第16話 殺られてたまるか!

 ついに、ソバカスまで逝ってもうた。


 残ったのは四人。わし、イッチ、タマちゃん、サンマルチノ。


 わしとサンマルチノは口を利けず、ただ突っ立っとった。そのあいだに、イッチとタマちゃんが、ソバカスの首と胴体をどっかに運び、また食堂に戻ってきた。


「これではっきりしたな」


 タマちゃんが、荒い息をつきながら、ぼそりと言った。


「永作は、アンドロイドでも宇宙人でもない。おれたちと同じホモ・サピエンスだ。その首が、一滴の血も流さずにとれるなんて、あるはずがない。そのあるはずのないことが、われわれの目の前で起こった」


「そやな」


 みんな無言やったんで、わしが相槌を打った。


「もはや人間技じゃない。もし、人間が犯人だとしたら、デビッド・カッパーフィールドしか思いつかん。でも彼は向こうの世界にいる」


 タマちゃんが遠くに目を向けて言うと、サンマルチノがはたと手を打ち、


「そういえば、こっちに河童フィールドというのがいたわね。でも彼にできるイリュージョンといったら、せいぜい頭のお皿で目玉焼きを作るくらいだわ」


 要らん小ネタを挟んだ。しかしタマちゃんは、それに食いついた。


「河童! そうだ。河童なら殺人をする。やつに尻小玉を抜かれると、死ぬからな」


「尻小玉って?」


「肛門内にあるとされる幻の臓器だ。河童はそれを食う。きみのクラスメートは、同級生の尻小玉を抜いてなかったか?」


「そらないなあ。みんなピンピン生きとったさかい」


 そもそも肛門内にそんなもんがあったら、わしらと同じホモ・サピエンスやない気がする。河童犯人説は、その点からも大いに疑問やった。


「まあ、そういうメジャーなやつかどうかは別として、妖怪の仕業なのは確かだ。とすると、おれたちに助かる見込みはないな」


 タマちゃんはすっかり観念したようや。顔をあげて天井のどっかを見つめ、


「妖怪さん、さっきは永作が失礼なことを言ってすみませんでした。その報復で首をねじ切ったんですね。すばらしい力です。感服します。もう脱帽です。つきましては、不肖玉城イチロー、あなたの弟子になりたいと思います。殺人の手伝いでもなんでもしますから、どうかわたくしの命だけは、見逃していただきたく存じます」


 いっそ爽快なくらい卑怯やった。サンマルチノがタマちゃんを横目でにらみ、


「もし妖怪が、天邪鬼だったらどうするの。反対のことされるわよ」


「反対? とすると……おいコラ、天邪鬼! 殺してみろ、ほら」


 カマーンと天邪鬼を挑発した。が、なんも起こらんかった。


「花畑、おれは疲れた。もうどうしていいかわからん」


「そうですね」


 サンマルチノも、もはやあきらめムードやった。


「わたし、仲間より長く生きる気なんてなかった。みんなが死ぬのを見るくらいなら、いっそ先に殺されたかった」


「なに言うねん」


 わしは本気で突っ込んだ。


「弱気は最大の敵や。最後まで生きよう思わんかったら、人生が劇にならん」


「もういいのよ、ユエナちゃん。わたしは死を見すぎた。わたしだけが生き延びていい理由なんかない。ただ消えたいの」


「死ぬのは痛いで」


「一瞬よ」


「なんのために生まれてきたんや」


「五歳で死ぬ子もいるわ。わたしなんかもう三十よ。充分生きたわ」


「アホぬかせ! わし、姉さん好きなのに」


 サンマルチノが黙った。わしはここぞと畳み込んだ。


「悲しむ人をあとに残して、勝手に死んだらアカン。そらな、この世が五歳でも死ぬいう不細工なところやっちゅうことは、小学生でも知っとる。そんな当たり前のことで悩むんは、正しいことやない。笑いとばすんが正解や。お笑い観い。ケタケタ笑うと、元気出るで。この世も捨てたもんやないっちゅう気になる」


「そうね。ありがとう」


 サンマルチノが、にこりともせんと言った。


「でもこの状況で、笑うのは無理。助かる気もしないし。どうせ死ぬんだから、みっともない悪あがきはしたくないの」


 ちらっとタマちゃんを見た。タマちゃんはいかにも心外そうにムッとし、


「おれへの当てつけか? フン。みっともなかろうが、おれは最後まで自分が生き残る道を探る。ねえ、妖怪さん。あなたに生け贄を捧げましょうか? そうですねえ、まだ十五歳の若い少年少女などはいかがでしょう」


 ぎらりと光る目をこっちに向けた。わしはぞっとして、イッチにすり寄った。


「おい、イッチ。あのおっさん、わしらを殺すつもりやで」


 しかしイッチは、心ここにあらずといった様子で、


「……え?」


「聞いてなかったんか。妖怪の生け贄に、わしらを差し出す言うとるんや」


「妖怪?」


「どっから聞いてないねん! 耳あるんか、われ」


「ああごめん。考え事してたから」


「恐るべき鈍感力やな。なに考えてたんや」


「いや、昨日骨の勉強してて、ふと思いついたことがあって」


「骨? 骨がどないした」


「まあ、ただの偶然かもしれないけど、先輩たちの身に起こったことに、ひょっとしたら関係あるのかなあって」


「なんや。はっきり言え」


「うーん、でも、なんか羞ずかしいなあ。笑われそう」


「モジモジくんしとる場合か。ほら」


「あのさ、外側のくるぶしは、外果って呼ぶじゃん」


「おう」


「そんで、内側は内果って……ウフフ」


「コラ! オチ言う前に笑うんは最低や。早よ言え」


 じれてイッチをどついたときやった。


「ワチャー!」


 タマちゃんが、ブルース・リー調の雄叫びをあげながら、ジャンピング・ニーで飛び込んできた。


「おげ!」


 イッチの顔面にモロに入った。たまらず後ろに吹っ飛ぶ。キッチンの戸棚に背中からぶち当たり、派手な音を立てた。


「デビルウイング!」


 タマちゃんが怪鳥のように宙を舞い、くるりと前方回転して浴びせ蹴りをした。イッチが間一髪でよける。するとタマちゃんの踵が、豪快に戸棚の扉を蹴破った。


「おんどりゃわれ!」


 イッチが見たこともないような形相になり、聞いたことのないような汚い河内言葉を発して、戸棚から皿をとってタマちゃんの頭に振りおろした。


 コーンと安い音が響く。安いプラスチックの皿や。タマちゃんは不敵に笑い、皿を四、五枚わしづかみにしてイッチの頭を殴った。


 皿はペロンと曲がった。紙皿や。つくづく安いモンしか置いてない。二人は互いにプラスチックと紙で攻撃し合ったが、ほとんどノーダメージやった。


「あの人たち、妖怪にとり憑かれたわ」


 サンマルチノが二人のほうへ走った。そして険しい顔で手を振りあげ、


「出て行け! 出て行け!」


 叫びながら、背中をバシバシ叩いた。タマちゃんもイッチも、電流爆破でやられたように背中をのけぞらせてあえいだ。やっぱり恐ろしいパワーや。


「まだ出て行かないのっ!」


 サンマルチノが、ロードウォリアーズばりにタマちゃんを頭の上にリフトアップして、床に思いきり叩きつけた。


 わしは、ここが敵を倒すチャンスと見てテーブルにのぼり、悶絶してるタマちゃんの腹にフットスタンプで降りた。


「おごうっ!」


 手ごたえ、いや、足ごたえ充分や。


「もういっちょ行くぞ!」


 そう言って再びテーブルにあがった。が、よう見ると、サンマルチノが今度はイッチをリフトアップしとる。味方のピンチじゃ!


「ハイジャンプ魔球、エビ投げ!」


 わしは高々とジャンプして、振りかぶった手を、脳天唐竹割りの要領でサンマルチノの頭に叩き込んだ。


「効かぬわ!」


 サンマルチノは、イッチを頭上に差し上げたまま、微動だにしなかった。わしはもう一度テーブルにあがり、ホワーッと気合の声もろとも、キラーカーン直伝のモンゴリアンチョップをかました。


「効かぬ、効かぬ」


 化け物や。もし妖怪がとり憑いてるんなら、この女や。


「行くわよ!」


 サンマルチノがイッチを投げつけてきた。まともにボディアタックを食らった格好になり、後ろにひっくり返って、イッチを抱えたまま硬い床に背中を打ちつけた。


 息が詰まる。身体中がしびれて力が入らない。


「オウ、オウ、オウ、オウ」


 まずい。サンマルチノがシンクに寄りかかって、野生の遠吠えを始めた。ブルーザー・ブロディの、必殺キングコング・ニードロップがくる!


「オウ、オウ、オウ、オウ、オウ、オウ」


 サンマルチノが、ゆっくりと右腕を差し上げた。助走が開始される。もうアカン。あれを食らったら最期、内臓破裂で大量出血し、苦しみぬいてジ・エンドや。


「イッチ。わしは動けん。あんただけでも逃げろ」


 わしが言ったんと、サンマルチノが跳んだのが同時やった。もう間に合わん。二人とも、超獣のニーに串刺しにされる。


 と。


 イッチがさっと身体を反転させて、右足を天に突き出した。そこへサンマルチノが顎から落下した。迎撃ミサイル命中や!


「ハーッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハー」


 イッチがぬーっと立ち上がり、アンドレ風に野太く笑った。サンマルチノは大の字に伸びとる。


「時は来た!」


 イッチが爆勝宣言をした。そして、サンマルチノの頭をつかんで無理やり立たせると、ブレーンバスターの形に担ぎあげ、マットのない床に垂直落下式DDTを決めた。


 ゴーンと、ボーリングの球でも落としたような音が響いた。こいつはエグい。ケネディ大統領みたいに、サンマルチノの頭が爆ぜてなんか出たんちゃうかと思った。


「小川ァ、まだだコラア」


 橋本妖怪にとり憑かれたイッチは、相手を完全に小川直也と思い込んどった。スリーカウントは狙わず、サンマルチノを失神させようと、三角絞めの体勢に入った。


「イッチ、危ない!」


 いつの間にか復活していたタマちゃんが、イッチの背後に迫った。振り向くイッチ。その顔面に、タマちゃんの口からブーッと液体が吐き出された。


「青汁毒霧じゃあ!」


 目を押さえてひざまずくイッチ。タマちゃんはニターッと不気味な笑みを浮かべ、手をひらひらさせながら、イッチのまわりを蝶が舞うようにダンスした。


「ケッケッケ。邪道でけっこうコケコッコー」


 調子づいて言うと、おもむろにポケットからチャッカマンを取り出し、イッチの髪の毛を燃やそうとした。


「それがあんたのやり方かあ!」


 わしはたまらず、床から頭をあげて叫んだ。するとタマちゃんは、ザコシのアシュラマン漫談のようにカーッカッカッカーと笑い、イッチのまわりを舞っては、ちょいちょい火をつけた。


「クソ……正直、目が見えん」


「落ち着け、イッチ。それ青汁やぞ」


「……青?」


 イッチがひざまずいたまま、恐る恐る目を開けた。その瞬間、タマちゃんが電光石火のシャイニング・ウィザードを浴びせた。


 イッチがダウンした。まずい。わしがなんとかせんと、イッチが完璧にやられてまう。


「ドドスコスコスコ」


 勝利を確信したんか、タマちゃんが腰を振ってダンスし、ありもしない観客席に向かって投げキッスをした。


「そろそろフィニッシュ行くぞー」


 悠々とテーブルにのぼり、イッチに背中を向けた。まちがいない。ムーンサルトプレスを決めるつもりや。


 タマちゃんが腰を深く沈める。すると、ゴルゴ松本の命のポーズっぽくなった。そういえば、松本という名字には、人志や清張や零士など超ビッグネームが多いが、ゴルゴだけは例外やなとほんの一瞬思った。


 くそったれ。わしかて大物になったる。


 しびれる身体を起こした。タマちゃんがジャンプする。美しく宙を舞うタマちゃん。わしはとっさに、星飛雄馬のスクリュースピンスライディングを破った掛布を思い出し、下からジャンプして、錐揉み状に身体をねじってタマちゃんに激突した。


 タマちゃんがバランスを崩し、側頭部から床に落ちた。首が、なにを唄っても橋幸夫になってあれーっと悩むおさむちゃんみたいに、L字型に曲がった。


「よくもやったな、武藤ォ」


 橋本イッチが、ゆらりと立ちあがった。タマちゃんのベルトをつかんで腰を引っ張りあげ、胴に両腕をまわしてガシッとロックする。プロレスの芸術品、ジャーマン・スープレックス・ホールドの体勢や。


「小川ァ、おれごと刈れえ!」


 今度はわしが、小川になってもうた。


「いや、タマちゃんはグロッキーや。そのまま後ろにほっぽり投げたらよろし」


「遠慮するなあ、小川」


「わし小川ちゃう。奥川や」


「オゥガァワァァァァ」


 アカン。こんなんしてるうちにタマちゃんが息を吹き返してまう。わしはえいと肚を据え、柔道の授業で習った大外刈りのポイントを思い泛かべながら、タマちゃんを抱えたイッチに組みついた。


「いくでSTO、スペース・トルネード・奥川!」


 大きく振りあげた右足で、イッチの右足を刈った。イッチ、続いてタマちゃんが、後頭部をゴンゴンと床に打ちつけた。


 タマちゃんの口から舌が出た。ちょうどIWGPの決勝で、ホーガンにKOされたときの猪木そっくりに。ということは、まぎれもなく本物の気絶や。


「イッチ、大丈夫か?」


 見ると、イッチも舌を出しとる。しまった。ダブル失神させてもうた。


「ペローン、なんちゃって。ぼくなら大丈夫」


 イッチが舌をペコちゃんみたいにして、ウィンクした。わしはどっと疲れた。


「驚かすなや。イッチまでやってもうたと思ったわ」


「フフフ。敵をあざむくにはまず味方からってね。さあ、あとはミス花畑だ」


「サンマルチノなら伸びとる。あんたがやったんや」


「え?」


 DDTを食らって死んだようになってるサンマルチノを見て、イッチは信じられないという顔をした。


「じゃあ、ぼくたち勝ったの?」


「そうらしいで。二人ともねんねや」


「あの怪人コンビに……勝った……」


 その様子は、あたかも猪木・坂口組に勝利して、ホントにおれたちがやったのかと驚き惑う、若き日のマッチョ・ドラゴンを彷彿とさせた。


 ちゅーことは。


「やったぞ!」


 パク・チュー役のわしと、がっちり抱き合った。


 自然な抱擁や。


 なんの罪悪感もない。嫌悪感もない。共に死力を尽くして闘い、強敵を破った仲間への、爽やかで純粋な共感しかなかった。


 イッチと抱き合いながら、わしは心ん中で母親に向かって叫んだ。


 ザマーミロ。わし、あんたらに勝ったで!


 パチパチパチ。


 拍手の音が聞こえて、ハッと後ろを向いた。


 タマちゃんとサンマルチノが、いつの間にかテーブルに寄りかかって立っとった。


「敗けたよ、ヤングパワーに」


 タマちゃんが苦笑いを泛かべて、潔く言った。


「空中で蹴られて落下したときは、誇張しすぎたパーフェクト・ヒューマンくらい首が曲がっちまった。あれで勝負あったな」


「わたしも」


 サンマルチノも、笑みを見せて言うた。


「DDTを受けた瞬間、目の前がぱーっと明るくなって、オーマイゴッドファーザー降臨って思ったわ」


「ところで一ノ瀬くん」


 タマちゃんが、椅子によいしょと坐って、イッチを手招きすると、


「さっきわたしがジャンピング・ニーをする前に言ってた、外果とか内果とかの話。あれはどういう意味か、教えてくれるかね」

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