第15話 長旅


 伊達軍は政宗が言っていたように、江戸を早々に出立した。

 鬼怒川きぬがわにそって街道を北上し、早急に白河の関を目指す。白河を越えれば中央、徳川の目も幾らか緩くなるからだ。

 そして北の二本松城がある安達郡を過ぎてしまえば、伊達領はすぐそこだ。逆をいえば、そこまでは気を緩めることはできない。

「白石は遠いのですね」

 夜営の支度を手伝いながら、おかねはつい泣き言のようなことを漏らした。

「なればこそ、安心できるというもの。なにより、こうして無事に生き延びていられるのですもの。藤次郎様や小十郎様に感謝しなくては」

 阿梅の嗜めるようなそれに、おかねは眉を下げる。

「誰でも姉様みたいにできると思わないでください」

 傍にいた真田衆の者達が「違いない」と笑った。

 幼い子供のおかねや大八、阿梅にとって、この長旅は厳しいものだろう。だというのに阿梅は自ら動き回り、率先して片倉隊の手伝いをする。

 まるで本物の小姓さながらだった。

「小十郎様が私達にしてくださっていることを思えば、当たり前のこと。精一杯お仕えしなくては」

 気張って胸を張る阿梅を、弟の大八はむしろ羨ましそうに見ていた。

「わたしも、こじゅうろうさまにおつかえしたいです」

 舌たらずながらも、そう言う大八に阿梅はにっこり笑った。

「もちろん。立派な男子おのこになった時には、必ずやご恩をお返しするのですよ」

「はい!」

 元気よく頷く大八の頭を阿梅は優しく撫でた。

「白石で大八は立派な男子になるのでしょうね」

 大八は首を傾げて言った。

「しろいしは、こじゅうろうさまのおさめるところ?」

「そうですよ。立派なお城があるの」

「わあ!」

 阿梅に教えてもらった大八は目を輝かせた。

 そこへ重綱がひょいと顔をのぞかせた。

「そなた達のいた大阪城に比べたら、小さいものだぞ」

「小十郎様!」

 いつから会話を聞いていたのか、目を丸くしたが阿梅だったが、大八は大喜びだ。

「こじゅうろうさま! きっときっとつよくなりますから、いつか、わたしをかしんにしてください!」

 一生懸命に訴える大八の頭を重綱は思わずぐりぐりと撫で回した。

「よぅし、分かった! 白石についたら槍の稽古をつけてやろう。きっと立派な若武者になるぞ」

「はい! こじゅうろうさま!!」

 大八は幼いながらも凛と顔を上げた。阿梅と同じ強い眼差しは父親ゆずりに違いない。

 阿梅の言うように、大八は立派な男子になるだろうと、重綱は確信した。

「おかねも辛抱してくれ。白石で一緒に過ごす為だ」

「わ、分かりました、小十郎様。私も頑張ります」

 おかねは顔を赤らめ、こくこくと頷いた。

 そんなおかねを阿梅は柔らかな笑みを浮かべて見つめていた。

(小十郎様の優しさは、こうやって私達に生きる力を与えてくださる)

 それも、重綱は自然とそうしたことをやってのける。それが阿梅には尊いものに思えた。

「ん? どうした?」

 にこにことしている阿梅に重綱は首を傾げた。

「いえ、ただ…………父上の考えは正しかった、と」

「左衛門佐殿の?」

「はい。預けられたのが小十郎様で、私達は幸せでございます」

 重綱は頬を掻いて顔を背けた。

「そういうことは白石に着いてから言うものだ」

 完全に照れ隠しでそんなことを言う重綱に、阿梅はいっそう笑みがこぼれる。

「では、着いたらまた申し上げます」

「……………まだまだ先は長いからな。気を抜くな」

「はい」

 頷く阿梅は、しかし旅に慣れてきていた。それが油断を招く。だがこの時は、妹弟と一緒に白石へゆけることが嬉しく、重綱の傍にいられることが有り難く、阿梅はこれからのことに期待を膨らませていた。

 北の道をゆけばゆくほどに、阿梅のその気持ちは大きくなるばかり。まさか、それがあだになろうとは。阿梅には、まだまだ考えがいたらなかった。





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