第6話 食べぬ理由


 小姓に扮した阿梅は、堂々と片倉隊に混じり仕事をするようになった。これがまた、よく働くのだ。

 女子おなごであるので力はそうないが、細かな事によく気付き、さり気なく仕事をこなしていく。何より、邪魔にならない。

 阿梅は場をよみ、働く他の者達をけして妨げなかった。

 片倉隊の兵達もすっかり彼女に馴染み、皆が「風太」と呼んで特別扱いはせず、しかし外部の人間には目につかないように気を配った。

 言ってしまえば、片倉隊の人間達ほとんどが阿梅の味方になったのだ。

 それは重綱の意向もあっただろうが、懸命に仕事を手伝う阿梅の姿に心を打たれた者が少なからずいたためだ。

 寝る時はさすがに重綱の傍にいさせたが、それ以外は阿梅の自由にさせて、何ら問題がない。そのような状態だった。

 が、重綱は眉間にしわが寄るくらいには、阿梅に悩まされていた。

「で、どう思う」

 家臣を捕まえ相談する重綱に、聞かれた者はとてつもなく面倒臭そうな顔だ。

「どうも何も。姫様なんだから、俺等と同じものが口にあうわきゃねぇだろう」

 自らの主にむかって横柄な態度を隠そうともしない、その大柄な男は渋谷しぶたに右馬之充うまのじょうだ。

 此度の戦で活躍した彼は、女子を連れて移動しなくてはいけない現状を厄介に思っているようだった。

「それに、食が細くなったとして、当たり前かと。父も兄も失っているんですから」

 そう気遣わしげに言ったのは遊佐ゆさ勘四郎かんしろうだ。

 大阪、冬の陣にも出陣している彼は優しげに見えて、案外飄々とした気質の持ち主である。

「それはそうだろう。だが、あんなに食べないとなればこの後に障る。何か良い案はないか?」

 右馬之充は、もはや呆れた目で重綱を見ていた。

「ぶっ倒れたら小十郎様が担いでいきゃいい」

「そうなる前に何とかしたいという話だ。何かないか?」

 真剣に悩んでいる主に、勘四郎はうーんと頭を捻る。

「今時分なら瓜など、口当たりの良いものが手に入りそうですが。あとは、豆など女子は好きなのでは」

 重綱は「そのくらいなら分けてもらえそうだな」と頷いた。

「豆ぇ? わざわざ煮るのか? つぅか、過保護か。腹空きゃ食うだろ」

 しかし勘四郎は右馬之充のそれに顔をしかめた。

「だが確かに、口にする量があまりに少ない。あれでは心配にもなる」

「気の回し過ぎだと思うがね。隊についてきてるんだ、食べ物食うぐらい手前で何とかしろってんだ」

 しかし重綱はもう二人の話など聞いていなかった。

「豆………豆か……………」

 そんな重綱に右馬之充は勘四郎に囁いた。

「どうにかならんか? あれ」

「ならんだろうよ。こんなこと、聞いたこともないからな」

「まったく真田様も大殿も、厄介なことをしてくれた」

「大殿は楽しんでいそうですからなぁ」

「だから厄介なんだよな」

 片倉家に仕える家臣達は、さらにその上の主、伊達政宗がする小十郎おちょくりをよくよく知っていた。

 でもって片倉家の家臣達は、毎度、政宗に遊ばれている重綱につき合わされているわけで。

 ため息を吐くばかりの二人だった。



 その日の晩のこと。

「本当に煮豆、出しやがった!」

 出されたおかずに右馬之充は叫んだ。

「小十郎様も必死なんでしょう」

「ここまでするか? 普通」

「…………お優しい方ですから」

「甘いって言うんだよ、こういうのは!」

 苦々しい顔をした右馬之充だったが、椀にほんの僅か、二、三口程度しか口にしない阿梅を見て、ついに腹を立てた。

「おい、風太、そんなちぃっとばかしじゃ腹の足しになんねぇだろうが。食いたくなくたって、食わなきゃ生きていけねぇんだ。ちゃんと食え」

 右馬之充の怒りがこもったそれに、阿梅はしかし空の椀に目をやり、それから首を振った。

「私はこれで十分なのです」

 重綱は阿梅に「しかし、な」と言った。

「食べぬと力が出ぬぞ。倒れられては困る」

 阿梅は椀と鍋とを見て、何故かきゅっと目を瞑った。

「わ、私は本当に大丈夫です。これくらいで倒れたりしません」

 右馬之充は阿梅から椀をひったくるとざばりと煮豆をよそった。

「お前さんの為にわざわざ小十郎様が用意したんだぞ」

「えっ!?」

 驚いて目を開け重綱を見る阿梅に勘四郎も重ねた。

「貴方があまりに食べぬものだから、心配しているんです」

 阿梅は重綱をじっと見て、それから俯いた。

「でしたら、そのような心配は無用です」

 そのあまりに頑なな態度の阿梅に、右馬之充はずいと椀を突き出した。

「食べろ」

「……………ですが」

 阿梅は口を開いたが。その時、くきゅぅぅぅっ、という音がして、阿梅は顔を真っ赤にした。

「は?」

「え?」

「腹の、音?」

 右馬之充、勘四郎、重綱は顔を見合わせた。

 これはどうしたことだ。てっきり気持ちが沈んで食が細くなっていると思っていたのに。

「あ、あの! 本当に大丈夫です。今のは、何かの間違いで」

 しかし聞いてしまった音はどう考えても腹の鳴る音だ。

「腹が空いてんだろ。何で食わねぇんだ?」

「理由があるのでしょう。そうですよね?」

 問い詰められ、阿梅はしどろもどろに説明した。

「私はまず、兵ではありません。それに子供です。そして皆様は大人で、戦う人達です。

 私の所為で、皆様の食べる分が少なくなってはいけません」

 それを聞いた重綱は頭を殴られたような気分だった。

 阿梅は片倉隊の為に我慢をしていた。いや、その我慢は彼女にとって当たり前のことだったのだ。

「………………真田様は九度山に押し込められていたと聞きますね」

 重綱もそれは知っている。

 きっと貧しい暮らしをしていたのだろう。腹を空かせることなど、阿梅には常のことだったに違いない。

「馬鹿野郎!」

 いきなり右馬之充が怒鳴った。

 びくつく阿梅に右馬之充は椀を無理矢理に持たせる。

「腹ぁ空かせた子供に飯も食わせられねぇってか? んなわけあるか!」

 衝撃で何も言えない重綱と違って、右馬之充は力強く言い切った。

「うちの大将は、そんな狭量じゃねぇ。腹一杯食えよ。子供が遠慮なんかすんな」

 阿梅はじっと椀を見て、それからおずおずと重綱を見た。

 重綱は「そうだ。遠慮など、もうするな」と頷いた。

 阿梅は躊躇っていたが、三人が見守るなかで椀に口をつけた。

「ほら、まだあるからよ。たくさん食べろよ」

 右馬之充は率先して阿梅を構っているしまつだった。そして阿梅は、本気で涙目になるくらいまで煮豆を食べさせられることになる。

 この数刻後、阿梅達は京都の伊達屋敷にたどり着くのだが、その頃には阿梅はもう立派な片倉隊の一員だった。









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