第17話 蔵王の山に抱かれて
伊達軍はとうとう
そして二本松城を越えた時の、片倉隊の心地ときたら。よくここまで無事に真田の遺児達を隠し通してこれたものだ、と、安堵ともつかぬ奇妙な達成感があった。
それは伊達領に入り、かつての西山城を過ぎた時も同じく、隊の皆で喝采を上げたものだ。
恐れるものはもう何もなかった。あとは白石へ帰りつくだけだ。皆、陽気になり、活力を得て、あと僅かな旅路を進んだ。
そしてついに――――蔵王の山をその目にとらえ、皆は感慨深く連なる山々を眺めた。
この頃には阿梅の足の傷もすっかり癒え、片倉隊の皆と共に、彼らの懐かしむ景色を教えてもらいながら歩いていた。そんな白石にいたる直前。
「風太、馬に乗れ! 殿に許しをもらってきた」
重綱は阿梅を馬の前に乗せると、単騎で先頭を駆けた。
「い、いいのですか!? このようなこと!」
駆ける馬の上で叫んだ阿梅に重綱が軽やかに笑った。
「ははっ、大丈夫だ。殿がそうしてやれと言ってくださった。誰より早く、そなたに白石を見せてやれと」
馬を駆けさせているせいか、重綱の口調は軽かった。
重綱は素晴らしい早さで駆け、見知った懐かしい丘へと阿梅を連れてきた。この丘から白石が見えるのだ。
「ほら、見えるか? あれが白石だ」
重綱の指差す先には城が。そして城下まで、遠目ながらも一望できる。
「あれが…………白石」
目を凝らし細部までよく見ようとする阿梅に、重綱は大きく頷いた。
「ああ、そうだ。お前や大八、おかねに、阿菖蒲も。皆が共に過ごす場所だ」
連なる山々に抱かれ、多くの武家屋敷が並ぶ。あの場合がこれから阿梅達を守り育む。
(白石は小十郎様のようなところ)
山々は雄大で時に厳しく、しかし実りをもたらすのだろう。川の流れは清らかで、人々の生活を支えるのだろう。阿梅にとって白石は、まさに重綱そのもののように感じられた。
これこそが父、真田信繁が片倉小十郎に見いだしたものだったのかもしれない。
残してゆく子供達によりよき未来を、と、最後の最後まで考え抜いた選択が、こうして目の前に広がっている。
そう思ったら、阿梅の目頭が熱くなった。
「小十郎様、すみません」
小さく言う阿梅に重綱は首を傾げた。
「どうした」
「今、この時、貴方様に感謝せねばならないと分かっておりますが――――どうしても父上が思い出されて」
潤んでいる阿梅の瞳に重綱は囁いた。
「私に気兼ねなどするな。そうだ。この景色をそなたに見せたのは、私でもなければ、殿でもない。そなたの父君だ」
「……………はい」
阿梅の頬に涙がつたった。
(父上、私はここで、白石で生きてゆきます。大八もおかねも………きっと阿菖蒲も)
真田信繁の誇り高い娘として、父と交わした約束を果たすのだ。
託された想いを胸に。阿梅は白石の地を、涙を流しながら眺めたのだった。
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