第15話 そして誰もおらんようなる
超常現象や。
さっきまで、普通に生きとった人間がミイラになる。そんなことあるか? でもあれはまちがいなくマッカーサー。じゃあ、なんらかのトリックで?
ミイラ……即身仏……布団パック即身成仏……電撃ネットワーク……犯人はギュウゾウ?
いやいや。布団圧縮袋で窒息はしても干からびはせん。もっと別のトリックや。そういえば、パン食いに来たとき、やけにやつれとると思ったが、それとこの死に方は関係あるんやろうか。いったいどうしたら、見る見るやつれて干からびる?
どう考えても、そんなトリックがあるとは思えん。無理や。もはやミステリーの範疇やない。ブードゥーの呪いとか、吸血鬼とかの世界や。
そうか。こいつは本格やなくて、実はホラーやったんか――
「もう嫌だ!」
ソバカスが、突然泣き声を張り上げて喚いた。
「冗談じゃねえや。こんな職場にいられっかよ。今すぐ辞めさせろ!」
「なにい」
タマちゃんも、負けじと全力投球で喚いた。
「そんなのは、借金全部返してから言え。このタコ!」
「なにコラあ。タコはそっちじゃ、タコ!」
「金なら返せんってか。大川総裁気取ってねんじゃねえぞ、このタコ!」
「タコ!」
「もうやめて!」
サンマルチノが、不毛な言い争いに割って入った。
「ケンカしてる場合じゃないでしょ。クミちゃんが餓死したのよ!」
「餓死だって?」
古参兵が、ポカンと口を開けた。
「昼に野菜スティック食ってたぞ。餓死なんてするもんか」
「きっとそれ、指をしゃぶってたのよ」
「いやいや、ニンジンとかセロリを食ってたって」
「指にいろんな色塗って、みそつけるフリしてたのよ」
「んなアホな……うっ」
古参兵が、突然苦しげに顔をゆがめた。
「く、空気」
「どうしたの?」
「酸素が薄い。苦しい」
「パニック? 落ち着いて。酸素ならあるわよ。さあ、ゆっくり息を吸って」
「酸素!」
古参兵の顔が、紫イモみたいになった。なんでか知らんが、古参兵のまわりだけ、急に空気が薄くなったようやった。
「過呼吸だな。金魚みたいにパクパクして。まあ、部下が三人も死んだんだから無理もない。おい、秋山。そいつは時間が経てば治るから、あわてず息を吐いてみろ。吸う、吐く、吐く、吸う、吐く、吐くのリズムだ」
「むむむむむむむむ」
ついに古参兵は、床に転がってジタバタしはじめた。サンマルチノが、シンクの抽斗を漁ってビニール袋を取ってきて、古参兵の口にあてがおうとした。が、首をブンブン振って暴れるので、全然できずにいた。
「オーナーどうしよう。秋山さん死にそう」
「過呼吸じゃ死なんよ。そう見えるだけだ。そのうち落ち着く」
「ほっといていいの? もうすっかりゆでダコみたいよ」
「ハハハ。千と千尋に出てくるオヤジみたいだな。意地汚くバクバク食って、こんな顔色になったっけ」
と、ソバカスが、むきになって反論した。
「なに言ってんすか、オーナー。千と千尋に、そんな場面ないっすよ」
「いや、ある。おれは宮崎にはちょいと詳しいんだ」
「オーナーの言ってるのは、カリオストロのルパンでしょ。血が足りねえってバクバク食って、食ったから寝るってやつ」
「そんな場面あったか?」
「オーナー」
サンマルチノが、しゃがんだままタマちゃんを振り仰いだ。
「秋山さん、死にました」
「へ?」
タマちゃんの顔が、クラリスに次元様と言われて、くわえタバコを髭に落としたときの次元そっくりになった。
「でも死ぬはずないんだけどなあ……ホントだ、死んでる。おかしいなー。過呼吸じゃなくて、のど飴でものどに詰まらせたかな」
「秋山さん、のど飴舐めてたの? ひどい。目の前で、クミちゃんが餓死したっていうのに」
「いや、舐めてたかどうか知らんけど、ほかに理由が思いつかん」
「みんな、いいかげん目を覚ませよ!」
ソバカスが叫んだ。
「こんなにジャンジャン人が死ぬなんて、どう考えてもおかしいだろ。こいつらのせいに決まってる。こいつらが、向こうから殺人ウイルスでも持ってきやがったんだよ!」
またわしらを犯人呼ばわりした。
「山岸さんは溺死ウイルス、阿部さんは頓死ウイルス、クミさんは餓死ウイルス、主任は窒息死ウイルスで殺したんだ」
「殺してません!」
イッチが試合後の大仁田みたいに、涙の出ない涙声で訴えた。
「もしかしたら、ぼくたちが来たことで、なんらかの異変がこちらの世界に起きてしまったのかもしれません。もしそうだとしたら、本当に申し訳ないと思います。だけど、意図的に殺したりは絶対にしてません」
「なんらかの異変って、なんだよ」
「ぼくにもさっぱりわかりません。ユエナ、どう思う?」
いきなり振ってきよった。ホンマ、アドリブの効かんやっちゃ。
「自分で言っといて、どう思うってどないやねん。フリートークが苦手やと、せっかく売れても生き残れんで」
「たとえば?」
「いくらでもおる。うなずきトリオがそうやろ。あとクールポコや」
「そこ限定?」
「まじめはいいけどなんかしゃべれって、どつきたくなんねん。今のあんたがそうや。異変がなにかくらい、口から出任せでもいいから言え」
「出任せじゃダメじゃん。ゴマスリ行進曲じゃないんだから」
「誠心誠意、嘘をつく。そうすりゃ嘘もまことになるって、道徳の時間に習ったろ」
「それは、昭和の政治家のセリフでしょ。だいたい古いんだよユエナは。誠意なんて、平成のバカップルとともに死んだよ」
「おいコラ待て。イッチの言うてるのは、ウキウキウォッチングの羽賀研ちゃんのことやろ。古いなー。平成のバカップルいうたら、今やモーニングの辻ちゃんや」
「全然バカのスケールがちがうじゃん」
「漫才はやめろ!」
ソバカスの怒声が響いた。
「今度は誰が死ぬんだ。え? おまえらの正体はなんだ。テロリストか?」
「テロリストちゃうわい。藤原組長みたいに言うな」
「じゃあなんなんだよ。なんでみんな死ぬんだ。説明しろ!」
「わしらかて、知らん言うてるやろ。テロリストでもなきゃ魔術師でもなきゃ妖怪でもないねん……あ」
突然わしは、妖怪いう言葉から、あることを連想した。
「なあ、イッチ。もしかしてこれ、本物の妖怪の出てくるミステリーちゃうか?」
「どうしたの、ユエナ。稲川淳二がホラ話をするときみたいな顔になってるけど」
「もしかしたらわしら、妖怪に化かされてるのかもしれん」
「たぬきとか?」
「わからんけど、たとえばタイトルに魍魎とあっても、ホンマに魍魎が犯人やないやろ。でもなんとなく、魍魎いう怖ろしげなもんがどっかで出てきてほしいなーって、期待して待ってることないか?」
「ごめんなさい。一ミリもわかりません」
「とおるちゃん見てみい。さっきから、妙にビクビクしとる。わしらには見えんもんが、あの子にはバッチリ見えとるんちゃうか?」
「別に、ピヨちゃんは、普通の鳥だよ」
「動物の能力は、人間には計り知れん。こんなん出ましたけどいう白蛇も、なんか見えとったんやろ」
「あれも動物? ただのクラブのママでしょ」
「まあそれはたとえや。とにかく、ここは現実とどっかがちがう。そのどっかとは、本物の妖怪がいるっちゅうことやと推理したわけや」
「当てずっぽうじゃん」
「直観推理こそ、ミステリーの王道じゃ。名探偵は、みんなそうして大きゅうなった」
「直観とは、推理によらず物事を認識することである」
「当たっとればいいんじゃい! ここまで言えば、イッチにはピーンとくると思っとったんやけどな」
「もっとヒントを」
「象印クイズかい。ほんならズバリ言うたるわ。幾野セリイや」
「サイレント?」
「そや。なんかおかしかったやないけ。口利かんのもそうやし、夢に出てくるのもそうやし、どっかで見た気がするけどどこにもいないっちゅう……妖怪やろ?」
「けど、あっちでクラスメートだったんだよ」
「向こうの世界じゃ、力を封印されてたんやろうな。それを玉城レイが余計なことして、こっちへ送り込んだもんで、力を解き放って殺しまくってるわけや」
「そんな子じゃなさそうだったけど」
「甘い! 妖怪には倫理もへったくれもない。だから怖いんじゃ」
「いい妖怪もいるじゃん。鬼太郎とか」
「あんなもん、目玉をお父さん呼んどるキチガイや。名前に鬼つけられとるしな。わしはな、セリイはマッサージ館にとり憑いた、座敷わらしやとにらんどるんよ」
「座敷わらし?」
「昔っから、それっぽいなとは思ってたんや。あれに憑かれた家は、次々に不幸が起こって、没落するんやなかったな」
「どうかなあ。直接人殺す?」
「殺す殺す。華麗なる没落目指して一直線や。そして誰もおらんようなる」
「いったいなんの話だっ!」
タマちゃんが、おさむちゃんです言う直前くらい、額に青筋立てて吠えた。
「うちに座敷わらしがとり憑いた? はっ! 冗談は顔だけにしろ。座敷わらしがいる家は栄えて、いなくなった家が没落するんだ。貴様の言ってるのは真逆だ」
わしは、ほーっと感心した。
「タマちゃん、えらい詳しいでんな」
「常識だ。だいたい座敷わらしは、いたずら好きのおちゃめさんだからな。人殺しなどはせん。ただし赤いわらしを見ると、一家全員食中毒で死ぬそうだ」
「やっぱり怖いわ。確かサイレント、赤い靴履いとったで」
「クラスに座敷わらしがいたのか?」
「それっぽいのがな」
「子どもにしか見えないから、貴様らの歳では見えんはずだぞ。でも最近の学生は精神年齢が低いから、そういうこともあるかもしれん」
「先生にも見えとったで」
「先生なんてもっと幼稚だ。で、そいつがこっちに来たのか?」
「わしら、そのギャルを追ってきたんや」
そもそもの最初から説明すると、タマちゃんは腕組みをしてうーんと唸り、
「確かに怪しいな。レイはとんでもないことをしたのかもしれん。ぜひその子を見つけたいもんだが、なにか呼び出す方法はないかな」
「わたし、こんな話知ってる」
サンマルチノが、得意げに胸を張って言った。
「宮沢賢治の童話に、ざしきぼっこのはなしというのがあるの。その中で、十人の子どもたちが大道めぐりをやってると、いつのまにか十一人になって、増えた一人がざしきぼっこだって書いてあった。だから、みんなでそれをやったら呼び出せるかもしれない」
「大道めぐりって?」
わしが訊くと、サンマルチノは首を傾げ、
「よく知らないけど、手をつないで円くなって、ぐるぐるまわる遊びみたい」
「なにがおもろいのかわからんな。かごめかごめと一緒か?」
「さあ。でも結局、増えた一人がどの子かわからなくって、それなのに、何度数えても十一人いたんだって。不思議でしょ?」
「不思議を通り越しとる。数学的にありえへん」
「くだらねえ話はやめろ!」
これで何度目かの爆発を、ソバカスがした。
「妖怪なんているもんか。アホくせえ! ごまかしてんじゃねえよ」
「ごまかす気はないで。一生懸命考えとるんや」
「ふざけてるようにしか見えねえよ。おい、妖怪、いるなら出てこい。姿を見せろ、アホ。ほら見ろ、いねえじゃねえか」
「妖怪をバカにしたらいかん。なんかされるで」
「なんかしてみろ、妖怪! なんかようかいじゃねーよ、バーカ。ほら見ろ、なんにも……え?」
ソバカスが、不意に口をつぐんだ。
「どうした?」
ソバカスが、のどに手を当てて、やけに難しい顔をした。さっきの古参兵みたいに、急に空気が薄くなったんやろうか。
「え……あれ……て、て、て、て、て」
「手? 手がどないした?」
「ティ、ティ、ティ、ティー」
「ティー? 紅茶か?」
「ティー、ティー、ティティーティティー!」
ソバカスの口から絶叫がほとばしり、両手がピーンと横に伸びた。そして、首がぐるっと三六〇度まわった。
「え?」
「ユエナ、見るな!」
イッチが手を伸ばして、わしの目をふさいだ。でもその前に、見てもうた。
ソバカスの首が、胴体から離れて落ちたのを。
血は出んかった。まるで、その箇所がネジ式になっとったみたいに、きれいに外れてポトリと落ちた。
「ティー!」
断末魔の絶叫が、まだ耳に残っとる。首がとれ、腕を水平に広げたソバカスの姿は、あたかもエジプト十字架の再現……いや、完璧なTT兄弟の体現やった。
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