も自分がどうありたいのか、しっかりと考えねばなりませんね)
阿梅は文を見つめながら思う。
おかねも、大八も、皆ゆく道を見定めはじめていた。しかし阿梅の心は今だ定まらなかった。
(小十郎様をお支えすると、そう覚悟しておきながら、迷うなんて)
きゅうと痛む胸に、阿梅は戸惑っていた。
何故だろう。綾の傍にいるほどに、胸の痛みは増すような気がする。阿梅はどうしてか、綾からのー側室にというー期待を感じると、酷く苦しくなるのだ。
白石にいた頃は、そんなことはなかったというのに。
(片倉家の為に生きようと、小十郎様のお力になると、そう決めていたのに)
であるはずなのに、側室に、と考えると阿梅の胸は途端に苦しくなった。
(何故こんなにも胸が痛むのでしょう…………)
重綱の顔を思い出して、阿梅は自然と手を握り締めた。
(小十郎様はいつ江戸にまいるのでしょうか)
その日が待ち遠しいような、不安なような。おかねの縁談は思わぬ波紋を阿梅の心に広げていた。
真田の姫君達はそれぞれに道を選んでゆく。時に岐路で立ち止まり、後ろを振り返って。それでも各々の在り方というものを定めていくのだ。
阿梅にもまた、岐路が迫っていた。
その年の暮れ、ついに重綱が江戸へと入る報せが届いた。
大阪で重綱と出会って以来、阿梅はこれ程長く重綱と顔を合わせないことはなかった。阿梅は報せに、己が重綱にどれほど会いたかったのかを思い知った。
(小十郎様に会える)
そう考えただけで、阿梅の鼓動は高鳴るのだ。
綾はそんな阿梅を穏やかな眼差しで見つめていた。
阿梅も素直に、重綱に会えることが嬉しいこと、綾と共に重綱を迎えられることが誇らしいことを語った。
「一緒に小十郎様をお迎えしましょうね」
「はい!」
綾と阿梅はそう言って笑いあった。
阿梅は胸のわだかまりを棚上げしたまま、重綱に会える喜びをただ感じていた。綾はそれを察していたが、綾自身、阿梅との日々を壊したくはなかった。
劇的な変化を、綾はけして求めていたわけではなかったのだけれど。重綱の江戸入りは、曖昧であった三人の関係に変化をもたらすことになる。
苦しみと葛藤―――――そして愛情が。行くべき道を選ばせる。
阿梅が己の在り方を定める時が近づいていた。
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