第5話 マスター召喚できんのか


「それにしても」


 派手な店やった。


 中国風というか、けばけばしい赤色の、ゼンジー北京師匠の衣装みたいな壁をしていて、そこにオリジナルキャラの、カエルがカメをマッサージしてる絵が描かれとった。


「甲羅みたいな背中でもほぐします、ちゅうことかな」


「カエルの横に、60分1,480円てあるじゃん。むちゃくちゃ安くない?」


「こっちの物価を知らんからの。まさかイッチ、ここでわしらの全財産費う気か?」


「ちがうよ。秘密のツボを知ってる人がいないか、訊いてみるんだよ」


「なるほど」


「もしくは、マスターモミゾウと呼ばれる人がいるかどうか。もしこっちの世界にそういう人がいたら、おなじ業界人なら、きっと知ってるんじゃないかな」


「おぬし冴えとるのう。善は急げじゃ、行くで」


 ウィン、と自動ドアがあく。カウンターがあって、カメとカエルのぬいぐるみが、わんさと積んであった。そん中から、


「らっしゃいませえ、初めてですかあ」


 アニメみたいな声がしよった。よう見ると、カエルの帽子をかぶって、ガチャピンみたいな色の制服を着た年齢不詳の女がおった。


「初めての方には、会員カードをお作りしていまーす」


「いえ、ぼくたちは――」


「こちらの紙に、お名前と、ご住所と、お電話番号をお書きになって、全身コースか部分コースかをお選びくださーい」


 まったく人の話を聞かん。明るいのはええが、こんなんやから向こうでは生きられなかったんやろう。イッチがひそひそ声で、


「ようやく夢の世界らしくなってきたね。ディズニーが似合いそうな人だよ」


「そんなええもんやあらへん。頭イカれとるだけや」


 わしは、カエル女がまたなにか言おうとするのを遮って、


「わしら客ちゃうねん。ちょいと訊きたいことあってな」


 これで何度目かの、事情説明をした。するとカエルは、


「わたしでは、まるっきりわかりませんので、主任を呼んでまいりまーす」


 あ、ぴょん、あ、ぴょんと言いながら、カウンター奥のドアの向こうに消えた。


「ふざけた女や。本気でシバきたい」


「気づいた、ユエナ。あの受付の人」


「トチ狂ってることやろ。そんなんタコでも気づくわ」


「腕にリストカットの痕がたくさんあったよ。十本か十五本くらい」


「ふーん。そらまたオシャレな」


 やがてカエルが、おんなじかっこをした背のひょろ長いおっさんを連れてきた。


「主任の秋山です」


 男がそう言って、カエルの帽子を脱いでバカ丁寧に頭を下げた。頭は囚人か兵隊さんみたいな、思わず「昔か」とキツめに叩きたくなるような丸刈りやった。


「なんでも、秘密のツボをご存じとか。ぜひ奥でご教授を」


 話がテレコや。カエルふざんけんなやと、思いっきりにらみつけてやった。


「さあこちらへ。あいているマッサージルームでお話を伺いましょう」


 秋山ちゅうおっさん(仇名は古参兵と決めた)が、カエルの帽子をキリリとかぶり直して、軍人みたいにさっさか行きよった。イッチがついて行くんを、わしもあとから追いかけた。すると、


「ばあ」


 後ろから、受付のカエル女に抱きつかれた。


「気色悪う!」


 生温かいんと、変な化粧の匂いでゲー出そうになった。


「離さんかい! わし、その趣味ないねん」


「大好き」


「わしゃ嫌いじゃ」


「かわいそうに。こっちに来る子はみんな、子どものとき、お母さんに抱き締めてもらえなかったの。だから、わたしがこうして、抱き締めてあげる」


「誤解じゃ! 半分当たっとるけど、わし穴から落ちたんちゃうねん。ツボ押されて来たんや」


「それだけで、来れるはずがないわ。向こうで生きてたら壊れちゃうから、こっちに来る道が開かれたのよ。あなたが来た道も、いわゆる穴の一つ」


「とにかく離してくれ。巨大カエルに捕まった気ィして、じんましん出てきよった」


「わたしは仲間よ。苦しくなったらいつでも来て」


 ようやくカエルが手を離した。声はアニメのくせに、力はブルーノ・サンマルチノと同じくらいある。だから、仇名はサンマルチノにした。


「ユエナ」


 通路の先で、イッチが手招きした。そこへ行くまでのあいだ、通路の左右に個室のマッサージルームが二個ずつあった。


 マッサージルームのドアには大きなガラス窓があって、中が見えるようになっとった。せやなかったら、中でセクハラされそうで、わしみたいなレディは入る気せえへん。


 窓から覗くと、ベッドに寝たすだれ髪のおっさんが、カメの絵がプリントされたタオルケットをかけられて、カエルのかっこをした若そうな女に頭皮を揉まれていた。わし、どないに落ちぶれても、おっさんの頭皮だけは触られへん。


 その反対側の部屋では、ベッドに伏さったおばはんの甲羅を、男のカエルが踏んづけたり、エルボーを突き刺したりしていた。確かタイ式マッサージっちゅうやつや。これやったらわしにもできる。ひょうきんプロレスのつもりでやったらええ。


 イッチと古参兵に追いついて、二人が見ている部屋の中をひょいと覗いた。そん中に客はなく、ソバカスの浮いた童顔のオスガエルが、ベッドに横になって、マンガ本を広げて足をバタバタさせとった。


 なるほど。客がなくて手があいてりゃ、マンガを読んでていいらしい。キモいおっさんに触らなくてよければ、なかなかええ職場に思えてきた。


 古参兵がそのドアを開け、オスガエルに怒鳴った。


「おい、永作。ここ使うから、休憩室に行ってろ」


 永作と呼ばれたカエル(仇名はソバカス)が、とっさに直立して帽子を取った。なんだか軍隊チックや。イマドキにしては古いのーと思ったが、あっちとは時代がズレとるのかもしれん。なんせ落ちこぼれどもがつくっとる社会やから、より良い社会になんかなるはずもない。


 ソバカスは、奥目の八ちゃんによう似た目を、遠慮なくじーっと向けてきた。


「ねえ彼女、向こうでなにしたの?」


「コラ、失礼だぞ」


 古参兵が怒っても、ソバカスは目線を外さんで、


「どんなヘマやってこっちに来たのか教えてよ。おれっちも教えるからさ。恥をさらせば楽になるよ。ここで会ったのも、なにかの縁だしさ」


「悪いの。わし勝手に来ただけで、落ちてきたんとちゃうねん。兄さんとちごうて」


「うへえ、お高くとまるねー。でもその顔がかわいいな」


「いいかげんにしろ、永作。女を見たら声をかけずにはいられんのか」


「はい、そうです」


「変なおじさんみたいに言うな! それより、マンガ読んでる暇があったら、山岸にマッサージ教えてろ。早く使えるようにしなきゃ、どうしようもないだろ」


「だって、山岸さんは男だから興味ないし、根暗で変態だから嫌いです」


「だったらその根性を叩き直してやれ! いくら年上でも、ここじゃおまえが先輩なんだからな。それはそうと、腹減ったから、隣でハンバーガー買ってきてくれよ。四つくらい適当に、割引クーポン使って」


「四つですか。食いますね」


「この四人で、一つずつだよ」


「あ、こちらにも? じゃあそっちは一万円バーガーですか?」


「バカ。余計なことを言うな」


「すいません。じゃ、クーポンください」


「そんなものないよ」


「ない? おれっちもないですよ」


「あるフリして買ってこい」


「券出せって言われたら、どうするんです?」


「前のときは、そんなこと店員に言われなかったぞって言え。だいたい外人のレジなら大丈夫だから。それでも文句を言ってきたら、店長呼べって言えばいいんだ。もし割引で買ってこなかったら、おまえ買いとれよ」


「無理っすよ。もうこれ以上給料から引かれたら死にます」


「なら死ぬ気で買ってこい、急げ!」


「はい!」


 ソバカスは、気持ちのええ返事をすると、部屋を飛び出そうとした。


 と、わしらの横を通るときに、眉毛を八の字に寄せて、いかにも同情するような悲しげな表情をつくり、


「かわいそうだけど、こうなったら頑張るしかないね」


 と言うた。


「余計なこと言うなって言ったろっ!」


 古参兵が顔を赤くした。どうやらマジで怒っとるらしい。


「ではさっそく、ツボを教えていただきましょう」


 ソバカスが出ていくと、古参兵が言った。わしは仕方なく、イッチをベッドに坐らせて、玉城レイにされたことを思い出しながら再現した。


「ふーん。手を揉んで、まぶたや首を触って、足首いじって、最後に腹押して、さ・よ・お・な・ら、プー。で、それのどこが秘密?」


「そうしたら、身体が薄うなって、目が覚めたら夢におったんです」


「ほう」


「疑惑、ちゅう目で見てまんな」


「信じてほしかったら、この男の子を消してみてよ」


「せやから、わしらマッサージは素人やさかい、プロならやり方を知っとるかと思って、サンマル……やのうて、受付に訊いたんや」


「つまり、ぼくたちに、ただでマッサージを教えてほしいと?」


「そんなん言うてへん! わしら、誰かに向こうに帰してもらいたいだけや。それができる人を探しとる。兄さんできまっか?」


「無理だね。ぼくはマジシャンじゃない」


「なら、できそうな人知らん? こっちの世界に、マスターと呼ばれるようなマッサージの達人はおらん?」


「達人ならいる。この店のオーナーがそうだ」


「その人呼んでくれへん?」


「オーナーを呼べだって? はっ! あのお方は雲の上の人だぞ。呼び出すなんて、そんな畏れ多いことできるか」


「なら、住所か電話番号教えてな。わしが直接訊くよって」


「ダメだ! わけのわからん小娘にそんなこと教えたら、あとでオーナーに殺される」


「……オーナーはん、サイコでっか?」


「バカモン! 暴言だぞ。すぐさま取り消せ!」


 古参兵が拳を振りあげたときやった。部屋のドアがいきなり開いて、ソバカスが飛び込んできた。


「主任、はいこれ。割引はバッチリです。いやー、天国でしたよ。レジが外人で」


 古参兵は、無言でハンバーガーショップの袋を受けとった。そして、袋からハンバーガーを一つ取って、包みをむいてみるなり、


「おい、永作。ピクルス抜いてないじゃないか」


「あ、言うの忘れました」


「四つともか?」


「はい」


「じゃあ食えねえ。おまえ買いとれよ」


「そんな、嘘でしょ」


 ソバカスが、親にでも死なれたような顔をした。よっぽど金がないらしい。


「きみたちも食べろ」


 ハンバーガーを突き出された。するとイッチが首を振り、


「おにぎりを食べたばかりなんです。それもまだ、たくさん余ってまして」


「若いくせになに遠慮してる。さあ口をあけて」


 古参兵が包みをむいて、イッチの口にハンバーガーを突っ込んだ。


「うまいか?」


「ほうでふねえ……おいひいでふ」


「それ、一万円だから」


「……?」


「もし払えなかったら、ここから帰すわけにいかない」


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