第18話 閉ざされた門
白石へとたどり着いた片倉隊は、ここで伊達軍から離れることになった。むろん片倉隊を指揮する重綱もだ。
片倉隊は当然ながら、まず白石城へ入城するべく城下を進んだ。しかし、城の門が見えたところで、どういうわけだか片倉隊の足が止まってしまった。
「何かあったのですか?」
ここまできて、追い返されるなんてことになりはしないかと、阿梅は気が気ではない。
「えぇとですね、門が閉まっているんですよ」
勘四郎がとても軽い口調で教えてくれた。それに右馬之充が苦笑いする。
「こりゃ、雷が落ちてるな」
「でしょうね」
「雷?」
いったい何が起こっているのだろうと焦る阿梅だったが、勘四郎と右馬之充はのんびりとした顔だ。
だが次の勘四郎の説明に阿梅は青ざめた。
「小十郎様のお父上がお怒りになっているんですよ」
「
しかし家臣の二人は呑気なもの。いや、片倉隊は皆、道端に腰を下ろして休憩に入っている。
「せいぜい半刻くらいじゃないか」
「いや、一刻はかかるだろ」
飛び交うそれが何の
「説教される長さを当てているんですよ」
事も無げに勘四郎が言うので阿梅は唖然としてしまった。
「こ、小十郎様は、どちらに?」
右馬之充がこれまたあっさりと気軽に教えてくれる。
「大将は一人で呼び出されて城のなか。つまりお父上のとこっつぅわけ。心配すんなよ、いつものことなんだからよ」
「いつものこと!?」
門を閉められ足止めされて、一人呼びつけられるのがいつものこととは、これいかに。
「手厳しいお方ですからねぇ」
「大将、今頃、絶対に怒鳴られてるぜ」
阿梅は恐る恐る城に目をやる。
(小十郎様)
叱責が軽いことを祈るばかりだった。
その頃の重綱はというと。一人、入城を許され、城の奥のさらにそのまた奥、城主の寝所がある座敷まで通されていた。
父、景綱の病状はよくないのだろう。重綱は少し顔をしかめたが。
「父上、ただ今、もどりました」
声をかけ、襖を開けた瞬間。
「この大馬鹿者がッ!!」
大音量の怒声に、重綱は一瞬、父の病気は仮病ではないかと疑った。
「お前はいったい何をやっておる! 小十郎の名を何と心得ておるか! この馬鹿者めッ!!」
半身を何とか起こしながらという姿であるというのに、罵倒する声は怒りに満ち満ちて、もはや天晴れというべきか。
「…………父上、そう怒鳴りますと、お身体に障ります」
「誰がそうさせておる!」
凄まじく鋭い目で射ぬかれ、重綱は頭を下げた。
「いたらぬ息子ですみませぬ」
「まったくだ!!」
帰りの道中で
「此度の戦は何の利益もない、無駄であるというのに。お前はそれに命を賭けおった!」
重綱は顔を上げ父に言い返した。
「戦に無駄もありますまい。家臣が討ち死にしているのです。将として戦わなくてどうなります。まして、私は先鋒であるというのに」
「なればこそ、何故、引き際を間違えた。将が組み討ちするなど、浅はかにもほどがある! 殿がどのような心地であったと思う」
重綱は唇を噛んだ。確かに己が先走ったことで、
それはまさに
主君の政宗は、片倉家、茂庭家のこれからを担ってゆく二人が失われるのではないかと、かなり肝を冷やしたに違いない。
「………………私が浅慮でした。猛省いたします」
深々と頭を下げる重綱に父は溜飲を下げたようだ。いくぶん声音を落ち着かせながら重綱に釘を刺すように言う。
「己の命がもはや自らのものだけでないということを忘れるな」
「はい」
粛々と説教を聞く重綱に景綱はふーっと息を深く吐き出した。
「それにしても、左衛門佐殿も厄介なことをしてくれる」
重綱は父のその言葉に眉をひそめた。
「まさか、門を閉じたのはあの子達を追い返す為ではないでしょうね?」
「…………であったのなら、どうする?」
鋭い父の視線に、しかし重綱は怯まなかった。
己がどれだけ罵倒されようが、それはかまわない。しかし阿梅達の安全に関しては、たとえ父だとして引く気はなかった。
「小十郎の名において、あの子達を城へ入れます。父上にどのようなお考えがあっても」
きっぱりと言う重綱に景綱は深く頷いた。
「それで良い。小十郎はお前だ」
「父上」
目を見開いた重綱に、父の容赦のない言葉がかけられる。
「門を閉じたのはお前に説教する為で、かの子供達には何ら関係がない。阿呆なお前にはこうでもせんと効かぬからな」
「…………………怒鳴られるだけでも十分に堪えますが」
そんなことをぽろりと重綱が零せば、景綱にじろりと睨まれた。
「よくも言う。で、どうなのだ、その子供達は」
「皆、辛抱強く、聡い子達です」
「そうか。子供は三人。一人は左衛門佐殿の倅だな。まったく、何と無茶なことを頼んでくれるやら」
ため息を吐く景綱は病床の身でありながら、正確に情報を把握していた。
「あともう一人、京からこちらに連れてくる予定です」
「京には金助がいる、か」
「はい」
「となれば、殿のことだ、打つべき手は打っておろう。ならば、こちらも用意せねばなるまい」
「用意、ですか」
首を捻る重綱に景綱は再び剣呑な光りを浮かべた瞳を向けた。
「お前、子供等をただ隠し育てれば良いなどと思っておるまいな?」
重綱は言葉に詰まった。しかし、隠すより他にどうしろというのだ。
「だからお前は阿呆だというのだ。まったく考えが甘い」
「すみません。しかし、あの子達は隠すより他にないのでは」
景綱は重々しく言った。
「秘密というものは隠すほどに暴かれるものと考えよ」
「では」
「隠さぬのだ――――肝心、要かなめのこと以外はな」
重綱は驚いた。隠さぬなどと、そのような事が通用するだろうか。
(いや、しかし)
通らぬような理屈を通してしまう政宗を重綱は知っていた。そして父の景綱もまた策があるのだろう。だからこその、用意というわけか。
(阿梅達を隠さず白石で育てる策があるというのなら)
重綱はじっと父の鋭い瞳を見つめ返した。
「なすべきことを教えていただけますか、父上」
「………………自分で考えろ、と言いたいところだが。まあ、よい。使えるものは親でも使え。それも、いつまで使い物になるやら分からんが」
憂いを含んだ父の声に重綱は思わず視線を下に落としてしまった。
怒鳴られるより、叱責をうけるよりも、この父が弱っているということを思い知らされることこそが、何より重綱には辛い。
「そのようなこと、おっしゃらないでください」
「だからお前は阿呆なのだ。……………小十郎の名を貶めてくれるな」
「――――――はい」
この父を継がねばならない。片倉を、伊達を、この東北の地を、重綱は支えてゆかねばならない。
しかし、まだ―――――重綱は父を失うのが恐ろしかった。
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