第30話 竜の守護者


 阿菖蒲の移送を兼ねた傷病兵の引き揚げも無事完了し、一心地ついた頃。重綱は政宗のいる仙台に呼び出された。

 そろそろ「報告に来い」と命じられるだろうことは予見できていたので、事後処理を終えた諸々の書状やら書き付けやらをまとめ、重綱は白石城を出立した。

 出立の際は喜佐はもちろん、阿梅や大八まで見送りに出てきて重綱は苦笑いだった。

「戦に行くわけでもあるまいに」

「何を言いますか。殿が城を空けるのです、きちんと見送らねば他の者に示しがつきません」

 矢内の方が厳しく言った。この見送りの並びで序列を示す、ということらしい。

 女子の世界は複雑で厄介だ、と、重綱は思わず阿梅を見てしまった。

 阿梅は喜佐の後ろに控えるようにして立っているが、明らかに他の女中達とは扱いが違う。つまり、阿梅はただの女中ではないのだ、と、矢内の方は言外に知らしめているのである。

 しかし当事者の阿梅はどうもその辺りまでは判っていないようだ。もっとも、十二の少女にそうした女子の駆け引きなど難しかろう。

 神妙な顔をして喜佐の後ろにいる阿梅は、重綱と目が合うと顔を俯かせてしまった。

 声でもかけてやりたかったが、矢内の方や喜佐の手前、そうするわけにもいかない。

「では、行って参ります。留守を頼みます、母上。それに喜佐も」

「頼まれました」

「父上も、お気を付けて」

 頭を垂れる矢内の方、喜佐と阿梅達女中に見送られ、重綱は白石城を出た。

 しかし行き先は勝手知ったる仙台城だ。それも、完了した事後処理の報告をしに行くだけの。なんとも気楽ではあるものの。

(しかし殿のことだ、また何やら妙なことを言い出すやもしれぬからな)

 たかが報告と気を緩めていては、政宗に「この阿呆め」とからかわれてしまう。

 そもそも、奥州の現状は今だ厳しい。慶長十六年に起きた地震、そして津波の被害は深刻だった。四年経った今も、復興したとは言い難い。本音を漏らせば、大阪の役など、戦に金をかけている場合ではなかった。

 しかしこの奥州は、伊達藤次郎政宗という武将がいるからこそ立ち行いているのであって、欠けば混乱することは間違いなく、徳川に媚を売ってでも今の地位を死守せねばならないことは明白だった。

 伊達政宗という男は、ともすれば命知らずで無茶苦茶をしているように思えてしまう。が、その実、本質は実直であり、誰より奥州の安寧を願って尽力する良き領主であると、重綱は知っていた。

 それは傍にいてひしひしと感じることなのだ。

 政宗は天下など欲してはいない。彼が欲していたのは、奥州の安定だ。

 様々な世の乱れを、伊達という名家に生まれた彼は嫌という程に思い知っていただろうに。それでも、いや、だからこそなのか。政宗は平穏を、自らの手で奥州へもたらすことに貪欲だった。

 その為に生き、戦っているようにしか思えない時が、重綱にはある。あの無茶苦茶に見える行動も、人をおちょくっているような態度も、芝居がかった振る舞いも。

 全ては奥州の安寧の為。そこに生きる人々を守る為の。政宗なりの戦い方ではないか、と。

 天下は徳川が制し、此度の戦で豊臣家は滅亡、権力は幕府へと集中する。だがそれは乱れた世を安定させるだろう。

 政宗にとって、それは歓迎すべきことだったのだ。徳川家康という人物が好きか嫌いかは別にして。

 そして乱れた世ではできなかったことを、政宗は次々と考えて実践していくのだろう。重綱にはそんな予感があった。

 だがまずは、地震で打撃を受けたこの地を立て直すことが先決だ。それを幕府に邪魔されるわけにはいかない。幸いなことに、家康公はよる歳に勝てず身体を悪くしているとか。奥州の政宗と事を起こしたくないのは、むこうも同じということだ。

 それを見越しての、真田の遺児達の保護であり、真田衆の取り込みである。が、事は思いの外、順調に進み過ぎて逆に怖いくらいだ。

(私が中央に目を光らせておかねば)

 片倉家が伊達家に忠誠があることを強調し、白石から南へ、しいては中央へ睨みを利かせることで、仙台の政宗は幾らか動きやすくなるだろう。

 奥州の地を守る竜の邪魔はけしてさせない。

 小十郎の名は、その役割を担うのだと重綱は魂に刻まれていた。父に、伯母の喜多に、成実に。そうあらねばならぬ、と。

 彼等の期待に、己はまだ応えられていない、と、重綱は思う。父に比べたら何と不甲斐ないのだろうと考えぬ日はない。

 しかし、不思議と近頃はそれを卑屈に感じる事が少なくなった。それは成実からもらった言葉があったからか、とも考えたが。

(いや、阿梅のおかげか)

 彼女を見ていると、足らぬところ、いたらぬところがあったとして、懸命に物事に力を尽くす事の尊さを、つくづく思い知るのだ。

(私も変わってゆかねばな)

 現状に甘んじることなく、己の使命を果たせるように。

 重綱は阿梅の凛とした顔を思い浮べて、そう思うのだった。










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