第9話 楓


 真田衆の男達の隙間をすり抜けて、一人の女子が阿梅の前に進み出た。

 阿梅はぽつりと彼女の名を呟いた。

かえで

 真田衆の娘である楓は、何時も阿梅の傍に控えていた。そんな彼女を、阿梅は本当の姉のように慕っていたのだ。

 真田衆の男達は「楓、ひかえろ」と彼女を叱責したが、楓は引かなかった。阿梅の前までくると、楓は平伏して口を開いた。

「おそれながら、小十郎様。この楓は、京に留まり阿菖蒲おしょうぶ様をお守りしたく思います。どうぞ、お許しください」

 阿梅には、彼女が何故そのように言うのかが分かっていた。

(私の為に)

 阿菖蒲を見捨てるという決断を阿梅にさせない為に、彼女は伊達家の庇護から出ようというのだ。

「先ほどの、伊達家へ報いるという言葉は、お前にはないと?」

 金助が冷たい声を浴びせた。

 楓は顔を上げ金助を見た。彼女の瞳は揺らぎなく、静かな決心があるだけだった。

「私の主人あるじは、ここにおります阿梅様のみ。私は阿梅様の望みを叶える為ならば、命は惜しくありません」

「……………ほう」

 金助は何かを見定めるように楓を見ていた。

「小十郎様! どうか、この者をお許しください!!」

 阿梅は叫んだ。

 楓の主人は阿梅。それは阿梅が一番よく理解していた。

 重綱は金助をうかがった。金助はにやりと笑うと、重綱に軽く頷いた。

「小十郎様、この娘は京に残し、黒脛巾組と共に阿菖蒲様の救出にあたらせやしょう」

「…………え?」

 阿梅は信じられないような気持ちで重綱と金助を見た。

 重綱は言った。

「もとより、殿は阿菖蒲も救うつもりだ。楓といったか。それ程までに言うのなら、お前にも働いてもらおう」

 楓は僅かに目を見開いたがすぐさま頭を垂れた。

「他の者達も同様、しばらく金助の指示に従ってもらう。よいな」

 重綱がさっと見回せば、真田衆は頭を垂れて「御意に」と言った。

「……………楓」

 阿梅はおかねと大八から身体を離し、楓の肩に手を置いた。

 その阿梅をじっと見て、楓は力強く言った。

「必ずや、阿菖蒲様を白石の地までお連れします」

「ええ。信じてる。けれど―――」

 阿梅は躊躇って、それでもやっぱり言わずにはいられなかった。

「貴方も一緒に、よ? 必ず、楓も白石まできて」

 楓は口元を緩めた。

 強く優しい真田の姫が、非情になりきれぬ脆さを持っていることを、楓は誰より知っていた。

「はい。必ずお傍にもどります」

 楓の言葉に阿梅はこくりと頷く。その一瞬だけ、阿梅は歳相応の泣きそうな顔をした。

 それは姉のように思う楓だからこそ、つい出てしまった阿梅の一面だったが、重綱はそれを心にとめた。

 阿梅が虚勢を張り、無理をしている、ということを。

 しっかりしている姿に時折忘れかけるが、彼女はまだたった十二なのだ。

 泣きもせず、大きな男達に混ざり、命の危険に神経をすり減らして。それをどこにも吐き出せず、ひたすら飲み込む日々。

 妹、弟達が傍にいることは、むしろ阿梅の荷を重くするだろうことが、重綱には見て取れた。

 阿梅に自覚があるとは思えない。だが、無理は確実に彼女の心と身体を蝕むだろう。

(何とかしてやらねば)

 守るべき者との再会と厳しい選択。心を許せる者とは、また離ればなれ。

 重綱はそんな阿梅を見やりながら、己にできることを考えていた。






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