第36話 白石を立つ
江戸への旅には懐かしい顔が護衛につくことになった。
「よぉ、風太。もうすっかり男には見えなくなっちまったなぁ」
「これ、右馬之充、年頃の娘に滅多なことを言うものではありません」
あの大阪の役での脱出で一番に阿梅に親身になってくれた、渋谷右馬之充と遊佐勘四郎だった。
「やはり、大殿がしびれを切らしましたか」
「違いねぇや」
笑いあう二人は相変わらず仲が良さそうだ。
さらにここに、景国までもが加わる。女子二人にこれは過剰ではないかと阿梅は思ったが、まだまだ危険も多い時世だと重綱に説き伏せられた。
もっとも、景国は江戸で黒脛巾組としての働きも含まれているようだから、護衛だけが目的ではないようだが。
「おや、お二人共、早いですな。阿梅様、申し訳ございません。少々、手間取りました」
「いいえ、早いくらいですよ」
遅れてやってきた景国に阿梅は首を振る。
急ぐ旅で無し、白石に来たあの時に比べれば余裕のある行程だった。
「道中はけして一人になるのではないぞ? それから、怪我のないようにな?」
「父上、阿梅をいくつだと」
心配で堪らない様子の重綱に喜佐が呆れたように言う。二人共、出立を見送りにきてくれたのだ。
「姉様、お気をつけて」
「帰ってきたら、お話しいっぱい聞かせてくださいね!」
「おかねも阿菖蒲も、私がいなくても手習いを頑張るのですよ?」
「ま、姉様ったら。ええ、しっかりやりますとも」
「私、姉様に文を書きたいのです! だから、頑張ります!!」
妹達はさほど心配はしていない。問題は大八だった。
「大八、おいで」
阿梅が大八を手招くと、大八は堅い顔で前にきた。
「小十郎様からのお話し、ちゃんと聞いたのですね。偉いですよ」
阿梅が大八の頭を撫でると、大八の目が潤んだ。しかし、それをこぼしはしなかった。
「姉上! 私は絶対に立派な
なんと頼もしいことを言うようになったのだろう。寂しさを堪えてぐっと前を向く大八の顔に、阿梅は兄の幸昌を思い出し目頭が熱くなった。
阿梅は大八を抱き寄せると力強く言った。
「ええ。大八はきっと立派な若武者になりますよ」
「はいっ!」
そんな二人を見つめる景国は感無量だった。その景国に重綱が声を潜めて告げる。
「中央が諸大名に圧力をかける動きがある。よろしく頼みます」
「承知いたしました」
徳川の世になったとはいえ、体制はまだ不安定だ。中央の動きを先読みし衝突は避け、しかし利権は守っておく必要がある。
江戸の片倉家の屋敷は、黒脛巾組の拠点でもある。そこに表向き阿梅に付き添う形で景国を江戸にむかわせ、黒脛巾組の強化を図っておこうというわけだ。
景国ならば阿梅を害するようなことは絶対にしないだろう。もちろん右馬之充や勘四郎だって阿梅の味方だ。心強い道連れだった。
「そろそろ出立した方がよろしいのじゃないかしら?」
喜佐がそう言いながら阿梅に近寄った。
阿梅は大八をもう一度ぎゅっと抱き締め、それから喜佐に微笑む。
「文を書きますね。綾姫様のことも」
「別に気になんてしないけれど。母上とは文のやり取りはしているもの。まあ、そのついでに阿梅にも気がむいたら書いてあげるわ」
「楽しみにしております」
「……………母上は優しい人よ。貴方をきっと気に入るわ」
それが喜佐なりの気遣いなのだと、阿梅にはちゃんと分かっている。
「はい。喜佐姫様のお母君ですもの。素敵な方に違いありません」
「そうよ。だから、何の心配もしなくていいの。それと―――――こっちに帰ってくる機会があったら、絶対に会いに来なさいよ」
「必ず会いに行きます」
喜佐も己がじきに白石を離れることを予感していた。だからこその約束だった。
阿梅はしっかりと頷いた。その阿梅に喜佐は身を寄せ囁く。
「また会う時まで、元気でいなさい」
「喜佐姫様も」
ふっと笑い合い二人は離れた。
「では、行きますか」
「ええ」
景国に頷いた阿梅を、重綱が最後に呼ぶ。
「阿梅、近いうちに必ず私も江戸へ行くからな」
心配そうな重綱な顔に阿梅はにっこりと笑った。
「はい、小十郎様。綾姫様とお待ちしております」
「ああ。気を付けてゆくのだぞ」
阿梅を守るように両脇に右馬之充と勘四郎とが立つ。
「大将、俺らもついていくんだから、滅多なことは起きやしねぇよ」
「というより、起こさせませんよ、殿」
楓が阿梅に寄り添い、景国は先導となった。
重綱は一同を見て言った。
「皆、阿梅を頼むぞ」
それぞれが深く頷いた。
阿梅達は白石城の皆に見送られて旅立った。それからおよそ十三日程で阿梅は無事に江戸へとたどり着く。
こうして阿梅はついに、片倉小十郎重綱の正室―――――綾姫と対面することになるのだった。
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